12 騎士団のお仕事
「何だあの緩んだ顔は」
私は今、恐ろしい顔のジルにお説教されている。ああ、これはかなり怒っている。
「えー……だってケヴィン様、あまりにも格好良いんだもん。顔も体型も全部が好みだわ」
私は人差し指同士をつんつんと合わせながらもじもじと頬を染めそう伝えた。
騎士団に着いてみんなの前で挨拶をし、ジルが『私の大事な婚約者のアンナだ。今日からは私の秘書をしてもらう』と告げたことで、騎士団員達はかなり驚いていた。
「あの女嫌いの団長の婚約者だって!?」
「しかも異国人だぞ。それにしても美人だな」
「結婚するって噂は本当だったのか」
ザワザワと戸惑っている団員達の中で、副団長のケヴィン様だけは落ち着かれていた。
「アンナ様、俺は副団長のケヴィンと申します。ジルヴェスター団長は下級貴族の俺を実力で評価してくれて、こんな役職までくださって感謝しています。本当に団長には世話になっていますよ。これからどうぞよろしく」
大きな手を差し出して、ニカッと微笑んだ姿はまさに私の理想そのものだった。
――好き。格好良い。推せるっ!!
あー……本当に素敵。こんな素晴らしい筋肉なかなか日本ではお目にかかれない。私はすぐに目がハートになってしまったのだ。
「……ケヴィンが好みだと?あいつは確かに剣の腕も性格もいい男だが、強面の大男だぞ?」
「それがいいんじゃない!」
興奮して私は大きな声を出してしまった。私のパチーニャ王国での推しは決まったわ!生きていく糧ができた。
「お前は……俺と同じで恋愛に興味のない人間だと思っていた」
彼は不機嫌そうにポツリとそう呟いた。この人は何を言っているんだ!女子高生の私は思春期真っ只中で、恋愛に興味ありまくりだ。本当なら青春をしたい。
「まさか!今まで好みの男性がいなかっただけよ。私はケヴィン様みたいなムキムキでバッキバキな男性が好きなの」
うっとりとそう言うと、ジルにギロリと睨まれた。
「好きにしろとは言ったが、ケヴィンは絶対にだめだからな」
「は?」
「団長の妻が副団長とデキてるなんて、あまりに酷い話だ。バレたら社交界の格好のネタだ」
デキてる?って……そういう意味?そういえばジルは契約する時に浮気オッケー、バルト公爵家に連れ込んでもオッケー的な最低なことを言っていたのを思い出した。
「浮気なんてしないってば!」
「あんなだらしない顔をしておいて、よくそんなことが言えたものだ」
ジルは不機嫌そうにドサっとデスクの椅子に腰掛けた。これから仕事をするというのに、この雰囲気は最悪だ。私は場を和ませようと、あえて冗談を言うことにした。
「あー!もしかして私があなた以外の人を格好いいなんて言うから、妬いてるんじゃないの?」
ニヤニヤと笑ってそう言うと、ジルはさらに不機嫌になった。
「……私との仲が疑われないようにしろと言っているだけだ」
「わかってる、わかってるって!」
「まあ、あいつもお前のようなガキを相手にしないだろうけどな。ケヴィンに迷惑だから不用意に近付くな」
うわー……ムカつく。そんなのわからないじゃない!?ケヴィン様は私のこと綺麗だって言ってくれたもの。しかもこの男と違って優しそうだし、脈なしというわけでもないと思う。
残念ながら、目の前の性悪男と婚約中なので恋しませんけどね!
それにしても相変わらず冗談の通じない男だ。それからは、騎士団のことを一通りさらっと教えてもらった後……一番簡単そうな書類整理から始めることにした。
「うわ、何これ。見にくい……」
ジルヴェスターの机には山程書類が積み上がっている。しかもそれぞれが好きな形式で書類を出してきている。
「色んな部署から書類が来るからな。とりあえず仕分けしてくれ」
「これは……大変ね」
私は毎日せっせと仕分けしたが、一週間経って段々と面倒くさくなってきた。書類は殆どが手紙のように文章で長く書かれてあるので、最後まで読まなくては何の書類かわからない。そして書いた人の文章能力にも差があるので、本当にわかりにくいのだ。どうにかならないものか……。
しかもジルヴェスターはかなり忙しいようで、部下に訓練を付けたり魔物の討伐に行ったり会議に出たりしながら隙間時間でその見にくい書類を処理している。チラリと彼を見るが、休憩など一度もしていない。
そして彼が部屋を空ける間は、私は危なくないように他の騎士団員達と一緒に過ごすように上手く手配をしてくれていた。
「ジル、こんな生活していてよく倒れないわね。私なら三日で逃げ出すわ」
職場での多忙はもちろんだが、彼は家に帰ってもバルト公爵領の仕事をこなしている。彼が文句も言わず毎日毎日頑張っているのを、素直にすごいなと思った。
――何かできることないかな?
