24 変化
「アンナっ!アンナっ!!」
また、私の名前が呼ばれている……今度は男の人の声だ。そんなことをぼんやり考えながら、ゆっくりと目を開いた。
「アンナっ!目が覚めて良かった。身体は大丈夫か?」
「ジル……ヴェスター……」
ベッドで寝ている私の顔を覗き込みながら、泣きそうな顔をしている彼はいつもの完璧な王子様のような姿とはかけ離れていた。
ボサボサの髪に、目の下は薄らクマができていて顔色も悪い。
ここは……バルト家の私の部屋だ。
「ふっ……あなたの方が……顔色悪いわ……よ……ゴホッゴホッ……」
彼を揶揄おうとしたが、上手く声が出なくて咽せてしまった。
「アンナは三日間寝ていたんだ。急に沢山話してはいけない。ほら、ゆっくり水を飲むんだ」
彼は私の背を支え、手ずから水を飲ませてくれただけでなく濡れた唇まで丁寧にハンカチで拭いてくれた。
「何か食べれそうか?」
「痛いところはないか?」
「寒くはないか?」
彼の言葉になんとなく甘い響きが混じっていて、くすぐったい。こんな甲斐甲斐しくお世話されると恥ずかしくて堪らない。
急にどうしてこんなことになってるの?あの意地悪なジルヴェスターはどこへ?
「あの……ニーナを呼んで欲しいの」
「ニーナを?どうしてだ?私でできることなら私がする」
ジルヴェスターは真剣な顔なので、どうやら彼は本気らしい。でも……ジルヴェスターに頼めないことの方が山程ある!
三日寝ていたってことはお風呂入ってないってことでしょう?この至近距離で、ジルヴェスターがいることすら気になってしまう。
彼を好きだって気が付いてしまった今、変なところは見せたくない。
「…………から」
「ん?」
「き、着替えたいから出て行ってって言ってるの!」
私がそう叫ぶとジルヴェスターは頬を染め「……悪かった」と呟いて素直に部屋を出て行くと、入れ違いですぐにニーナが部屋に来てくれた。
「アンナ様、お目覚めになられて……本当に良かったです」
「ニーナ!心配かけてごめんなさい」
「いいんですよ。ご無事で何よりですわ」
うるうると涙を溜めて、私の身体を心配してくれるニーナを見て私も泣きそうになった。
「何故かジルヴェスターの態度が変なんだけど」
「変とは?」
「きゅ、急に距離が近いの」
私はさっきの甘いジルヴェスターを思い出して、頬が染まってしまう。
「ふふ、やっと旦那様が気付かれたんですわ。さあ、お風呂の準備ができました。どうぞ」
ニーナは嬉しそうに笑って、ご機嫌に鼻歌まで歌っている。
――気付いたって何を?
よくわからないが、とりあえずはお風呂だ。温かいお湯に浸かると気持ちが良くて生き返る。それからニーナに肌や髪のケアをしてもらい、全身つるつるピカピカになった。
「やはり少し痩せられましたね。こちらに軽食をお持ちします。まだ病み上がりですから、このお部屋で食べられたほうがいいと思いますわ」
「ありがとう」
たった三日とはいえ、やはり影響はあるようでいつもピッタリのワンピースが緩くなっていた。
しばらくすると、またジルヴェスターがひょっこりと部屋に顔を出した。
「アンナ、スープを持って来た」
「あ、ありがとう」
彼はベッドに簡易の小さなテーブルを置き、その場で食事を取れるようにセッティングしてくれた。
「さあ、少しずつ食べよう」
何故かジルヴェスターがスプーンを持ち、美味しそうなスープを掬って私の口元に差し出した。
「……え?」
「口を開けて」
「……ええ!?」
「あーん」
これはまさか。私に食べさせようとしているということ!?
「じ、じ、自分で食べられるわ!」
「駄目だ。まだ安静にしていないといけないだろう。なにも恥ずかしがることはない」
いやいやいやいや!普通に恥ずかしいでしょう。彼氏のいたことのない私はあーんなんて、幼い時に両親にしてもらって以来だ。
「ほら、冷めるぞ。あーん」
止めるつもりのないジルヴェスターの圧に負けて、仕方なくパクリとスープを飲み込んだ。
すると彼は嬉しそうに微笑み、もう一度スープを掬った。その爽やかな笑顔に不覚にもドキッとしてしまった。
――うゔ、もう一回も二回も一緒よ!
私は意を決してそのまま食べ続けることに決めた。美味しいはずなのに、今は味なんて感じられない。シェフに申し訳ないが、仕方がない。
「全部食べられたな」
「うん……ありがとう」
「偉いな。良い子だ」
ジルヴェスターは目を細め、私の頭をさらりと撫でてそのままおでこにちゅっとキスをした。私は茹蛸のように全身真っ赤に染まった。あ……熱い。
「まだ少し熱いな。ゆっくり寝た方がいい」
「だ、大丈夫よ」
だって体温が高いのは、体調が悪いからじゃない。完全にジルヴェスターのせいだ。
「無理をしてまた倒れたら駄目だろう?お願いだから言うことを聞いてくれ」
彼は私を無理矢理寝かしつけ、首までしっかり布団をかけられた。
「私のことなんて放っておいていいから、あなたも休んだ方がいいわ。死にかけていたのよ?」
「問題ない。アンナの救命処置は完璧だったと医者が言っていた。君がいなければ私は死んでいた可能性もあると……アンナは命の恩人だ」
それならば良かった。あの時は必死で、蘇生法があっているか自信がなかったのだ。
「ありがとう。本当に感謝している」
ジルヴェスターは意味深に私の唇を指でなぞった。いきなり触れられたことに驚き、ピクリと身体が反応してしまう。
――そういえば、私……ジルヴェスターと。
人工呼吸をキスとカウントするべきではないだろうが、口と口を合わせてしまったことには間違いない。
「……」
「……」
部屋の中にソワソワ、ふわふわした雰囲気が流れるが二人とも頬を染めなんとなく視線を逸らした。
「ね、寝る!おやすみなさい」
私はこの空気に耐えられず、顔を隠すようにガバリと布団を被った。
「アンナ。君が元気になったら聞いてほしい話がある」
「……わかったわ」
「ありがとう。おやすみ」
ジルヴェスターの優しい声が聞こえ、部屋を出ていく音が聞こえた。
バクバクバクバク
心臓が驚くほど早く動いている。聞いてほしい話とは一体なんなのだろうか。
そして、彼の一挙一動になぜこんなに胸がときめいてしまうのか?
ジルヴェスターの見た目は好みじゃない。私はああいう整ったイケメンではなく、男っぽいゴツゴツした人がタイプだ。豪快に笑っておおらかで、細かいことは気にしないような人がいい。……そうだったはず。
私の推しであるケヴィン様のような男性がいい。そのはずなのに、目を閉じるとジルヴェスターのことばかり考えてしまう。好きってこういうことなんだろうか。
さっきキスをされたおでこにそっと触れてみる。ジルヴェスターの唇はしっとりとしていて、とても熱かった。人工呼吸した時の冷たさとは全く感覚が違った。
あの唇が、私の唇と重なったらどんな感じなのかな……そんなことを考えている自分に気がつき、ぶんぶんと左右に首を振った。
「私ったら何考えてるの!?もうだめ!寝よう!!」
一人でギャーギャー騒ぎながら、布団に包まったが……結局眠れぬ夜を過ごす羽目になった。




