14 不機嫌な騎士団長
翌日、シェフ達に手伝ってもらってバケットいっぱいにカツサンドを詰めた。あまりに量が多いので、申し訳ないけれど後で届けてもらうことにした。
食べられないのであれば、ジルにわざわざ『作った』と言う必要もないだろう。あの話を聞いてしまったら、作ったから食べてなんて気軽に言えなくなってしまった。
『旦那様は以前御令嬢に薬を盛られたのです。手作りのお菓子の中に……その……媚薬を』
その時は少し食べて異変を感じ、吐き出したため大事にはならなかったらしいがまだ若かったジルはトラウマになったらしい。それからは例えプロの料理人であっても女性が作る食べ物は受け付けなくなったらしい。
独身の若い女性の使用人がいないのも、やはりあえてらしい。昔はいたそうだが、皆ジルを好きになって解雇されたそうだ。
使用人に私物を勝手に漁られたり……酷い時は彼の寝室に夜着で潜り込んで襲おうとした行動派な女性も存在したらしい。
そんなことが積み重なり、今の女嫌いのジルヴェスターが出来上がったそうだ。うん……そりゃ、女性不信になるわ。モテると言うのも楽ではないようだ。
私は憐れみを込めた瞳で、ジルをジッと見つめた。彼は不思議そうに首を傾げている。
「……なんだ?」
「ううん、なんでもない」
「変なやつだな。ああ、そうだ。明日は陛下と謁見するつもりだからその覚悟をしていてくれ」
それを聞いて私はあからさまに嫌そうな顔をした。あの陛下にまた会わねばならないのか。
「くっくっく……ものすごく嫌そうだな。普通の御令嬢なら陛下に取り入ろうとするものだがな。やはり君は変わっている」
「だってあの国王陛下は手が早そうだもの。奧さんが四人もいるのに、私を第五妃にするだなんて……冗談でも信じられない!」
「あれは冗談じゃないな。ああ見えて人を見る目はある人だ。アンのことが気に入ったんだ。少々好色すぎるのが問題だが、まぁ……それも王として後継を残すため必要なことだ。あのお方は聡明で強い。臣下や国民からも慕われている」
「ふーん……」
よくわからないけど、ジルは陛下のことが好きってことね。
「だが、アンは私の婚約者だ。私は君を絶対に手放したくない。相手が陛下であったとしても」
真剣な顔でそんなことを言われて、私は頬を染めた。不意打ちでそんな台詞はやめて欲しい。
「やっと女に囲まれず、楽になったのに。私はこの平穏な生活を続けたい」
あー……そういう意味ね。役としてね。そりゃそうですよね。最近の私はなんだか変だ。婚約者役なだけなのだからそれが当たり前なのに何を期待しているのか?
わかっているはずなのに、なぜか少しショックな自分がいる。ううん、この感情は間違いだ。私は恋や愛だと言う前に自分の命を守らなくては。
「私の命を守ってくれる限り婚約者でいるわよ」
「ああ、よろしく頼む。アンが我が家に来てくれてから、私は公私共に順調だ」
ポンポンと私の頭を撫でたジルはとてもご機嫌だった。その子ども扱いにムッと唇を尖らせると彼は「変な顔だぞ」と笑った。失礼ね、元々そんな顔よ。
しかしそんな風に頼りにされたら、私も応えないわけにはいかない。こうなったら、彼の婚約者役を全うしようではないか。
♢♢♢
「ケヴィン様、どうぞ!私の自信作です」
私はお昼休みに推しのケヴィン様にカツサンドを手渡した。彼は初めて見るサンドウィッチを不思議そうに眺めている。
「これ、アンナちゃんが作ってくださったんですか?」
「はい!」
「では、遠慮なくいただきます」
推しに貢ぐのはいつの世も一緒だ。彼が食べてくれるのをドキドキしながら見守った。ケヴィン様は迷うことなく豪快にガプリとサンドウィッチに齧り付いた。
「うまい!うまいです!!」
大きなカツサンドを三口くらいで平らげたので、私はもう一つ差し出した。すると見惚れる程あっという間にペロリと平らげた。
結局、ケヴィン様は五つ程食べてやっと満足したようにふぅ……と大きな息を吐いた。
「何ですか!?これは。初めて食べましたが信じられないくらい美味しいですね」
「これはカツサンドと言って、私の国の料理です。気に入ってもらえて嬉しいです」