私は仕分けしていく中で、何種類かの書類があることがわかったので紙にペンで書いて見やすい書類のテンプレートを作ることにした。ああ、携帯やパソコンが無いって不便!手書きは面倒だが仕方がない。
「ねえ、ジル。書類書式を統一したらどうかな?手紙方式やめた方がいいよ。こんな風にして、選択肢を初めから書いておいたら丸するだけで時間短縮できるわ。そしてここは誰が申請したのかを書けるところにしてジルのサインは隣に書くの。決まった場所にサインする方が楽でしょ?」
とりあえずジルに書類のテンプレート案を見せてみた。彼は無言のままそれを眺めている。
「……」
あれ?まさかの反応なし?これは勝手なことをするな、とか怒られるパターンかもしれない。
「いいな。かなり見やすい」
「ほ、本当!?」
ジルがそう言ってくれたので、私は嬉しくなった。考えた甲斐があった。
「ああ。だがここはこうした方がもっと使いやすいだろう」
彼のアドバイスを踏まえて改良し、なんとかテンプレートが完成した。
「コピー機ないの……忘れてた」
私はうっかり失念していたが、この国にはコピー機がない。どうやってこのテンプレートを各部署に配ればいいのか?一枚一枚手書きなんて気が遠くなるし、絶対に嫌だ。
「複写なら私の魔法で可能だ」
「本当!?沢山の量もできる!?」
「ああ。生物以外なら容易い」
なんて素晴らしい!ジルが便利な魔法を使えたおかげで問題はあっさりと解決した。
よかった、よかった。私はきちんと書き方の例まで一緒に付けて、各部署に書類書式を届けこれからはこれに書いてもらうようにと伝えた。
しかしこの書類で出してくるのはほんの一部。ある程度予想はしていたが『面倒くさい』とか『書き方がわからない』等と文句が出ていた。これは使うどころか、まともに作ったテンプレートを見てもいないわね。
「明日からはこの書式で出さなきゃ一切書類を受け取りません。だから困るのはあなた方ですよ。書き方が不明の方は私が直接丁寧にお教えします。使ってみて不便なところは遠慮なく教えてください」
私は愚痴愚痴言う男どもに机をバンッと叩いて、そう伝えた。
「文句言うなら、ちゃんと試してみてから文句言いなさいよ!」
「……」
シーン、と静まり返った様子に私はまずいと慌てて口を手で押さえた。
「よ、よろしくお願いしますね」
取り繕ったようににっこりと笑顔を作り、慌ててその場を去った。
しかし、効果はあったようで次の日からはほとんどが指定の書類で回ってきた。指定の書類を使っていないものは全て問答無用に突き返した。そうすれば一週間後にはこの書類しか見なくなった。
――やればできるじゃない。
ジルの事務仕事も以前よりかなり早く処理できるようになった。書類が山積みだった彼の机も、今はすごくスッキリしている。
「君のお説教が効いたようだな。あの日から騎士団で一番強いのは私ではなく、アンだと話題が持ちきりだ。もう君に逆らう奴はいないだろう」
ジルがくっくっく……と揶揄うように笑っている。そう、不本意だが私のことをみんな裏でそう言っているそうなのだ。
「すごく仕事がしやすくなった。礼を言う」
「どういたしまして。最悪な二つ名と引き換えにした甲斐があったわ」
ジルの仕事が少しでも減ったのであれば、その不本意なあだ名も意味があったというものだ。ものすごく嫌だけど。
その日は彼はまだ仕事があると言っていたので、私は先に家に帰ることになった。馬車の中でシュバルツが私に寄り添ってくれている。あの舞踏会以来、過保護になったジルは私を完全に一人にすることは無くなった。
「アンナ様、お帰りなさいませ。お仕事お疲れ様でございました。お茶の用意ができていますよ」
「ありがとう」
ニーナが淹れてくれた最高に美味しい紅茶と、焼き菓子をいただく。
「んーっ!この焼き菓子美味しい!!」
そう言った私をニーナや他の使用人達がニコニコと嬉しそうに見つめている。
――ん?この焼き菓子なんか特別なの?
「これシェフの新作?」
「これは旦那様からアンナ様にですわ。何でも街で人気のお店のものを取り寄せたらしく……ああ、私ったらだめですわね。これは旦那様に秘密にするように言われていたのについ言ってしまいましたわ」
ニーナがつい口を滑らせた……という振りをしている。わざと言ったことは一目瞭然だ。
「アンナ様、どうか旦那様にはご内密に」
「う、うん。わかったわ」
これはきっと靴を見に行った時に私が見つめていたお店のものだ。まさかジルが買ってくれるなんて思っていなかった。
――私があの店に行きたいと思っていることに、気が付いていたんだ。
「沢山あるのでもっとお食べ下さい」
「ありがとう」
ジルはわかりにくいけれど、優しいのよね。その事実を知ったからか、二つ目に食べた焼き菓子はさっきよりより甘く感じた。




