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理不尽とは

峡を見た、覚が言った。

「峡殿ではないか。何かあったか?」

覚は同じ上から二番目の序列四位で、妃の天音は峡の皇女に当たるので、縁戚になるのだ。

峡は、言った。

「本日は、どうあっても龍王殿に話したいことがあっての。主に言うても良かったが、この問題は龍王殿でなければと思うて。」

覚は、何があったのだと怪訝な顔をする。

維心が、言った。

「何ぞ、峡?何かあったか。」

峡は、頷いた。

「龍王殿は、渡の事をご存知か。」

維心は、眉を寄せた。

確か、今回の地震で崩れた宮の端に居たとかで、そのまま下敷きになって遺体も回収できなかったと関から報告を受けていた。

炎嘉が、言った。

「地震の時に崩れた宮と共に亀裂に落ちたと聞いておるがの。亀裂の中では遺体も回収できまいが。主があれの友であったのは知っておるが、渡は隠居しておったのだし、そこまで口出しする権利はないであろう。」

峡は、首を振った。

「渡は、生きておりまする。」

皆が、驚いた顔で息を飲んだ。

峡は、険しい顔で続けた。

「あれは、関と意見の相違があって、思わず扇で横面を張ってしもうたのだとか。それは渡が悪いとは言うたものの、それから関はそれを理由に地下牢に渡を籠め、あの地震の折にも様子を見に来ることもなく、牢の奥に籠められたままであったそうで。渡は、地下牢と共に戒めの術も解かれぬまま亀裂へと落下して行ったのでありまする。幸い、牢番が咄嗟に解除の術を落ちて行く格子に向けて放ってくれたお蔭で、寸でのところであれは下敷きにならずに済んだ。だが、あのまま生きて戻れば、恐らくまた関は牢に籠めて死ぬまで放置するつもりだろうと、密かに友である我の所へ参ったのです。関には知らせず、地震の後始末もありこれまで誰にも言わずに宮に囲っておりましたが、もうこの問題をお伝えしても良いかと思い、この度申し出させてもらいました。」

炎嘉は、チラと維心を見る。

維心は、むっつりと無表情に同じ宴席の遠くで他の王達と話す、関を見た。

…まあ、宮の中の事であるし、本来斬っておってもこちらが文句を言う筋合いもないのだがの。

維心は思って、言った。

「…主も知っての通り、元は王であっても代替わりすれば現在の王に従わねばならぬ。それが、世の倣いぞ。そして、いくら親であっても王に手を出すなど許される事ではない。それは、主も分かっておるの?」

峡は、それには渋い顔をした。

「それは…確かにその通りでありまするが。しかし、処刑するほどの罪でもないのに、牢に籠めたまま危険と分かっておって放置するのは、いかがなものかと。そも、親であるのに。」

維心は、ため息をついた。

「それが、隠居した王の甘えぞ。」峡が驚いた顔をすると、維心は続けた。「親を敬うのは当然の事と思うておろうが。確かにその通りではあるが、しかし、王は常宮の事を考えねばならぬ。主もそうであるように、親であろうと子であろうと、宮の運営の妨げになると判断したら捕えもするし斬りもする。まして、口論になるのならまだしも横面を張るなど、もしも主ならばどうしておった?王座に居らぬ者は皆、王族であっても王から見たら臣下と同じ。それが臣下ならその場で斬っておるだろうが。ゆえ、此度の事は自業自得と考えるし、我から関に何某か言う事はない。地震が起ころうとしておる時に、罪人の身の心配までしておられぬわ。関の宮では罪人ではあるが、主からしたら友なのだし、哀れと思うのならそのまま死ぬまで面倒を見てはどうか?宮へ戻れば牢の中であろうが、主の所では違うのだろう。それは、我が感知することではない。主らが決めることぞ。」

峡は、眉を寄せて黙る。

炎嘉が、言った。

「…維心が言うは当然のことぞ。本来、宮の内の事で王が誰を斬ろうと我らは口出しはせぬだろう。余程理不尽であったり、他の宮が絡んでおったりしたらこの限りではないが、内輪の事であるし、関自身が手を下したわけでもない。ただ、放置しておっただけぞ。峡、主とて譲位も考える歳であるし、思うところもあるのだろうが、今一度よう考えよ。それは、我らが口出しすることではない。」

