憧れ
次の日、ヴァリーは荒れていた。
ランニングはペースを考えず全力疾走。
シュート練習も駆け引きなどせず、力任せのシュートばかりだ。
そんなヴァリーの様子を見て、アインツとエルは少し心配していた。
ヴァリーがトイレに行った隙に、二人は話し合いを始める。
「アインツ、なんかあいつ今日変じゃない?」
エルの言葉にアインツはうなずく。
「なんか、嫌なことでもあったのかな?」
そんな風に二人が話していると、一人の男がやってきた。
「やぁ、アインツくん。元気にやってるかい?」
現れたのはスカータだった。
スカータと初めて会ったエルは「誰?このおじさん。」と少し困惑した表情を浮かべる。
だが、アインツは久々に会ったスカータに笑顔を浮かべてた。
「スカータさんだよ。歴史家ですごい人なんだって。」
「ふ~ん」とエルはスカータを品定めするようにまじまじと見る。
そしてこんな結論に至った。
「なんかうさんくさいおじさんね。」
その言葉にスカータは苦笑いを浮かべる。
「このお嬢ちゃん。なかなか辛辣だね。」
そう言ってスカータはベンチに座る。
「あれ、今日はヴァリーくんいないの?」
ヴァリーの姿がないのに気づいたスカータは何気なく二人に聞いたが、二人は顔を見合わせて渋い表情になる。
「スカータさん。今日のヴァリーくんちょっと変なんだよ。」
そう言ったのはアインツだった。
スカータは困惑しながらも「一体どうしたんだい?」と二人の話を聞く。
二人はヴァリーの様子がおかしいことを掻い摘んで説明する。
スカータはなんとなく状況を理解した。
「まぁ、普段大人びてるヴァリーくんも、やっぱり子供だということだろうね。」
アインツは心配そうにスカータに言った。
「スカータさん。どうすればいいかな?」
スカータは困っているアインツを見て、力を貸してあげたくなった。
「よし!おじさんに任せなさい!」
スカータはそう言って胸を叩いた。
ヴァリーが帰って来ると、アインツとエル、そしてスカータがベンチの近くで話しているのが見えた。
ヴァリーは何事かと思い三人に近づく。
「スカータさん、今日はどうしてここに?」
「いやー執筆が滞ってたから、気分転換に散歩でもしようと思ってね。」
スカータは様々な歴史上の出来事を執筆して、書籍にまとめている歴史家だ。
執筆中は筆が乗るときもあれば止まる時もある。
筆が止まる時、スカータは気分転換によく外に出て、散歩をしながらリラックスしていた。
実際アインツ達に出会ったのもその時である。
「ヴァリーくんこそ、どうしたんだい?今日は機嫌が良くないみたいだけど?」
スカータの言葉にヴァリーは「別に。」とだけ返事をして目を逸らす。
どうやら素直に話す気にはなれないようだ。
そんなヴァリーの様子を見て、アインツは急に思い出したかのように話し始める。
「そういえば僕、家の用事があるんだった!」
「はぁ!?アインツ突然なにを…。」
ヴァリーが驚きの声を上げる中、アインツは荷物をまとめ、そそくさとその場を離れる。
それに続いてエルも「あっ、あたしも家の用事あるんだった!」とアインツを追いかけてその場を離れた。
結果残されたのはヴァリーとスカータ二人のみである。
実はこの行動、三人の作戦だった。
ヴァリーが素直に話をしない時は、スカータとヴァリーが二人っきりになれるよう、アインツとエルが突然帰るという流れである。
ヴァリーが呆気に取られていると、スカータはベンチを手で叩いて、ヴァリーに腰掛けるよう促す。
ヴァリーはスカータがやりたいことを何となく理解してベンチに座った。
「あんたってさ。お人好しだよね。」
ヴァリーに言われて、スカータは恥ずかしがりながら頬をかく。
「自分ではそういう風に思ったことはないけどね。」
二人がベンチに座ったまま、しばらく無言の時間が流れる。
スカータは何も言わず、ヴァリーが話始めるのを待っていた。
そんなスカータに根負けしたように、ヴァリーがついに話を始める。
「昨日、親父と喧嘩したんだ。」
スカータは何も言わずヴァリーの話を聞く。
「親父は俺をアルマのプロ選手にさせたくて、昔から俺にトレーニングをつけてくれてた。」
