生存
大広間を出て、関は庭の方に向かおうとしたが、峡は首を振った。
「良い、こちらで。」
関は、え、と振り返った。
「父の最後の事を知りたいのでは?」
峡は、また首を振った。
「そうではない。渡は生きておる。あの直後から我の宮に居るのよ。」
関は、驚いて目を見開いた。
「え?父は生きておるのですか。」
純粋に驚いたのか、その口調に批判するような色はなかった。
峡は、頷いた。
「渡はの、また籠められるからと何とか牢から脱した後、我の所へ来たのだ。地震の後始末があって、我も忙しいしこれまで黙っておったが、そろそろ言うておかねばと。」
牢番は、最後に解除の術を放ったと言っていた。
渡は、それが間に合って生き延びたのだ。
関は、むっつりとした顔をした。
「…ならば父から、我を恨む話を山ほど聞いておりましょう。」
峡は、また頷いた。
「聞いておる。我とて他人事ではないゆえ、憤って龍王にまで相談したが、よう考えたらこれは内のこと。ゆえ、しようがないのよ。主は間違っておらぬ。王なのだから、横面を扇で張られたらそれは牢に繋ぐわな。斬られなんだのが不思議なくらいぞ。」
峡がなにやら物分かりの良い事を言うので、関は困惑した顔をした。
「では…しかし、父は何をしでかすか分からぬので、此度の事もありまするし戻せばまた牢に籠めまする。心底反省しておるとかなら、我とて考えまするが。」
峡は、苦笑した。
「まあのう、我もあれとは長い付き合いであるから、何かしでかすだろうとは思う。」と、ため息をついた。「それでも、あれで気の良いところもあっての。友であるし、見殺しにはできぬのだ。ゆえ、我が生きておる間は我が宮で面倒を見る。だが、我が死んだ後は皇子次第であるからの。あれが王になったらこちらへ帰すだろう。」
関は、父の友である峡の皇子、辰起とは幼馴染みだった。
なので、辰起が考えるだろう事は分かる。
関が籠めると決めたのだから、安穏と暮らさせるなどできないと考えて、返して来るだろう。
「…辰起ならば返して参るでしょうな。」
峡は、頷いた。
「ゆえにの、まあ、一応渡とは落ち着いて話すが、主も。少しあれと話した方が良いやもしれぬ。我はまだしばらくは死なぬだろう。我が死ねば、あれもかなりの歳よ。ゆえ、今のうちに和解しておいて距離をおき、その時には落ち着いて迎えられるようにした方が良いのではないか?主とて、父を籠めて牢で死なせるのは本意ではあるまい。あれが今少し落ち着けば良いのだが…何しろ昔から短気な奴で破天荒であったからな。父王も難儀しておったのよ。」
峡は、側で見て知っているのだ。
だが、恐らく王になってから起こった事は、不都合なことは隠しているはずだった。
「…父上のしたことをご存知でないから。話し合いでなんとかなる時期は、もう過ぎておるのですよ。我らの間のわだかまりは、話すぐらいでは収まりますまい。そも、我が譲位を急がせたのも、辛抱堪らなくなったゆえのこと。」
峡は、またため息をついた。
「やはりな。王になってからはあまり聞かぬようになったが、あの性格はそう簡単には変わるまい。主らも辛抱しておったのだの。ならば、何も言うまい。何か話す気になったなら、宮を訪ねるがよいぞ。」
関は、頷いた。
「は。どちらにしろお世話になっておるのなら、一度ご挨拶に伺わねばなりませぬゆえ。あの父を…とにかく、明日にでもここからの帰りに立ち寄ることに致します。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませぬ。」
峡は、笑って手を振った。
「ああ、我は慣れておるゆえ。伊達に何百年も友であったのではない。あれとまともに話せるのは、我ぐらいのものでな。案ずるな。そんなに急がずとも、とりあえず一度宮に帰って臣下に話して参れ。そちらで考えてから来るがよい。」
さすがに長年あの父と共に生きていた神。
関は思ったが、辰起の事を考えても、この峡が言うように、峡の命が尽きるまで、世話になるわけには行かなかった。
…対応を考えねば。
関は、大広間へと戻りながら、考えていた。
炎嘉は、それを見ていた。
結界内の事なので、見ようと思えばどこでも見えるし、聴こえるのだ。
関と峡が戻って来てそれぞれの場所へと戻ったのを見て、維心が言った。
「…どうであった?見ておったのだろう。」
炎嘉は、ため息をついて頷いた。
