揺れ
蒼は、龍の宮へと飛んでいた。
いつもならもっと早くに向かうのだが、下位の宮々の王達の間を先に案内されるのが気詰まりで、今日はゆっくり行くことにしたのだ。
輿の中には、高瑞と天媛、そして松が座っている。
今回、高瑞が松を娘だと皆に見せるためだった。
養子になるにあたり、名を松から瑞花と改め、普段は瑞と呼ばれている。
まだ慣れないようだったが、名は親が付けるものなので、天媛と高瑞が考えて与えたものだった。
眼下に龍の宮が見えて来て、天媛が言った。
「ご覧なさいな、瑞。誠に大きな宮でありますこと。」
瑞は、言われて輿の入り口から外を見た。
確かに、見たことがないほど大きく美しい宮だった。
「まあ…なんと美しいこと。我は月の宮と己の宮しか知らぬで過ごしておりましたので、世にこんなものがあるのを初めて見ましたわ、お母様。」
高瑞が言った。
「ここは神世最大の宮であるからの。あの、会合の宮を建て増して更に大きくなったものよ。」と、眉を寄せた。「…む。地が…。」
蒼も、感じた。
何やらグググッと力が漏れるように沸き上がったかと思うと、ゴゴゴと音がした。
「十六夜!」
蒼が思わず叫ぶと、十六夜が答えた。
《わーってる。揺れてるな。》
地上では、到着していた神達が、何やら悲鳴を上げて掴まるものはないかと手を振り回しているのが見える。
その揺れは、しばらくして、収まった。
「…止まった。余震か。」
高瑞が、険しい顔で言う。
「大丈夫なのか?まだ碧黎様からは本震が来るとは聞いてないのに。」
十六夜は言った。
《…多分、原因は維月だ。ちょっと話して来る。》
維月?
蒼は困惑した顔をしたが、十六夜の声はそこで途切れた。
天媛が、言った。
「あの子はよう頑張っておりまする。力が大きいので細かい作業は大変であるのに。力を地上に無理なく逃すのは誠に大変な作業なのですわ。揺れたからと責めることはできませぬ。」
天媛が言うあの子とは、話の流れから碧黎のことのようだ。
忘れてしまうが、碧黎は天媛と天黎の子になるのだ。
高瑞は、言った。
「…本震が案じられるが、とにかくこちらは節分ぞ。輿を下ろそう。」
蒼は頷いて、浮いて止まっている嘉韻に頷き掛けて、そうして輿は、龍の宮へと降下して行った。
到着すると、炎嘉も降り立ったところだった。
「…蒼。揺れたの。」
蒼は、頷いた。
「炎嘉様。はい、ただいま十六夜が原因は維月だと言って対応しようとしております。」
炎嘉は、ため息をついた。
「そろそろだとは思うておったが、余震が始まった。節分どころではないのだがの。上で志心と焔も見掛けたゆえ、もう降りて参るはずぞ。下位のもの達を見掛けぬゆえ、維心は挨拶を取り止めて皆1ヵ所に集めておるのだろう。その方が、何かあった時に対応しやすいからな。」
蒼が頷くと、鵬がやって来て深々と頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。ただいま王が挨拶を取り止めると命じられ、皆様会合の宮にお集まり頂いておりまする。王もすぐにお出まし頂けるかと思いますので、皆様会合の宮の応接間へご移動くださいませ。」
「やはりの。」炎嘉は頷いた。「ならば勝手に行くわ。主は他の対応をすれば良い。上位の奴らには我から申す。上に居ったから皆降りて参るだろう。どうせ今行っても会合の宮への回廊は下位の奴らでいっぱいだろう。ここで皆を待つ。」
鵬は、そうしてくれたら助かるのだが、最上位の王である炎嘉にそんなことを頼んで良いのだろうかと迷った。
しかし、そこへ維心が大股に歩いて来た。
「鵬!回廊の整理に行け。混雑して前に進まぬでおるぞ。」と、炎嘉を見た。「炎嘉、余震があったの。」
鵬は、慌てて維心に頭を下げて、駆け出して行った。
炎嘉は、頷いた。
「上から見ておった。皆降りて来るわ。維月はどうした?」
維心は、答えた。
「十六夜が地の陰が居らぬから押さえるものがなくて予期せぬ揺れが起こったのではと申すので、地に戻った。今朝もおかしな感じであったのだ、碧黎は余裕がないようで、これまで陰の地の力の供給を加減しておったのにできぬでいて、維月が型を保てなくなった。仕方なく月に戻っておったが、そのせいで揺れたということらしい。恐らく維月は本震が終わるまで戻っては来れぬ。」
炎嘉は、ため息をついた。
「かなりの神経を力を逃すことに使っておるのだな。いよいよか。」と、次々に降りて来る輿を振り返った。「とにかく皆が揃ったら応接間に移動しようぞ。話しておかねば。」
維心は、言った。
「身内ばかりなら本宮の応接間で良いわ。」と、脇の祥加を見た。「祥加、最上位のもの達は東の中応接間に案内せよ。我は先に参るぞ。」
祥加は、頭をさげた。
「は!」
高瑞が言った。
「我はそこには行けぬな。もう王ではないのだし、妃と子も共であるし。」
炎嘉が言う。
「二人は控えで待たせよ。催しもどうせ楽士達の楽ぐらいであるから、聴きたいなら会合の宮の大広間に行けば良いわ。とにかく、主も参れ、高瑞。考える奴は多い方が良いのよ。」