ヴァリーの口から出る言葉には、寂しさが含まれていた。
「昔からアルマのプロ選手になるのは大変で、その為に厳しいトレーニングをしているのだと、親父は俺に言い聞かせていた。」
実際ヴァリーは朝も夜も血のにじむようなトレーニングを続けてきた。
「だけど、昨日親父はハッシェ選手のことを馬鹿にした。あれだけプロ選手になるのは大変だと言っていたのにも関わらずだ。」
スカータは少し驚いた表情を浮かべるが、まだ何も言わず、ヴァリーの話を聞いていた。
「それがどうしても、許せなくて。」
ヴァリーは少し感情的になったのか、目に涙を浮かべていた。
スカータはヴァリーの話を聞いて、どうしたものかと考える。
「ヴァリーくんとしては、ハッシェ選手を馬鹿にされたのが悔しかったんだよね?」
ヴァリーはうなずく。
「それはハッシェ選手だから?それともアルマのプロ選手だから?」
スカータが聞いたように、ヴァリーはアインツとは違ってハッシェ選手に特別思い入れが強いわけではない。
もちろん、アルマのプロ選手としては尊敬はしている。
だが、ハッシェ選手個人とプロ選手全体では意味合いがかなり異なってくるはずだ。
ヴァリーは少し考えて「プロ選手だから。」と答えた。
その答えを聞いたスカータは、ヴァリーがここまで感情的になる理由をなんとなく察した。
「ヴァリーくんのお父さんも元プロ選手だったね。お父さん自身の口から、昔の自分を否定するような言葉を聞くのが嫌だったんだ。」
ヴァリーはスカータの言葉を否定しなかった。
ヴァリーは昔から父親が現役時代の試合をよく見て育った。
だから、アルマのプロ選手と言われ一番に浮かぶのは、やはり父親の姿だった。
「親父は…ほんとすごい選手だった。なのに俺が生まれてすぐ引退して、アルマに全然関わらなくなって…。」
ヴァリーの言葉は、まるで自分のせいで父親がアルマを引退したと言わんばかりだった。
「ヴァリーくんのせいじゃないと思うよ。お父さんがアルマから離れたのは。」
「本当にそうかな?」
「きっとそうさ。でないとヴァリーくんにアルマのプロ選手になれなんて言わないさ。」
スカータの言葉は気休めだった。
実際、ケイネオスが何を考えてるのかなんて、スカータは知る由もない。
だから、スカータはもっともらしい理由を付けることにした。
「親なら誰しもが思うことだけど、自分の子供が一番幸せになって欲しいと思っているからね。」
スカータの言葉にヴァリーは一つ疑問が浮かんだ。
「スカータさんって子供とかいるの?」
その疑問にスカータは少し困った顔をしながら答える。
「一応いるにはいるよ。息子が一人。もうずっと会ってないけどね。」
「なんで、会わないのさ。自分の子供が大事なんだろ?」
ヴァリーの至極真っ当な意見に、スカータはさらに困った顔をした。
「まぁ、大人の事情と言うか、会えない理由があってね。」
スカータは理由をはぐらかす。
ヴァリーもスカータに気を使って、深く聞こうとはしなかった。
「まぁ、元気だといいよねとは思ってるさ。」
そこはスカータの本音なのだろう。
「ヴァリーくんのお父さんも君のことを心配してると思うよ。ただ事情があって素直になれないだけさ。」
「そうかな?」
「きっとそうさ。大人の僕が言うんだから間違いないよ。」
スカータはヴァリーに向かって笑顔を見せる。
そんなスカータを見て、ヴァリーは少しだけ大人の事を信じてみようという気になった。
「そうだ。元気がない時には肉を食べるといいよ。ヴァリーくんもいっぱい食べるといい。」
「俺、あんまり肉好きじゃねぇんだけど。」
「それは良くないな。しっかり肉を食べないと力が付かないぞ。」
ヴァリーはスカータの言葉に少し呆れながらも、心は落ち着きを取り戻し、少しだけ父親のことを許せる気持ちになっていた。
ヴァリーは立ち上がり、荷物を片付け始める。
スカータと話している間に、もう馬車の時間が迫っていた。
荷物をまとめて帰る準備ができた後、ヴァリーは振り返ってスカータの方を向いた。
「スカータさん。今日はありがとな。」
そんなヴァリーにスカータは笑顔で手を振った。




