変化
あの決勝戦以来、アインツは変わり始めていた。
ハッシュ選手が出ているアルマの試合を何度も見て、ハッシュ選手がインタビューを受けている雑誌を読んで、ハッシュ選手のポスターを部屋に飾って…。
「お父さん。あの子どうしちゃったの?」
テーブルで新聞を読んでいるリースにコーヒーを渡しながら母マリンは問う。
アインツの変わりようにマリンは心配していた。
「いや…私もここまで変わるとは…」
リースは新聞を閉じてテーブルの脇に置き、コーヒーを少しだけ口に含む。
リースはアインツが変わった理由をもちろん知っている。
あんな風にハッシュ選手のことを好きになるのもわかる。
だが、このままでいいのかどうか若干不安を感じているのも事実だ。
「マリンは、アルマについてどのくらい知ってるんだい?」
「そうねぇ…。」
マリンは人差し指を顎に当て考える。
「ハッシェ選手がイケメンってことぐらいしかわからないわね。」
リースはマリンに冷ややかな目を向けるがマリンは素知らぬ顔をして、台所へ戻って行った。
アルマは確かに有名なスポーツではあるが、その細かいルールまで知っている人はそこまで多くない。
リースもその一人だった。
そのためアルマの試合を見ても細かい所はわからないし、アインツに教えることもできなかった。
だが、今まで内気だったアインツがここまで元気に活動するようになったのだ。
リースはアインツがアルマのプロ選手になることを本気で応援したいと思っているし、親として協力できることはなんでもしようと思っていた。
「とりあえずアルマに関する本でも買ってみるか」
リースは椅子から立ち上がり、マリンに少し出て来ると伝えると、町の本屋へ向かって家を出た。
本屋ではスポーツに関するコーナーがあり、雑誌からトレーニング本まで様々な本が並んでいた。
その中でもアルマに関する本はかなりのスペースが設けられている。
しかし、それは逆にリースを悩ますこととなった。
「これだけあると何を買ったらいいのやら…」
アルマに関する本はたくさんあるのだが、どのレベルの本がアインツに合っているのかまったくわからなかった。
タイトルも戦術の教科書やらアルマ学やら一見してどんな内容かわからないものも多い。
リースは困った顔をして本棚とにらめっこしていると、突然「ちょっといいですか?」と横から話しかけられる。
そこにはアインツと同い年ぐらいの黒髪の少年がいた。
「そこの黒い本、取ってもらえますか?」
少年が指さした本はリースの目の前にある本だ。
確かに少年だと身長が足りなくて、手を伸ばしても取れない位置にある。
「あぁ、いいよ。」
リースは黒髪の少年に本を取って渡した。
少年が「ありがとうございます。」と言ってその場を去ろうとしたとき、リースはとっさに「ちょっといいかい?」と少年を呼び止める。
少年は不思議そうな顔をしてリースを見た。
「実はね。私にも君と同い年ぐらいの子供がいるんだけど、アルマのプロ選手になりたいと言ってるんだ。」
その言葉を聞いて少年は不快そうな顔をした。
「そいつ、どのくらいアルマうまいんです?」
そう聞いた少年の口調は明らかにさっきまでとは違っていた。
少年の変貌ぶりに少し萎縮したリースだったが「あっ、いや、ウチの子供はまだ全然アルマについて詳しくなくて…」と初心者であることを説明すると、少年は少し落ち着いた様子で本棚の前に平積みされた緑色の分厚い本を指さした。
その本のタイトルはアルマ完全マニュアルと書かれている。
「その本、アルマのルールについて詳しく書いてあるし、初心者向けのトレーニング方法とかも紹介されているのでおすすめですよ。」
リースは少年に薦められるがままその本を手に取った。
「ありがとう。助かったよ。」
「いえ、ただあまりプロとかそういう話はしない方がいいですよ。プロ選手になるには並大抵のことではないので。」
「そっ、そんなに厳しいものなのかい?」
リースも難しいことは頭ではわかっていたものの、アルマに詳しくないため具体的なイメージは浮かんでいなかった。
そんなリースの顔を見て察したのか、少年は丁寧に説明し始める。
「毎年ドラフトで選べる人数は各チーム3名まで。現在のプロチームは8チームだけなので、最大でも24名、年によってはその半分しか選ばれない年もありますよ。この国全体で24名ですよ?どれだけ狭き門か…」
少年は自分で話ながら嫌気が刺したような表情を浮かべていた。
その様子からこの子はかなり苦労しているんだろとリースは感じた。
「あの、もしよかったらウチの息子に色々とアルマについて教えてくれないかな?」
リースの申し出に少年は戸惑いの表情を見せる。
「なんで俺が…」
「僕は正直アルマに関する知識がなくってさ。同い年くらいでアルマに詳しい君の話ならプロになる話も色々と納得した上で諦めるんじゃないかなと思って…」
今のアインツの様子だと、リースが生半可に説得したところでプロになることは諦めないだろう。
だからリースは少年の話をアインツに直接聞かせたかったのだ。
その方が諦めるにしても、納得ができるだろうと。
だが、もしそれでもアインツが諦めることがなかったら…少年がアインツにアルマの指導をしてくれることを願っていた。
「…わかりました。いいですよ。」
少年はしぶしぶOKを出した。
もしかすると本を取ってもらった事の借りを返したいと考えたのかもしれない。
「ほんとかい!?良かった。」
少年がOKしてくれたことをリースは心より感謝した。
少年はポケットから紙とペンを取り出して何やらメモを書き始める。
そしてそれをリースに手渡した。
「明日の朝5時にそこへ来てください。息子さんも一緒に。」
「朝5時!?そんな早朝に!?」
「いや、だって学校があるでしょ。俺、小学生だし。」
明日は平日である。
もちろん子供たちは学校があるのでトレーニングをするには早朝か夕方しかない。
「まぁ、別に無理なら来なくてもいいですよ。俺としてはどちらでも構わないので。」
そういって少年はその場を後にする。
リースは明日の早起きのことを考えてため息をついた。




