13 手料理
次の日の朝、モーニングで顔を合わせたジルに焼き菓子のことを話してみることにした。もちろん彼が買ってくれた事は知らない体で。
「昨日家で食べた焼き菓子がすごく美味しかったの!!」
「……そうか」
ジルは一瞬だけ私をチラリと見たが、それからすぐに自分の皿に視線を戻した。
「調子に乗っていっぱい食べちゃった」
そう伝えると、ジルはフッと優しく微笑んだように見えた。あ……そんな嬉しそうな顔できるんだ。
「あれは貰い物だ。私は甘いものはそんなに好きじゃないから、全部君が食べればいい」
――貰い物?せっかく買ってくれたのに、どうやら言うつもりはないようだ。
「そうなんだ。くれた人にお礼を言っておいてね!とっても嬉しかったって」
「……ああ、伝えておく」
ジルの返事はぶっきらぼうだ。しかし、とりあえずは彼にお礼を言えてよかった。昨日口を滑らせた設定のニーナは、私達を見てニコニコと嬉しそうに笑っていた。
私達は相変わらず毎朝モーニングを一緒に食べて、仕事をするだけの関係だ。だけど、僅かに距離は縮まっている気はしている。このまま平和に生きていけたらいいのだけれど。
「アンナちゃーん!悪いけど、これ団長に渡しておいてくれます?」
「これってどうしたら効率いいでしょうか?」
「急病人が出たんです。ここのこの場所のシフトどうにかなりませんか?」
私はあっという間に騎士団員達と仲良くなった。実力社会のため平民や下級貴族も多く、ざっくばらんな人が多くて一般家庭で育った私にとっては接しやすかった。
最初は上司であるジルの婚約者で、異国人ということで敬遠されていたみたいだが私の『普通さ』に気付いてくれたみたいだ。
みんなにアンナ様と呼ばれるのも嫌なので、呼び捨てにしてと言ったら全力で首を左右に振って断られた。団長の奥様を呼び捨てなんてしたら首が飛ぶ!と震えていた。だから今ではみんなからアンナちゃんと呼ばれている。
「いやー……アンナちゃんが来てくれて事務作業が簡単になりました。騎士団内の雰囲気もすごく明るくなったし良いことばっかりですよ」
「そう?それなら嬉しい」
騎士団員達はみんな素直に気持ちを伝えてくれるので接しやすい。今日も王宮の食堂で一緒にランチを食べながら喋っている。
「団長と結婚してもいて欲しいです!お願いしますっ!!」
そんな風にお願いされることも多くなった。私自身としてはそうしたいが、ジルがどう思っているかはわからない。
「ハッハッハ、そりゃあ無理だろう?アンナちゃんは団長の奥方だぞ」
あぁ、ケヴィン様。今日も素敵。手に持っているトレーの上には沢山のご飯が盛られている。食欲旺盛なのもキュンとする!
「副団長!今日もめっちゃ食いますね」
「王宮の飯は美味いんだが、俺にはボリュームが足りなくてな」
「あー……わかります。俺もおかわりしますもん」
なるほど。確かにここの料理は美味しいが、料理人が作った品があるメニューばかりだ。身体を動かす騎士達には少し物足りないかもしれない。
「ケヴィン様!私にお任せください。来週のランチはお楽しみに」
私はいい事を思いついた。推しが困っているなら何とかしてあげたい。ニコニコとそう言う私に、ケヴィン様や他の騎士達は不思議そうに首を傾げていた。
♢♢♢
私は週末にバルト家のシェフ達を集め、作りたいものの相談をすることにした。
「カツサンドを作りたいんです!」
私はボリュームがあって食べやすいもの……それはカツサンドだと思う。そして何より美味しい。
「カツ……サンドとは?」
シェフ達の怪訝な顔。え?まさか……そうなの?この国にトンカツないの?トンカツって日本料理なの!?でもあれって洋食じゃない?
「豚肉に衣をつけて、油で揚げるの。それにソースをかけてレタスを挟んでサンドウィッチにしたいの」
「シュニッツェルみたいな感じですか?」
――え?シュニッツェルって何?
まさか食でもこんなに文化の違いを感じるとは思ってなかった。でも確かに今までトンカツがディナーに出たことはない。つまりは、無いのだろう。
「シュニッツェルは、肉を薄く叩いて衣を付けて揚げ焼きしたものです」
「そうそう!薄くはしないけど、そんな感じ」
似たような料理があることに安堵しながら、私はトンカツに取り掛かった。
「パン粉から作らないとね」
日本ならスーパーに買いに行くが、ここでは何でも作らねばならない。乾燥させていたパンをチーズを削る道具を使ってパン粉を作った。
卵と小麦粉はあるし、これでよし。この世界では油と胡椒等のスパイスは高級品らしいが、公爵家ではたっぷりと備蓄があった。さすがお金持ち!
