指示
節分は、龍の宮で皆と会って挨拶をして、楽や舞いなどを観覧して午後から宴を楽しみ、帰るという初春の遊び、のはずだった。
だが、着いて早々に余震があって、皆が皆、落ち着かない風で楽の音を聞いて大広間に集まっていた。
そこへ、最上位の王達がわらわらと入って来たので、皆が驚いて檀上を見た。
楽士達も、己の王が険しい顔で入って来たので、どうしたものかと思ったが、命じられて演奏しているので、勝手に演奏をやめるわけにもいかない。
維心が、楽士達に手を振った。
「良い、本日はこれで終いぞ。」楽士達は、困惑しながら手を止めた。維心は、茫然とこちらを見ている、王とその家族の方を振り返った。「これより、かねてより通達していた地震が近くなったので、その対応を指示する。それぞれの世話をする王の下に行け!」
途端に、妃や子達は狼狽えていたが、王達は急いで移動して自分がいつも、嘆願などを持って行く王へと軽く飛んで向かった。
放置された妃や子達は、邪魔になってはとサーッと潮が引くように大広間の隅へと移動して行く。
勝手知ったる最上位の王達が、あちこち距離を置いて散って行くのに、維心はその場に居て、自分に寄って来る王達を見下ろした。
「前に知らせたの。地震が起こる。本日のものは余震。これから長くて七日の間に本震が来る。人の対応はどうか。」
一人が、進み出て言った。
「は。各宮お知らせを戴いてから崩れそうな場所は全て対応して崩しておきましたので、大規模な被害は出ないかと思いまする。ただ、人が直下に住んでおって崩せぬ場所もあり、警戒はしております。」
維心がそちらへ目を向けると、それは上から二番目の中の、暫定7位の関だった。
上から二番目の宮は全部で10宮あるのだが、今メインテーブルについているのは、一位翠明、二位公明、三位樹伊と、傘下を与えた四位覚、五位英、六位加栄だけだ。
残りの4宮は、最上位の宮とは肩を並べてはいなかった。
その中の、一番上の七位の宮の王なので、関が代表して答えたと思われた。
ちなみに、八位の快都は炎嘉、九位の旗清は志心、十位の峡は駿と、それぞれ自分の宮の近くの王に話を聞きに行っていた。
維心は、頷いた。
「引き続き、警戒を怠るでないぞ。海岸線は龍が守るが、どうしても波は起こる。内陸まで到達させぬように励むが、どうにもならぬ事もある。今この時も、碧黎は移動しておっていつ何時という状態ぞ。七日はもたせるように励むと申しておるが、実際それは厳しいようぞ。こちらの備えができたら、碧黎に合図を出して本震が起こるのを許すつもりぞ。そうしないと、期せずして起こってしまうかも知れぬからぞ。本日は、このまま帰って今一度領地内を確認せよ。そして、問題なかったら我に報告を。我は炎嘉達の方の報告も受けて、全てが終わったら碧黎に告げる。そうして、本震を待つ。」
関を先頭に、三位、下位の王達が、神妙な顔をして頷く。
維心は、皆が理解したと一つ、頷くと、続けた。
「…では、本日はもう戻れ。主らの報告を待つ。」
全員が、維心に頭を下げてサッと己の家族が待つ広間の隅へと散って行った。
維心は、ホッとそれを見送って、黙ってそれを聞いていた、漸を振り返った。
「漸。こうして他の王と連携して地上を守るのだ。無理な場所が出たらそこへ援軍を送って備えるのよ。昔のように、己の宮だけを守っておった頃はもう遠い。そんなことをしておったら、この島が立ち行かなくなるゆえな。」
漸は、維心を見た。
「主…もしや、ずっとこうして島を守っておったのか?」
維心は、苦笑した。
「何やらそれが責務であると碧黎に言われてしもうたからの。しようがないわ、我は女神の命を一つ、犠牲にせねば生まれることができぬほどの力を持っておるし、そうまでして生まれ出ねばならぬと思われておるらしいからの。」
漸は、これまで何も知らずに表に出ずにやって来た。
もちろん、地震も起こっているのも知っていたし、ポールシフト、磁場逆転の時も結界に籠ってじっと収まるのを待っていた。
何しろ、漸の領地内には人がほんの僅かだったし、その僅かな人も漸の結界に自ずと入っているので、そこまで頑張る必要もない。
だが、真実外では他の神達が、必死にこの地を守ろうと励んでいたからなのだ。
