無知
日も落ちた頃にヴァリーは家に帰ってきた。
ヴァリーは学校が終わると、そのままジュニアチームの練習に参加することが多い。
そのため、暗くなってから帰宅することもよくあることだった。
ヴァリーは早朝もアインツと一緒にトレーニングしているため、家ではほとんど食事と睡眠を取るだけになっている。
「ただいま。」
玄関から居間の方へ行くと、珍しく父ケイネオスの姿があった。
ケイネオスはアルマの元プロ選手で、その功績から英雄視されている存在だ。
引退した今では王宮務めとなり、毎日忙しく仕事をしている。
そのため、ケイネオスが家に帰ってくるのは月に2~3日ほどだ。
「親父、帰ってきてたのか。」
「あぁ、たまたまこの辺で仕事ができてな。久々に家族の顔が見たくなったから帰って来たよ。」
ケイネオスは身長が高く、がたいもいい大柄な男である。
今は綺麗に短く整えたひげを手で触りながら、木製のジョッキで酒を飲んでいた。
ケイネオスはヴァリーの姿を見て変化に気づく。
「少し身長が伸びたな。筋肉も前よりついてきたように感じる。トレーニング頑張ってるようだな。」
この辺は元プロ選手と言うべきか、ヴァリーの肉体の変化に敏感である。
「親父に言われた通り、ジュニアチームの練習だけじゃなく、早朝もトレーニングしてるよ。」
そのヴァリーの言葉を聞いて、ケイネオスは上機嫌だった。
「俺の言ってることやってれば、間違いなくアルマのプロになれるぞ。信じて頑張れよ。」
そう、ケイネオスはヴァリーをアルマのプロ選手にしたくて仕方なかった。
だからこそ、幼少期の頃からヴァリーにアルマのいろはを叩きこんできたのである。
だが、当の本人であるヴァリーはそこまでアルマのプロ選手になることを望んではいなかった。
アインツに出会うまでは。
アインツに出会ってからヴァリーは変わった。
アインツがアルマのプロ選手に憧れ、必死に努力する姿を見て、自分も本気でアルマのプロ選手になることを望み始めていたのである。
しかし、昔から半ば強制的にプロ選手にしようとしていたケイネオスのことは、あまり好きではなかった。
この日も早々に自分の部屋に戻ろうとしていたが、ふと気になることを思い出したようでケイネオスに質問をする。
「親父。ハッシェ選手のことは知ってるよな?」
ヴァリーの口から意外な名前が出てきたので、ケイネオスは酒を飲む手を止める。
「まぁ、知ってるが…急にどうした?FAに興味でも持ったのか?」
FAはハッシェ選手のポジションである。
だが、ヴァリーが気になっていたのはポジションのことではない。
「いや、俺の友達がハッシェ選手に憧れてて、どんな選手なのか気になっただけだよ。」
そう、ヴァリーが知ってるハッシェ選手はあくまでも試合中の姿のみ。
アインツの話を聞いて、いい人だとは思っているが、実際どんな人なのか気になっていたのだ。
ケイネオスは腕を組み、少し考えをまとめてから話始める。
「そうだな。一言で言えば…バカだな。」
「はぁ?」
ケイネオスの口から出てきたのは悪口であった。
それにはヴァリーも驚かざるを得ない
「あいつは俺と同じチームオルベロスだが、俺が引退した後に入って来たので、一緒に戦ったことはない。だが、何度か直接会う機会があって、その時色々と話をしたよ。その結果、あいつは優しくて仲間思いだが、大馬鹿野郎だとは思ったね。」
ヴァリーはケイネオスの言葉に憤りを感じていた。
父が引退してからアルマと離れたとはいえ、同じアルマのプロ選手を悪く言うとは思っていなかったからだ。
それにハッシェ選手はアインツの憧れている存在だ。
ヴァリーは間接的にアインツも馬鹿にされたように感じていた。
「親父、それはどういう意味だよ!優しくて仲間思いだといけないのかよ!」
ヴァリーは語気を強める。
だが、ケイネオスはそんな息子を見ても、怯むことなく話を続けた。
「例えば、チームメンバーの調子が悪い時、仲間のために自分が二人分頑張ればいいって考え方についてお前はどう思う?」