「見ておった。関は、やはり積もる恨みもあるようで、宮へ戻すなら何をしでかすか分からぬから、牢へ籠めると。峡は己が死ぬまでは面倒を見るが、そこから先は辰起が王であるし分からぬと申したが、関は辰起と幼馴染みであるし。辰起は返して来ると思うておるようよ。別に峡が死なずでも、譲位すれば辰起が王であるし、返すだろうの。峡は、つまりは渡が居る間は王座を降りぬ覚悟であるということだろう。せっかくに譲位の準備を内々に進めておるようだったのに。渡一人のために、峡も思いきった事を申したものよ。」
志心が、言った。
「友であるなら分かるが、あれももうよい歳なのに。歳は我らより下であるが、体が老いておるから疲れるだろう。案じられるの。」
炎嘉は、頷いた。
維心は、言った。
「困ったことよ。やっと松の事が終わるかと思うた矢先にそれか。我らが案じても始まらぬが、しかし関もやっと面倒が無くなったと思うておったところにこれでは頭が痛いだろうの。渡か…少し、話しても良いやも知れぬな。」
炎嘉は、チラと維心を見た。
「何を話すつもりよ。あれは外に対しては嫌になるぐらい慎重にやっておったぞ?我らに無礼な様であったこともない。確かにあれの父王の頃は、面倒な皇子であるなと思うて見ておったが、峡がよう庇っておったわ。王座についてからどうなるかと思うたが、落ち着いたなと勘違いしておった。そうではなかったのだの。」
維心は、またため息をついた。
「蒼が我に報告してきたのだが、関が蒼と高瑞にだけと話したことであるから、我は黙っておった。だが…申しておこう。渡は、あの松が拐われた夜、松の侍女に会いに参っていたらしい。その侍女が、その日の当番であったのにの。」
箔炎が、目を丸くした。
「非番でもないのにか?」
維心は、渋い顔で頷いた。
「その通りぞ。ゆえ、松の側に控えておる侍女がおらなんだらしい。ゆえ、松は宮を抜け出す事になり、あのような事になったのだと。渡は己の不手際を知られるのを恐れて、松を隠してその侍女を牢へ籠めた。関は侍女を牢から逃がして、事情を聞いた。ゆえ、松ばかりが悪いのではないのにと長らく渡を恨んでいたようよ。妹が理不尽な扱いを受けておったからの。関は、比呂を臣下の養子に出して松を出す事を勧めたが、渡がそれを許さなかった。ゆえ、十六夜に助けを求める事にもなったようだ。」
志心が、呆れて言った。
「それは渡が悪いわ。あやつは何も変わっておらぬではないか。昔から向こう見ずで後先考えぬから、雀は悩んで死ぬまで王座を降りられなかったのだぞ。」
雀とは渡の父だ。
確かにいつも、跡目に渡しか居らぬ事を嘆いていた。
結局、後を案じながら死んだのだ。
「王座についてからは落ち着いたかと思うておったのに、困った奴よ。まあ、本質はそうそう変わらぬもの。中では相変わらずであったのやもしれぬ。関はよう、まともに育ったの。反面教師か。」
それには、炎嘉が答えた。
「妃が優秀であったからよ。気の強い女であったが、あれぐらいでないと務まらぬと雀が迎えよと言った皇女で、何事にも卒がなく美しく、気が強い以外は完璧だった。ゆえに、渡は妃を恐れておった。美しいゆえ心底気に入っておったようだが、粗相をしたら厳しく叱責されたようでの。恐らくその件でも、侍女に忍んでいたのがバレたら妃が何を言うかと恐ろしかったのだろう。だが、そんな女でもはぐれの神に拐かされた娘をどう扱って良いのかまでは教えられておらず、渡が言うがままに籠めておったのだろうな。あれほど完璧に育て上げた娘なのに、もったいない。楢を見ても分かろうが。あれらは見た目と品位がその妃にそっくりなのだ。」
志心が、言った。
「気の強い?ああ、そうかあれだの、初。あの頃皆が美しいが気が強すぎると嫁ぎ先がのうて、困っておったという。しかし、初はもう亡くなっておろう?今は渡に怖いものなどなかろうが。」
炎嘉は、頷いた。
「先頃関が王座についてすぐぐらいに病で死んだの。確かに初がもう居らぬのに、まだ松を隠すのはやはり世間体か。」
維心が、頷いた。
「あやつは己の評判が悪いのを知っておったゆえ、王座についてから何とかそれを払拭しようと励んでおったしな。仕方のない、今さらぞ。もうみんな知ったしな。渡にそう伝えたら良いのではないか?その上でおとなしゅうしておったら、関も離宮で住むぐらいは許す気がするがの。」
とはいえ、これまでの蓄積もある。
皆は、また面倒かとため息をついたのだった。




