最後のメリークリスマス
A.D.4109/12/24
ID:5-874213714
パーソナルネーム:XXXXX
......起動
目が覚める。
私の心臓部に埋め込まれた反応炉が活動を再開し、一時休眠状態だった私のCPUに再度電子の流入が始まり、メモリに蓄積された全ての情報が覚醒した。
時刻は午前六時。
いつも通りの朝。私はタイマーによって設定された、決まった時刻に起床する。
体内の時計は、今日も正確に時を刻み続けている。そして、もう一つのタイマーも。
外気温は氷点下十八度。随分と暖かくなったけれど、けれど昔から比べると、まだ随分と寒い。
私は外に出た。外の景色は、一面の白。
どこまでもどこまでも、白一色の世界が広がっている。
天を仰げば、厚い雲が空を覆い、白い結晶を大地に降り注いでいる。
――雪だ、マスター! 雪が降ってる!
ふいに、はるか昔に、自分自身が発した言葉が蘇る。
あの頃は、この場所に雪が降ることはとても珍しかった。あれは、私がはじめて雪を見た日の事だ。
マスターは、「風邪をひくよ」なんて言ってくれたけれど、私は風をひかない。そんな私に人間じみた言葉を掛けてくれたマスターを、私は好きだった。
……好きだった、と考えるのは、おかしな事だ。
私が感情を持つ事なんて、ありえない。もしかしたら、バグの一種だったのかもしれない。
心の無い私に、感情なんてものはないのだ。
私の「脳」に当たるものは、ただのコンピューターだ。0と1のみで構成された情報伝達の中に、人間のような、生物のような感情が芽生えることなんて、おかしな話だ。
それでも私は、マスターが好きだった。
私は左足を引き摺りながら、いつも通りの家事をこなしていく。
一週間ほど前、左足大腿部のアクチュエーターが故障して、もう左足はほとんど動かない。
修理をしたいんだけれど、補修部品はもう底を着いたし、使う前に使用期限を過ぎた部品もある。
まあ、もう故障なんて関係ないんだけれど。
もうじき、私の全てが、左足と同じようになる。
それまでの辛抱だ。
いつも通りに一人で朝食を済ませると、私はいつもとは違う作業を始めた。
いつも通りの朝だけど、今日は特別な日なんだ。
あれは、もう何年前のことだったっけ。今日は、私とマスターが、初めて出会った日だ。
私はマスターへのプレゼントで、マスターとの出会いは私へのプレゼントだった。
今までマスターには、たくさんのプレゼントを貰ったけれど、その中で一番嬉しかったプレゼントは、マスターの元に来れたことだ。
私はマスターの下で働けて、とても嬉しかった。
家事をする事しかできない私を、マスターはとても大切にしてくれた。
マスター、私、とても嬉しかった。
もう一度、マスターに会えたらいいな。
今日は、12月24日。クリスマスイブだ。
私は一人、クリスマスパーティーの支度をする。
古いメモリーに残る、楽しかった日の記憶を手繰りながら、あの日の食卓を再現する。
肉は手に入らなかったけれど、自分で育てた野菜や穀物で、料理を作っていく。
部屋を飾りつけ、テーブルに料理を並べ、そして、出来損ないのケーキに、ろうそくを立てた。
「メリークリスマス!」
一緒に祝ってくれる人は、誰もいない。
……誰もいない。
この地上には、もう誰もいなかった。
広い広い大地に、もう私しかいなかった。
はるか大昔、大きな戦争が起こった。
マスターは大丈夫だと言った。でも、全然大丈夫じゃなかった。
いくつもの爆弾が爆発して、たくさんの灰が空に舞った。
私とマスターの国は、戦争には関係なかった。でも、死の灰は星の全体を包んでいった。
それから、惑星全体が、死の灰と、放射能と、寒気に包まれた。
それからはずっと、冬。
毎日毎日、放射能を含んだ黒い雪が大地に降り続けた。
いつしか黒い雪は白い雪になった。
そして、大地を白く覆い隠していった。
大好きだったマスターも、雪の下で眠っている。
それから2000年、私はずっと、一人で生きてきた。
でも、それももう今日でおしまい。
私には関係ないと思ってた放射能は、ゆっくりと、私の心臓を、反応炉を蝕んでいた。
機能停止する日を演算し、出た答えは、4109年12月25日午前0時。
きっとこれは、サンタクロースが私にくれた、最後のプレゼントなんだ。
私が初めてマスターと出会えた日に、もう一度マスターに会える。
もう少し。もう少しで、もう一度マスターに会える。
ゆっくりと、夜は更けていく。
少しずつ、私の反応炉の出力は弱くなっていく。
それに伴い、末端のアクチュエーターから、機能が停止していく。
もう、動かせるのは右手だけだ。
私は震える指先で、飾られた写真立を手に取った。
額縁の中で、笑顔がふたつ。私と、マスター。
私はその写真を、胸に抱いた。
「マスター、もうすぐ会えますね」
私の目から流れた雫は、オイルだろうか。
「ずっと言えなかった事、最後にちゃんと言いますね……」
タイマーの数字は、確実に小さくなっていく。
「私、ずっとずっと前から、マスターの事……」
もう、ちゃんと声を発する事もできない。
「アイ……シ……テ…………」
5.
4.
3.
2.
1.
0.
A.D.4109/12/25
ID:5-874213714
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活動限界を超えました
機能停止します