15 望まぬ再会
「ねえ、やっぱり何か怒っているの?」
「……怒ってなどいない」
今二人でモーニングを食べているが、ジルのご機嫌はまだ直っていないようだった。最近は柔らかい雰囲気になっていた彼だったが、昨日から初めて会った時のような冷たさだ。
――いい大人がいつまでも不機嫌ってどうなのよ?
昨日は結局ほとんどの騎士団員がすぐには起き上がれないくらいダメージを受けていた。すぐに立ち上がったのはケヴィン様くらいだ。
しかし、彼も善戦したものの最後はしっかり倒されており『やはり団長は別格の強さですね。憧れます!!』と嬉しそうにハハハと笑っていた。
「昨日の訓練見ていたわ。やっぱりジルは特別強いんだね」
守ってもらう側としては強いのはものすごくありがたい。すると、ジルは私をジッと見つめてきた。
「団長が団員以下では示しがつかない。だからケヴィンよりも強いんだ」
「うん、そうだろうね」
なんで今ケヴィン様の話になるのだろうか?そりゃあ普通に考えたら副団長より団長のが強いだろう。
「……わかっているならいい」
それからは彼は少し不機嫌さはましになった気がする。なんだかよくわからないが、良かった。
それからは陛下に会うために普段よりさらに豪華なドレスに着せ替えられた。苦しいコルセットも、何度かつけるうちに段々と慣れてきた。
「行くぞ」
少し緊張しながらジルにエスコートされ、王宮の陛下の部屋に向かった。
「ジルヴェスター・バルト参りました」
「入れ」
豪華な扉の奥から陛下の返事が聞こえると、警備の騎士が扉を開けてくれた。ジルは何食わぬ顔で、私はペコペコと頭を下げながら通り過ぎていく。
「ジルヴェスター、アンナ嬢よく来たな。さあ、こっちに座りたまえ」
「はい」
ジルに促された場所に恐る恐る腰をかけた。椅子があまりにもフカフカで身体が沈みそうだ。
「アンナ嬢、元気だったかい?今日も美しいな。ジルヴェスターに何度言ってもなかなか連れて来てくれないから、公爵家に遊びに行こうかと思っていたところだ」
「……陛下、ご自身のお立場を考えてください。簡単に出歩いてはなりません」
「この国で私より強いのはお前しかいないから大丈夫だ」
ケラケラと笑っている陛下を、ジルは眉を顰めて睨みつけている。
「アンナ嬢の活躍は聞いているぞ。大層見やすい書類を作ったそうではないか!王宮内でも参考にしてそのアイデアを使わせてもらったぞ」
「お役にたてたなら良かったです」
この国をまとめる王ともなると、毎日の書類仕事はものすごい量らしいので新しいテンプレートでかなり効率化ができたらしい。
「長年同じ形式でやっていると、それが当たり前になってきてしまうのが良くないところだな。アンナ嬢のような新しい目で物事を見てもらうことが必要だと痛感した」
ただの書類で大袈裟だなぁ、と思わなくもないが、褒めてもらえるのは正直悪い気はしない。
「そういえば!昨日カツサンドとかいう新しい食べ物を作ったのだろう?騎士達が美味しかったと自慢していた」
陛下はキラキラと目を輝かせてそう聞いてきた。この人は本当に新しいものや珍しいものが好きらしい。
「私も食べてみたいのだ!王宮のシェフにレシピを教えてくれ。残念だが毒見だなんだと煩いので、君の手作りは食べられない」
「わかりました」
「ジルヴェスターも食べたのだろう?美味しかったか?」
陛下がその質問をした途端、なぜか隣から冷たい空気が流れてきた。チラリと横を見ると、口元は笑っているが目は全然笑っていないジルが見えた。
私はブルリと身体を震わせた。怖っ……!もしかしてジルの許可も取らずにカツサンド作って持って行ったことを、怒っているのかしら?
大事な部下達によくわからないもの食べさせるな!的な怒りとか!?