突然の質問に戸惑いながらもヴァリーは「いいことだと思う。」と答えた。
だが、ケイネオスは「不正解」と首を横に振る。
ヴァリーはそれが納得できなかった。
「どこが悪いんだよ。みんなで支え合って勝利を目指す。いいチームじゃねぇか。」
ヴァリーの言葉にケイネオスは肩をすくめる。
「確かに、その考え方はチームとしては正解だ。どんなコンディションでも勝ちに持って行けるんだからな。だが、個人としては0点だ。結局それはハッシェの評価を上げ、他のメンバーの評価が落ちることに繋がる。あいつのお人好しは、結果助けようとした仲間を窮地に陥らせる行為なんだよ。」
確かにアルマはチーム戦とは言え、活躍は個人で評価されることも多い。
ゴール数、シュート数、パス成功率、ブロック率など、各選手は様々な角度から評価されていた。
「だから俺はバカと表現したんだ。自分の望むことと、その方法が一致していない。典型的な自己満足のお人好しさ。そのうち、あいつは自分で自分の首を絞めることになるぞ。」
ケイネオスの言うことが一理あるのはヴァリーでも理解できた。
だからと言って、人の善行を馬鹿にするのが許せるほどヴァリーはまだ大人ではなかった。
「俺の友達はハッシェ選手に助けられてから、アルマのプロ選手を目指して頑張ってるよ。しんどいトレーニングでもあいつは一生懸命努力してる。いつも楽しそうに。それも良くないことだっていうのかよ!」
ヴァリーの話を聞いて、ケイネオスは少し表情を曇らせた。
「それがそいつにとって本当に幸せなことだったのか?アルマのプロ選手なんか目指さなくても、幸せだったんじゃないか?」
その言葉にヴァリーは反論する。
「じゃあなんで親父は、俺をアルマのプロ選手にしたがってるんだよ!俺の幸せを願ってそうしてるんじゃないのかよ!!」
その質問に対してケイネオスは何も答えない。
その態度が余計にヴァリーを苛立たせた。
「俺は親父を見損なったよ。俺はハッシェ選手のように優しくて立派な選手になってみせる!」
ヴァリーの言葉にケイネオスはこう言い放つ。
「お前には無理だよ。お前は俺に似て、賢いからな。」
その言葉を聞いたヴァリーは居間のドアを乱暴に開け、自分の部屋へと帰って行った。
二人の会話の一部始終を聞いていた母シエラはようやく口を開く。
「あなた、少し言葉がきつかったんじゃないの?」
シエラはケイネオスのジョッキにお酒を注ぐ。
ケイネオスはそのお酒を勢いよく喉に流し込んだ。
「確かにそうかもしれんな。だが、ヴァリーは賢い。あいつはきっとアルマの真実にたどり着いてしまう。」
ケイネオスの言葉にシエラは口を閉ざした。
「俺はそれを知ってからアルマを引退した。そして、アルマの指導をするのも怖くなった。結局、俺は責任から逃げたかったんだよ。」
自虐的に言うケイネオスにシエラは慰めの言葉をかける。
「臆病なのは決して悪いことばかりではありませんよ。」
「だが、ヴァリーには結局アルマをすることを強いている。わが子可愛さに。」
ケイネオスも自分の行動が矛盾していることは理解しているのだ。
「あの子を守るため…でしょ。私は理解してますから。」
「あの子の友達は…かわいそうだな。ハッシェに憧れたりしなければ、アルマの道に進むこともなかっただろうに…。」
二人は表情を曇らせる。
シエラは知っていた。
ヴァリーが毎日楽しそうに早朝トレーニングに出ていることを。
だからこそ大事な息子の友達にも幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。
「プロになれれば…まだいいんでしょうけどね。」
シエラがポツりとつぶやく。
シエラもプロが険しい道だということは十分に理解していた。
「こればかりはわからないな。ヴァリーと共にプロになれることを祈るしか…。」
ケイネオスはわずかに残った酒を飲み干す。
その味は特別、苦かった。




