本震
維心は、その日眠らずに各宮からの報告を待ち、最後の報告の後に目の前に膝をつく、義心に言った。
「準備が整った。」と、義心を見た。「軍神達は?」
義心は、答えた。
「は。既に全軍持ち場についておりまする。それぞれに将を配置し、その時を待っております。」
「後は主が率いる千の宮の守りだけよな。」と、息をついて窓を見た。「夜明けぞ。人はまだ寝ておる者が多数であろう。日が完全に昇ったら、碧黎に声を掛ける。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
十六夜から念の声が降って来た。
《準備ができたか。知らせるか?》
維心は、頷いた。
「日が高く南に昇ったら碧黎に声を掛けると炎嘉達に知らせてくれぬか。さすればあれらが、後は皆に知らせる。」
十六夜は、答えた。
《分かった。親父はだんまり、維月は寝てる。人は起きてる奴は起きてるが、出勤時間に揺れたら面倒だから、職場についてから揺れるならその方がいい。だが、余震があったからかなりうるさく注意喚起してて、休みにしてる会社もあるな。人も計器で計っててデカいのが来るのがわかってるみてぇだ。》
やはり、あれから何百年も経つとかなり備えは進んでおるようよ。
維心は思って、頷いた。
「そうか。ならばとにかく、どれぐらいの揺れになるか想像もつかぬし構えるしかない。大丈夫だろうとは思うがの。碧黎はかなり抑えておるようよ。」
しかし、十六夜の声は暗い。
《…だといいが。》
維心は、眉を上げた。
「何か問題が?」
十六夜は答えた。
《…親父がここまで必死に力を逃してるのが初めてだからでぇ。数百年前にも、これまでの地震でも、難しい顔はしてたが片手間にやってただろう。それが、今回はあちこち見ることもできねぇで、海面の流れはオレに任せきり。なりふり構わず抑えに行ってる。こんなのは初めてなんでぇ。》
言われてみたらそうだ。
維心は、途端に地上が気になった。
「…とにかく、やるべきことは皆やった。起きてみないと分からぬ。一応、構えておく。」
十六夜の声は、返って来なかった。
恐らく炎嘉達に意識を向けたのだろう。
維心は、今回はそれほど面倒なのかと案じていた。
昼に近くなってきた。
余震が、あれから三度、立て続けに起こった。
恐らく、碧黎から人への、もうすぐ揺れるとの知らせであろうと思われた。
碧黎は、黙っているがこちらの動きは見ているのだ。
そのお陰もあって、人はあちこちのシェルターなどに避難をし始め、できる限り備えている。
何としても犠牲を出さずに今回の地震を終えたい維心だったが、十六夜の声が言った。
《人は全員避難してるわけじゃねぇ。まだ仕事してる奴もいる。だが、もう時間だな。》
維心は、頷いた。
「やれることはやった。後は人に任せるしかない。」と、息をついた。「碧黎。今ぞ。」
途端に、ゴゴゴゴと激しい音が聴こえ始めた。
これまでとは比べ物にならないほどの大きな力の移動を感じる。
さすがの維心も、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
…まるで、島自体が流されて行くかのような力。
これで、ここまで力を逃し続けた結果の残りカスのようなものなのだと、維心は畏怖の念を感じた。
碧黎が、必死になるのも道理だ。
その力が、大きくせり上がって来て維心は叫んだ。
「…来る!備えよ!」
その声は、念となって宮中に響き渡った。
途端に、ガクンと大きく揺れて宮が激しく上下に揺れた。
維心は、床に気で杭を打ってその場に立ち、辺りを探って様子を見続けた。
そして、揺れは横揺れに変わり、まるでかき回されているかのような感覚になる。
維心の気でがっつり抑えている宮がこれ程揺れるのだから、他はもっと揺れているだろう。
義心は、側に控えて床に膝をついている。
「キャー!」
宮のあちこちから悲鳴が上がっていた。
「…東。」維心は言った。「亀裂が発生しておる。行け。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そうして、窓から飛んで出て行った。
…まだ終わらぬか。
揺れは、かなりの時間続いている。
そして、ガンッと叩き付けるように揺れた後、段々にゆっくりになって来て、そしてやっと、止まった。
「…被害を報告せよ!」維心は、言った。「会合の宮北が崩れておるぞ!」
残っている千の軍神達が飛び回るのが、維心の脳裏に見えた。
あれだけ支えていたのに、宮の敷地の端にある会合の宮の北が少し、崩れてしまっている。
義心が、そこをそれ以上崩れないように、他の軍神達と気で縛って補強していた。
「…?」
維心は、ハッとした。
まだ、何かの力が地中に残っているのを感じる…?