遠慮なく油を鍋に注ぐと、シェフ達は「ひいぃ……!」と青ざめていた。
「濾したら何回か使えるから!こういう時はケチらない方がいいの」
「アンナ様は豪快ですね。さすが旦那様の婚約者だ」
まずは豚肉にフォークでぶすぶすと穴を開けて、塩胡椒をする。それから小麦粉を薄くつけて、溶いた卵を絡ませる。それからしっかりとパン粉をつけて油の中にそっと入れた。
ジュージュー……油のいい音が聞こえてくる。シェフ達は興味津々で私のすることを覗き込んでいる。
「こんなに肉が分厚くて火が通るのですか?」
「大丈夫よ!揚げた後に置いておいたら余熱で火が通るわ」
「そうなのですか。シュニッツェルはとても薄いので驚きです」
我が家は両親が共働きだったので、物心がついた時から忙しい二人を助けるために料理をしていた。食べることが大好きな私は作ることも好きだった。
――こんな知識が役に立つなんてね。
カラッと揚がったトンカツをトレーに乗せて油をしっかりと切る。
「ソースはどうしよう……」
この国にトンカツソースが売られていないのが残念だ。しかし、ただの女子高生の私はトンカツソースを一から作ることなどできない。
「デミグラスにしようかな!」
デミカツとかもあるし、それが一番いい気がする。バルト家のシェフが腕によりをかけたデミグラスソースを使わせてもらうことにする。
「後はマヨネーズ……」
「まよねーずとはなんですか?」
「マヨネーズもないのね!美味しいのに」
これは作れる!調理実習で手作りマヨネーズを作る授業があったからだ。
「卵黄と油と酢と塩があればできるわ。これをひたすら混ぜると固まってくるの」
「固まる……?生クリームのようなものですか?」
「そうそう!そんな感じ」
それならばできます、と若いシェフが混ぜるのを代わってくれた。正直、マヨネーズが完成するまで混ぜるのは大変なのでありがたい。
「こんなものですか?」
「うん、完成ね!」
みんなは初めて見るマヨネーズに興味津々のようだ。私はサンドウィッチのために用意していたレタスをちぎって、マヨネーズをつけた。
「野菜につけても美味しいの。どうぞ」
シェフ達が恐る恐る口にすると「美味しいです!」とか「濃厚な味だ」なんて声があがってホッとした。
「上手くできたみたいね。カツにソースをつけて、レタスとマヨネーズも挟むわ」
あっという間にカツサンドが完成した。うんうん、これこれ。想像通りにできて大満足だ。
「アンナ様の郷土料理……めちゃくちゃ美味しいです!」
「食べ応えがありますね」
「トンカツがサクサクだ」
シェフ達が眼を輝かせて食べてくれるので、こちらとしても嬉しくなった。
「良かった!騎士団に差し入れしたいから、みんなにも作るの手伝って欲しいの」
そう言うといきなりシーンとみんなが静まり返った。え?なんで?騎士団に差し入れってしちゃいけないの?
シェフ達はみんな気まずそうに眉を下げ、ソワソワと何かを言いにくそうにしている。
「差し入れに何か問題でも?」
私がそう尋ねると、ベテランのシェフが重い口を開いた。
「騎士団の差し入れは、旦那様にも渡されますか?」
もともとはケヴィン様のためにトンカツを作ろうと思ったのだけれど、一番にジルにも食べてもらいたいと思っていた。忙しいジルのためにパンで挟めば、休憩中に手軽にささっと食べられるだろうと思ったのだ。
彼も騎士らしくなかなかの大食漢なので、食堂のご飯は足りない可能性もある。しかし差し入れの何が問題なのだろうか?
「そのつもりだけど?忙しいジルもパンに挟んだら、気軽に食べやすいでしょう?あの人仕事でバタバタしてたら、すぐに食事抜いちゃうから心配なのよね」
首を傾げると、シェフ達は皆申し訳なさそうな目で私を見つめた。
「旦那様は……その……女性が作った食べ物を一切口にされません」
最近ジルと普通に話していたのですっかり忘れていたが、そういえば彼は極度の女嫌いだった。今思うとバルト公爵家のシェフは全員男だし、使用人も若い女性は一人もいない。どうやら彼の女嫌いは深刻のようだ。
――食べられないのか。
もちろん無理に食べさせるつもりはないが、なぜかほんの少しだけ胸がチクリと痛んだ。この気持ちはなんなのだろう。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本日は夜にもう一話更新させていただく予定です。
普段より遅めの時間になるかと思います。