私の差し入れが彼の筋肉になるなら、安いものだ。目の保養としてケヴィン様の筋肉は必要なのだから。
「団長は、アンナちゃんみたいに美人で料理上手な婚約者がいて羨ましい。私なんかにまで差し入れをありがとうございます」
「い、いえ。とんでもないです。あの……失礼ですがケヴィン様はご婚約者様は?」
意を決してそう聞いてみると、彼は困ったように眉を下げた。
「いません。大男で見た目も怖いし、気の利いたことも言えません。爵位も継げない下級貴族の私の嫁になりたい御令嬢はなかなかいませんよ」
その言葉を聞いて、私は「嫁にしてください!」と手を挙げかけたのをグッと堪えた。
もちろん嫁というのは冗談だ。推しの芸能人と結婚したい!的な感じで言っただけだ。
でも彼に婚約者がいるのなら……申し訳ないので、この推し活をやめようと思って聞いただけ。
「ケヴィン様は素敵な方です。毎日危ない任務をこなして、立派にこの国を守ってくださっているじゃないですか。若い方の面倒見もいいし、おおらかで太陽みたいに明るいです。きっとすぐに良い方が見つかります」
そして何より肉体美が素晴らしいです!というのは流石に変態ちっくなので言うのは控えた。しかし……推しに想いを伝えるのはファンとしての責務だと思い、私はつい熱弁してしまった。
「あ、ありがとう……ございます。そんなことを言っていただいたのは初めてです」
なんとケヴィン様は真っ赤な頬を誤魔化すように口元を手で隠し、私から恥ずかしそうに視線を逸らした。うわ、可愛い!私の推しが可愛すぎる。大きな身体の怖い顔なのに、照れ屋なんてキュンキュンしてしまう。
「ふふ、本当のことです」
「……っ!」
様子のおかしなケヴィン様に気づき、他の騎士団員達もゾロゾロと私達の周りに集まって来た。
「あー!副団長だけ美味そうな物食ってる!」
「アンナちゃんの手作り俺も欲しいです」
「何で副団長は顔赤いんっすか?」
私は他のみんなにもカツサンドを渡して食べてもらった。それはそれは好評で、味もボリュームも良いと喜んで貰えたのでホッとした。
それからしばらくして、事務室に戻ってジルの仕事の事務作業をこなしていった。ジルは上層部との会議へ行っていて、部屋にはいない。
「……戻った」
「お帰りなさい」
夕方になった頃に、ジルが執務室に帰ってきた。どうやら会議が終わったようだ。疲れているであろう彼に温かい紅茶を差し出した。
「悪いな。だが、アン……私に他に何か渡したいものはないか?」
紅茶を渡した時はふんわりと微笑んだ彼だったが、何故かすぐに怒ったような雰囲気に変わった。渡したいもの……?私は首を傾げた。
「あ、そうだ!この書類は明日までに欲しいそうよ。机にまとめておいたからすぐ確認してね」
危ない危ない。伝え忘れるところだったわ。私がそう言うと、ジルは「……わかった」と低い声を出した。
重たい沈黙が続くので、カチカチと秒針の動く時計の音が気になってしょうがない。
――なんかご機嫌ななめ?
会議で嫌なことでもあったのだろうか?朝はご機嫌だったのに。
「何かあったの?」
「別に何もない」
でも、あからさまにムスッとしている。基本的に表情の乏しいジルだが、一緒に暮らすうちにその無表情の中でもだんだんと嬉しいとか怒ってるとか読めるようになってきた。
「部下の訓練をみてくる」
それだけ言って、ジルは執務室を出て行った。急ぎの書類はチェックしてくれたようでそれをバンッと机に置き、荒々しく出て行った。
――なんかめちゃくちゃ怒ってる。
こんなに不機嫌なのも初めてかもしれない。よし、近付かないでおこう!私は触らぬ神に祟りなしだとそっとしておくことにした。
窓を閉めているのに、外からは「ゔうっ」という呻き声とドサドサと順番に何かが倒れるような音が聞こえてくる。
そっと外を覗くと、ジルが一列に並んでいる騎士団員をどんどんと倒していく様子が見えた。すでに何十人と倒しているはずなのに涼しい顔のジルは、やはりずば抜けて強いのだろう。
「うわぁ……地獄絵図」
ほぼ一撃で倒されて動けなくなっていく騎士団員たちに「ご愁傷様です」と手を合わせて私は事務仕事に戻った。