まさか…、
「…今のは余震ぞ!」維心は、念を精一杯放った。「来るぞ!もっと大きい!!」
その声は、恐らく維心の領地の結界を越えて、かなり広範囲に響いたはずだ。
その声の直後、嫌なきしむような音と共に、いきなりガクンガクンと大きく揺れ始めた。
…波はどうなった。
維心は、揺れの中で海の方へと意識を向けていた。
炎嘉は、一度目の揺れが収まった所で、急いで結界内に気を放って調べた。
大きな音がしたので、どこかが崩れたのは分かっていたのだ。
…西と南が崩れている。
炎嘉は、眉を寄せた。
しっかり支えて固定したはずが、宮の西の棟はほとんど全壊の状態で、南も半壊している。
「王!」開が、転がるように入って来た。「西の棟が、一気に崩れておりまする!」
「知っておる。」炎嘉は、苦々しい思いで言った。「南もぞ。嘉張に西は良いから南がこれ以上崩れぬように縛って参れと…」
そこまで言った時、炎嘉はハッと顔を上げた。
この、気配…。
《来るぞ!もっと大きい!!》
維心の声が遠く響き渡る。
「…くそ!」炎嘉は、急いで気を放った。「さっきのは余震ぞ!」
「うお?!」
開が目の前でひっくり返る。
宮は、ガクンガクンと激しく揺れ始めた。
一方、十六夜は空からその様子を見ていた。
地上は大きく揺れて、あれだけ備えていたにも関わらず、山はあちこち崩れて大きな落石が起こっているのがあちこちに見えた。
人の悲鳴は島全土から起こっており、東海を中心にかなりの範囲が揺れているのが分かる。
人の建造物もまるで立てたこんにゃくのようにゆっさゆっさと揺れていて、一見滑稽だがあの揺れ方では中にある物や、人は大変な目に合っているだろうと思われた。
…やっぱり耐震性の足りない建物もあったか。
崩れた幾つかの建物を見て、十六夜は口惜しい心地だった。
海面が、グーッと下がって行く。
《…潮が引く。》十六夜は、それを気を放って抑えに掛かった。《津波が来るぞ!備えろ、聴こえるか、明蓮!お前んとこが恐らく中心だ!》
明蓮の声が答えた。
《わかっておる!備えておるわ!》
海岸線には、人っ子一人居ない。
避難塔には、まだ登って行くもの達も居た。
ほとんどが高台の方へと避難しているが、津波の規模がわからない。
そこへ、またグラリと地上が揺れるのが見えた。
《…こっちが本震か!》十六夜は、叫んだ。《揺れるぞ!もっと揺れる!みんな土地を抑える力を大きくするんだ!》
空から見ていると、島の神達の気が何とか揺れを抑えようと一気に気を放ってまるで島全体が光っているように見えた。
皆が皆、自分の持ち場を守り切ろうと必死なのだ。
ふと見ると、炎嘉の領地の端から生じた亀裂が真っ直ぐに伸びて維心の結界脇をすり抜け、関の宮の近くを通って行く。
…危なかった。
十六夜は、寸前で関の宮を避けて開いた亀裂にハラハラしながら、早く揺れが収まるようにと心底祈った。
波は、まだ揺れて引いていた。