「…我は恥ずかしい。」維心が眉を上げると、漸は続けた。「内に籠って外ではそんなことが行われておったのに、出て来もせずに任せきりであったとは。我とて力を持つ神であるのに…誠に、恥ずかしい限りぞ。最上位など皆から見たら片腹痛いのではないか。」
維心は、苦笑した。
「これから役に立ってもらうゆえ。また主にも近隣の宮を世話するために振り分けようぞ。しかし、今はとりあえずこちらの世に慣れること。それからやれば良いのだ。此度は己の領地を守れば良い。次からは共に戦おう。まだ、時に戦が起こることもある。」
漸は、渋い顔をした。
「…大陸とのあれか?」
維心は、頷いた。
「今は収まっておるがの。見ておったのか?」
漸は、首を振った。
「いいや。我は今生まだ歳若いだろう。黄泉から己の眷属を眺めておる時に、地場逆転や戦のことなど見てはおった。外で主らがどう対応しておるのかなど、全く興味もなく。転生してからは、主らに会いたいし外へ興味を向けておったが、簡単には出て来れぬし。意識が主らと違い過ぎるのだ。変えていかねばならぬ。」
維心は、そう考えてくれることが有り難かった。
これで、神世もまた手が増えてやり易くなるだろう。
「とにかく、一歩ずつぞ。」と、他の王達も説明を終えたようで、客として来ていた下位の王達がわらわらと退出していくのが見えた。
炎嘉が、息をついて寄って来た。
「報告待ちぞ。揃ったら主に知らせる。我らも来たばかりだが帰るわ。この様子だと会合は日延になりそうだの。」
維心は、頷く。
「今月は取り止めて来月に地震後の報告とまとめて行う形で良いかと思うておる。王が居らぬ宮で地震が起こると大変ぞ。せっかくに皆で集まったが、本日は解散であるな。」
志心が、言った。
「我は翠明と援軍について話し合ってから帰る。後に報告するわ。まあ、そう時は取らぬ。散々準備して来たからの。」
その時、何やら地の底からゴゴゴゴと音がした。
「?!」
壇上に集まっていた王達が、思わず少し浮いて構える。
退出しようと回廊への扉に集まっていた神達も、一斉に悲鳴をあげたり構えた。
しかし、ビリビリと微かに振動はしたものの、それで揺れは収まった。
「…やはり、もうギリギリぞ。」維心は、厳しい顔をした。「早う戻れ。碧黎が踏ん張っておる間に。」
皆は頷いて、維心が通るための壇上にある背後の扉から本宮へと続く、回廊へと向かった。
客達はまだ扉で立ち往生していたが、最上位の王達はそこを飛び抜けて出発口まで急いで向かったのだった。
出発口には、まだ下位の王達は来ていない。
蒼は、急いで嘉韻に命じて輿を持って来させながら、高瑞に言った。
「無駄足だったな。月の宮は断層の上に建ってるけど、あちらの断層は今回問題ないみたいで。手伝えないのが口惜しいよ。」
高瑞は、首を振った。
「月は波を操れる。蒼、すまぬが瑞と天媛を頼めるか。」
蒼は、え、と驚いた顔をした。
「え、帰らないのか?」
高瑞は、頷いた。
「高彰だけでは、碌な引き継ぎもなく王座に座ったし案じられるのだ。一度宮に帰って参る。」
蒼は、言った。
「気持ちは分かるけど、高彰は前世の高彰の記憶があるから、問題ないんだと思うけどな。それでも行くのか?」
すると、後ろから高彰が言った。
「記憶があっても手が回らぬのだ。うちは反対側であるから被害は無いと思うておるが、万が一がある。あの頃の筆頭軍神はかなり優秀な奴で、我はかなり助けられておった。今はその末だがそこまでではない。伯父上に居てもらった方が我は助かるのよ。」
高彰でも、頼りたいほど地震は厄介なのか。
蒼は思って、頷いた。
「ならば行って来るといい。こちらは大丈夫だ、月の結界は揺るがないしな。天媛なら一人で津波の只中に居ても平気だろうし。」
高瑞は、苦笑した。
「確かにの。」と、急いで高彰の輿に足を向けた。「では、頼んだぞ。我は行って参る。」
そうして、高瑞は高彰と共に慌ただしく輿で飛び立って行った。
ふと見ると、他の王達も挨拶もなく準備ができた者からさっさと飛び出して行っていた。
龍の宮の到着口と出発口は、たくさんの降り立つ場所があって広いので、一斉に飛び立っても問題ないほどだからだ。
侍女からの知らせで急いで出て来た瑞と天媛を連れて、蒼は最後尾で龍の宮を飛び立った。
やっとその頃、下位の王達がそこへ到達して準備を始めるのが、遥か上空から見えていた。