「ええ、とても。あれはもともとは私のために作ってくれたんです」
ジルはニッコリと笑ってそう話した。ん?私のために作ってくれた?ジルはカツサンド食べてないはずだけれど。
「そうなのか!まさかお前から惚気話を聞かされる日が来るとはな」
陛下はケラケラと笑っている。私はギギギ……とロボットのようにぎこちなくジルの方を向いた。なんか気まずい。
「ええ、愛し合っていますから」
そのままジルに肩を抱き寄せられ、耳元に唇が触れた。陛下からはいちゃついているように見えるだろう。しかし、彼の口からは怒ったような低い声が聞こえてきた。
「話を合わせろ。後で聞きたいことがある」
「……ひゃい」
私は青ざめながら返事をしたので声が裏返ってしまった。
それからは美味しいお菓子をいただきながら日本の他の料理の話をしたり、文化の違いなどを話していくと陛下はとても興味深く聞いてくださった。これからもパチーニャ王国に無いもので、あったらいいなと思うものは何でも教えてほしいと言われてしまった。
「さて、ここからが本題だ。アンナ嬢は聖獣を治癒する力があるというのは本当か?」
「自分でもよくわかりませんが、この前そのようなことがありました」
「もしそれが本当なら、ものすごい能力だ。我々にとって聖獣は大切な相棒だからな」
それから魔力量を調べる検査をしたり、実際に聖獣に触れたりする実験を繰り返した。
しかし、元々聖獣を従えている人はごく一部の選ばれた人間だけらしく王宮内でも陛下の側近たちの数名だけだった。現時点で弱っている聖獣はおらず、効果はよくわからなかったがどの聖獣も好意的に私の傍に寄ってきてくれたので嫌われてはいなさそうだ。
「あとは……ケントくらいか?宰相の補佐で王宮内にいるはずだから来させよう」
陛下の口からケントの名前を聞いて、私はピクリと身体が反応してしまった。そうよね、あの男も聖獣を使える。
「陛下、もういいでしょう。アンナも疲れています。長時間の拘束はやめてください」
「ああ、そうだな。では今日はこのくらいで……」
その時に部屋にノック音が鳴った。
「ケント・ローヴェンヴァルトです。何やら聖獣の面白い実験をされていると小耳に挟みまして。私もお役に立てるかと思い参りました」
「おお、呼ばずとも来たな。入れ」
「失礼致します」
何食わぬ顔で入ってきた彼は勝ち誇った顔でジルを見ていた。ジルはギロリと睨みつけている。
――やられた。
きっとケントは私がここに来ることを知っていた。そして、機会を伺っていたのだろう。
「急な訪問、申し訳ありません」
「構わぬ。ただアンナ嬢にはすでに色々と協力してもらって疲れさせてしまった。だから短時間で帰す」
「承知いたしました」
ケントは、私を上から下までゆっくりと見て嬉しそうに目を細めて笑った。ああ、このじっとりとした視線は日本で会った健斗と同じだ。
「アンナ様、先日はありがとうございました。あなたのおかげでナハトは元気です」
お礼を言われた瞬間、真っ黒なカラスが私の肩に乗りすりすりと頬擦りしてきた。
「なんだ!助けてもらったのはお前だったのか」
「ええ、陛下。そうなんですよ。アンナ様の聖獣の治癒能力は本物です……本当に素晴らしい」
カツカツとゆっくり私に近付き、小さな声で「今日も美しい」と頬を染めながら蕩けるような甘い瞳で見つめられた。綺麗な顔だが、それも恐ろしい。
震えながら一歩後ずさると、ジルが目の前に現れてケントから私を隠してくれた。そして彼はナハトにも圧をかけたため、ケントの方に飛び立って行った。
「アンは私の大事な人だ。勝手に近付かないでもらいたい」
「……ふふ、心の狭い男は嫌われますよ」
二人の間にはバチバチと、静かな火花が散っている。ケントはニッと不気味に笑った後、陛下の方に向き直った。
「彼女は王宮内で手厚く保護すべきでは?国の大事な客人としてもてなし、助けていただく方が国益になります」
ん?ちょっと待って。それって私がこの王宮で暮らすってこと!?無理無理、そんなことできない。
「それはそうだが……しかし」
陛下がジルの顔をチラリと見ると、彼は静かに怒った声を出した。
「そんなことは絶対に認められません!アンは私の婚約者で、数ヶ月後には妻になるんですから」
「失礼を承知で言いますが、あなたは公爵家が守れるなら誰でもいいのでは?アンナ様より条件の合った人……僕が探しましょう」
「ふざけるな!君にそんなことをしてもらう必要はない。アンは私の大切な婚約者だ。絶対に離すつもりなどない」
怒ったジルに肩を抱き寄せられ、私は彼の大きな腕の中にすっぽりとおさまった。
「ケント、やめよ。お前が国を思う気持ちはわかったが、アンナ嬢はジルヴェスターのやっと見つけた恋人なのだ。引き離すことなど私はしたくない」
「……はい。出過ぎた事を申し上げました」
陛下のその言葉で、とりあえずその場はお開きになった。とりあえず私の魔力データは取れたので解析して、何かあれば声をかけるということに落ち着いた。
「アンナ様、また近いうちにお会いしましょう」
去り際にケントにそんなことを言われ、背筋が寒くなった。ケントはジルにもわざわざ近付き何か耳打ちをしてニヤリと笑い、部屋を出て行った。ジルは眉を吊り上げて、ギロリと恐ろしい顔でケントの後ろ姿を睨みつけた。
残念ながら、あの男はまだまだ私を諦める気はないらしい。