高瑞は、今日来たのは間違いだったかと思ったが、仕方なく天媛を見た。
「主は、瑞を連れて控えの間で待て。退屈なら庭でも見て。良いか?」
天媛は、頷いた。
「はい。我は大丈夫ですわ。お心おきなく。」
天媛は大丈夫だろう。
恐らく地上が崩壊しても問題ない力を持っている。
高瑞は、そうして蒼、維心、炎嘉と共に、次々に到着する上位の王達を引き連れて、本宮の東、中応接間へと向かったのだった。
十六夜は、地を見下ろしてその時を待っていた。
揺れたらとにかく津波を引っ張ってある程度は何とかしないと地上が水浸しになる。
それだけなら良いが、人に被害が出るのを食い止めなければならないのだ。
すると、これまでだんまりだった碧黎の声がした。
《十六夜。》十六夜は、ハッと耳を澄ませた。《後、7日。そう知らせよ。それまで何とかする。維月が戻ったので寝ておるが抑えられて少し楽になった。中に居てくれた方が安定して力を抑えてくれるようぞ。》
十六夜は、急いで言った。
《分かった、知らせる。だが、7日もつのか?》
碧黎の声は答えた。
《分からぬ。とりあえず準備ができたら7日待たずに声に出して我にそう告げよと維心に申せ。こちらからはもう答えぬと心得よ。もうギリギリなのだ。主には海面の見張りを頼んだぞ。今の我はそちらの気を整えることすら意識を向けられぬのだ。とにかく、頼んだぞ。》
そして、また声は途切れた。
十六夜は、これは本当にギリギリなんだと慌てて地上に向けて叫んだ。
《維心!後7日!もって後7日だぞ!》
その声は、応接間に深刻な顔をして集まった面々にハッキリ届いた。
維心は、言った。
「…そうか。それ以前の可能性もあると?」
十六夜は答えた。
《ヤバいみたいで、ギリギリだと言ってた。準備ができたら7日待たずにそう言えと。なんか不測の事態があったらその前に揺れる可能性がある。維月が戻って寝てるけど力を抑えてるから、話せたみてぇだ。これからは答えないってさ。》
炎嘉が、言った。
「ならばすぐに対応を。幸い皆が集まっておるから、告知は会合の宮に行けばまとめてできる。指示が出しやすい。参るか。」
維心は、頷いた。
「その前に皆で対応の確認ぞ。」と、そこに居並ぶ王達を見回した。「これより地震に備えて行動する。海岸線は我が軍神が海底に待機して津波の対応をするので、波の対応は龍に任せよ。後は山であるが、己の領地のことは事前にできることはしておるな?」
焔が、頷いた。
「うちは山ばかりであるから、もう崩れそうなところは事前に崩してある。あちこちやたらと崩れるので、入山規制がかかっておって今、人は山に入らない。問題ない。」
志心が、言った。
「うちは東海ならば恐らく揺れぬが、一応備えておる。援軍を出せるが、どこか要らぬか。」
翠明が言った。
「海岸線の守りに少し欲しい。人は備えておるし、龍が抑えてくれるだろうが山も多いからの。あそこが崩れたら、波から逃れた人が犠牲になる可能性があるゆえ。」
公青が、言った。
「我も、旧甲斐の領地を世話しておるゆえ、海岸線が案じられておる。我は中央で山しかないのだが、海を見張らねばならぬのが、慣れぬで不安が残っておるのだ。」
炎嘉が、むっつりと言った。
「そんなもの、我の所と比べたら。直撃であるぞ?絶対うちを狙っておると思うぐらいぞ。龍を多めにこっちへ振り分けてくれぬと、うちばかりが被害にあう事になる。神は良い、飛べるゆえ、その間空に居ったら良いだけの話ぞ。しかし、人がまずい。対策は練っておるようだが、どこまで通用するか。前が五、六百年ほど前の事であったから、備えておるとて今世にある人は経験がない事であるからな。」
維心は、頷いた。
「案ずるな。義心に命じて宮には千だけ残して残りは全軍出るつもりでおるから。宮の守りは我一人が居れば事足りるが、細かい対応が面倒であるから千だけは残させてもらいたい。」
志心が、言った。
「この規模をたった千しか残さぬのだから充分ぞ。ならばここの守りに我の所から軍を出すか?」
高彰が、言った。
「我が宮は恐らく全く影響を受けぬから、こちらから寄越しても良いぞ。」
高瑞が、頷いた。
「我らも人が申す日本海側の対応に慣れておるから、少しは役立てるかと思うがの。」
駿が、言った。
「うちは海が無いゆえ波の対応は無理であるが、宮の守りぐらいなら手伝えるがな。」
維心は、苦笑して首を振った。
「だから我が宮の事は案ずるでない。我一人でも問題ないのよ。それより、主らも油断するでないぞ。碧黎がどこまで堪えられるのか分からぬのだからの。では、他は良いな?他の王達に指示を出しに参るぞ。己の周辺の王には、己から申せ。我は我の周辺の奴らに申すゆえ。」と、漸を見た。「漸、主の領地も揺れるぞ。海はないが、波が到達する可能性がある場所ぞ。共に参れ。」
漸は、これまで己の所を守るだけで良かったので、こうして皆で災害に対応するのは初めてだ。
なので、頷いて維心について、会合の宮へと移動して行ったのだった。