大広間は広い上、楽士が楽を奏でたりと華やかな鳥の宮の宴の席なので、遠くに座る関はこちらの会話には気付いていない。

炎嘉が言うのは、峡は渡を、自分に重ね合わせてもし自分ならばと思うからこそ、こうして維心に嘆願のような事をしているのだろうという事だった。

志心が、言った。

「まあ…隠居というからには口出しするなということぞ。王座を降りて楽をしておるのに、口だけを出すなどお門違いよ。ならば、死ぬまで王をしておったら良いだけのこと。我ら、最上位のようにの。」

基本的に、最上位の王達は、死ぬその時まで王座に置かれる。

大きな物事の処理を任されることが多く、重要な事を取り決めてきた実績が多く残っているので、簡単には降ろすことができないので息を引き取るその直前まで王であるしかないのだ。

二番目の王達は、そう考えると安易に譲位して、残りの生を謳歌するのだから恵まれていると志心は暗に匂わせていた。

峡は、ため息をついた。

「…誠にそのように。炎嘉殿がおっしゃるように、我とてそろそろ楽にさせてもらいたいと思うておったところに此度の事で、どうにも己の身に照らし合わせて考えてしもうて。考えたら我とて、父がとやかく口出しをするのに、よう反論しておったもの。己では何もせぬくせにと、思うておりました。隠居するとはそういう事でありますな。もう、王ではないのだから。」

炎嘉は、同情するように頷いた。

「その通りよ。主などまだ良いのだぞ?我は主より歳上であるが、まだこの姿でいつまで面倒を抱えて生きねばならぬことか。ここに座る最上位のほとんどが同じ憂き目に合っておる。主らは恵まれておるのだから、志心が言うように王で居たいなら責務を果たし、王座を降りたいのなら後は口を出すでない。選択肢があるだけ、幸福なのだと肝に銘じての。」

峡は、頷いて会釈した。

「お騒がせ申した。その旨我も、渡に申そう。とはいえ、生きておることは関に知らせておきまする。葬儀がなんだと伝え聞いておるし、あちらも生きておるなら知りたいでしょう。」

維心が、言った。

「して?主は渡をどうするのよ。宮に置くか?」

峡は、苦笑した。

「少々破天荒なところはありまするが、幼い頃より友として過ごして参った男でありますので。我が生きておる間は、あれに居場所は与えるつもりでありまする。あれで根は悪い奴ではないので。」

幼馴染みなのか。

だとしたら、渡が峡の宮へ逃れた意味もわかる。

立ち去る峡の背を見つめながら、渡が恨みで面倒な事をせねば良いが、と維心は思っていた。


維心達の前から辞した峡は、ため息をついた。

確かに、渡と話してワケを聞いて、頭に血が上ったものの、渡は昔から短気でいろいろ問題を起こし、父王に諌められる神だった。

同じ年頃で真面目な峡は、よく渡の行動を見ておって欲しいと、渡の父王から頼まれていた。

渡がそんな感じなので、結局父王は死ぬまで王座に居て、渡が王となったのは峡よりかなり後だった。

それでも王座についた後は、それなりに物を弁えて行動していて、外から見てもきちんとした王だった。

だが、あの性格なのだから内では何かあったのかも知れない。

関を責めることは、できなかった。

峡は、他の王達と談笑する、関に声を掛けた。

「関。」

関は、こちらを向く。

そして、声の主が峡だと知ると、少し顔をしかめた。

恐らく父の友だと知っているので、何か文句を言いに来たのかと思ったのだろう。

文句どころか龍王に嘆願したのだが、今の峡はもう、分かっていた。

なので、その顔を見て苦笑した。

「話があるのよ。少し場を離れられるか。」

関は、躊躇う顔をしたが、断っても良い事はない。

なので、頷いて立ち上がった。

「は。では外に。」

峡は頷いて、二人は何事だろうと顔を見合わせる他の王達に見送られて、そこを後にした。

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