青春は回り、僕は誰かを好きになる1
高校生は、恋をして、悩んで、苦しんで、それでも進んでいく――そんな珠玉のような物語。
休み時間のざわめく廊下を縫うように歩いていく。
同学年の六つのクラスが一直線に並んでいて、そこから生徒たちは束の間の笑い声を響かせている。
だが、かえって不均衡なざわめきに人の存在は消えるようだった。
F組に入って自分の席に着き、数学の教科書を机の下に押し込み、横に掛けられた学校指定のバッグから世界史の一式を取り出した。
好きな科目だが、いまは教科書をパラパラとめくっていっても興が乗らない。
前の席の相沢梨亜子梨亜子がこちらに振り向き、何かを言おうとしたとき、ちょうど別のクラスメートが彼女に流行りの動画について話しかけた。
相沢はその子の話に、微笑みながら相槌を打ち始める。
チャイムが鳴ると、
「授業だぞー」
のっそりと、太り気味の山下先生が入ってきた。
「14世紀に起こった飢饉により、中国では白蓮教という新興宗教が広まり、やがて反乱を起こします」
教室の後ろから二番目、窓際という目立たない席にいるおかげで、ときどき窓の外へと意識を飛ばすことができる。
「反乱軍は紅い布を頭に巻いていたことから、『紅巾の乱』と呼ばれたんですね」
山下先生の説明が遠くに聞こえる。
「この反乱で頭角をあらわしたのが朱元璋ですが……」
思わずあくびをしてしまったとき、
「さて、有末くん!」
いきなり名前を呼ばれて、僕はあわてて視線を教壇の方へと向けた。
「有末くん、起きていますか?」
僕は気まずそうに無言で頷いた。
黒板に広がる山下先生のちょっと幼稚な文字は、いつもどおりかろうじて読み取れる程度のものだった。
「有末くんは、いつも世界史で良い点をとってくれてますね。さて、では訊きます。朱元璋が建てた王朝はなんでしょうか?」
僕は平静を装って、明です、と答えた。
「正解です。朱元璋は洪武帝とも呼ばれますが、現在の南京で皇帝に即位します。では前回やった授業の復習です。明によって倒された王朝はなんだったでしょうか?」
「元です。ただし明によって倒されたというのは正確ではなく、大陸の北方で北元となってしばらく続きます」
「お、さすがですねえ。そのとおりです。では、さらにもう一問。中国の王朝の交替は朝鮮半島にも影響を及ぼします。つまり、高麗という王朝が倒れます。その後、どうなったか知っていますか?」
「高麗の後は李成桂によって朝鮮王朝が建国されます。なお、その同年に日本では足利義満によって南北朝が統一されています」
教室からは、おお~、と感嘆の声があがった。
山下先生は満足そうに頷き、ほかの生徒たちの興味をそらさないように、中国の王朝交替が東アジアに波及した国際秩序の再構築について滔々と説明を始めた。
ホッとすると、僕は再び窓の外に広がる初夏の空気に気を取られていった。
そうこうしているうちに、四限の世界史の時間は終わった。委員長による号令にあわせて一礼をするとクラスはばらけた。
ちょっとずつ、続けていきます。自分の体験をもとにしたフィクションです。




