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ただの友達

作者: ぱんじゃん

 何を間違えたのだろう。ベッドに仰向けになった私の視界の中央は彼女で占められている。休日に家に来てゲームをするような、ただの友達だったはずの彼女の視線は私が知らないものになっていた。繋がれて体重がかかる彼女の手は熱く、脈打っている。やめよう、このままだと戻れなくなる。喉まで来ていた言葉は彼女の唇で塞がれた。口の中に溜まっていた息が漏れるのと同時に、彼女の舌先が私の閉じた唇をこじ開け私の舌を絡めとる。鼻息が荒くなり、脳の酸素が不足していく。ぼやけて狭まっていく私の視界には、彼女の蕩けた目が映っていた。 

 それから先はよく覚えていない。いや、覚えていないことにしているが正しいだろうか。バカな話をしながら二人で帰ったり、失恋を慰め合ったり、そんなただの友達だった彼女と行為をしたということは、もう私と彼女はただの友達でいられないことを意味していた。表面上は前までと変わらない。だが、もう2人で帰ることは無いし恋バナをすることもない。あれは事故だ、忘れて今まで通りに。そんなことは不可能なのである。

 それから私と彼女との距離は徐々に離れていった。私も彼女も友達は他にも居た。使われなくなった2つ目のコントローラーはいつからか別の友達の相棒になっていたし、同じクラスの野球部のマネージャーに告白して振られた友達を慰めたりもした。しかし、私は何かが抜け落ちたような、何かが満たされないような感覚を抱えたまま、23時にあのベッドに入って目を閉じる生活を続けていた。

 卒業式を間近に控えたある日、私は珍しく駅の近くの本屋に寄り道をしていた。既に第一志望の別の地方の大学に受かっていた私は、参考書が置いてある棚に心の中で中指を立てながら文庫本のコーナーへ歩みを進める。棚の前で幾つかの本を取っては戻し吟味していると、上着の中のスマホが震えた。クラスの打ち上げか週末の遊びのお誘いか、いつものように何気なく開いた画面には、彼女からのメッセージが表示されていた。

 翌日、私は彼女の家の前に居た。思えば前に来たのは小学校のプリントを届けた時だろうか。2人で遊ぶとなれば、決まって両親が共働きの私の家であった。緊張と不安と期待が入り混じり震える手でインターホンを押す。電子音の後に、機械のフィルターを通した彼女の声が聞こえる。私が言葉を発する間もなく足音がしたと思えば、玄関のドアが開いた。

 彼女の部屋は綺麗に片付いていた。私が合格通知を受けた日にゴミに出した別の地方の大学の赤本も、棚に綺麗に仕舞われている。彼女が運んできてくれたコーヒーとクッキーを胃に入れながら、たわいもない話をする。彼女は私と同じ大学を目指していたが、落ちて地元の大学に行くらしい。話す話題も尽き、微妙な空気が流れ始める。辛うじて繋いでいた会話が途切れ、数秒の静寂が訪れる。私が視線を虚空に向けると、彼女は私の肩に頭を乗せてきた。

 肩にかかる重みとかすかに匂う彼女の香りで心臓が慌ただしく動き始める。私により深くもたれかかった彼女は、小さくはっきりした声で語り始めた。あのことは出来心だったこと、それをずっと後悔していること、気まずくて私と距離を置いていたこと。その多くは私と共通していた。そして最後に少し悲しそうな声で、あれから私のことを異性として、好きな人として意識し始めたことを呟いた。

 もうすぐ離れ離れだね。遅かったんだよ。自嘲気味に彼女はそう続けた。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。その時私が何を考えていたのか、今となってははっきりとは思い出せない。私は彼女の唇に自分の唇を重ねていた。彼女は微かに体を震わせた後、あの時と同じように、舌先を私の舌に絡めてきた。気の遠くなるような時間が過ぎ、息の続かなくなった私は合わせた額を離す。目の前には彼女の蕩けた顔があった。

 その日忘れられないような時間を過ごした私と彼女は、高校を卒業して離れ離れになった。一人暮らしを始めた私は毎日朝食を食べ終えると、洗面所に並んだ、たまにしか使われないピンクの歯ブラシとコップを見ながら歯を磨くのである。


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