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節分

龍の宮では、節分の催しと、その後にまた数日空けて控えている如月の会合の準備に大わらわだった。

最近では本宮の中では何も行わなくなったので、片付けも楽になって何事にも余裕を持っていたのだが、会合の宮の方で行うとはいえ、さすがに近々でいろいろ重なると忙しくなる。

なので、如月が一年で一番忙しい月だった。

そんな時に、碧黎の具合が悪いので、来る地震に備えてあちこちから相談やら問合せやらがやって来るので、臣下達は息つく暇もなかった。

つまり、臣下総出で働いている状態だった。

維月は、居間へと帰って来た維心を迎えて、頭を下げた。

「維心様。お帰りなさいませ。」

維心は、維月の手を取って頷いた。

「今帰った。」

と、椅子へと歩いた。

維月は、言った。

「お着替えをなさいますか?」

維心は、そのままどっかりと椅子へと座って、首を振った。

「このままで良い。維月、」と、維月を隣りに座らせて、ため息をついた。「疲れた。我は良いが、臣下がの。主もそう思うておるのではないか?」

維月は、維心に身を寄せて頷いた。

「…はい。ただでさえ、一年で一番忙しいのが如月だと言われておるのに、お父様の異変で地震に備えておるのであちこち大わらわで。正月にまとめて休ませておりましたのが、せめてもの救いでありましょうか。まだ、皆疲れは溜まっておりませんでしたから。」

維心は、頷いた。

「良かったことよ。また年末年始に調節させて、休ませるよりないの。ところで、碧黎は何か申しておるか。」

維月は、首を振った。

「未だ何も。邪魔をして何かあってはとこちらも話し掛けられずにおりまして。十六夜も遠慮しておるぐらいで。」

維心は、じっと地を探った。

はっきりとはわからないが、やはりここのところ細かい振動が続いていて、少し大きめの揺れも頻発するようになっていた。

とはいえ、まだ人も計器無しでは気取れない程度なので、その時ではないようだ。

だが、着実に近付いているのは確かだった。

「…近付いておるな。大きな揺れの数日前には教えてくれるということだが、気ばかり急いてならぬわ。最近、大滝の岩も不安定になっておったから、夜中に幾つか落とさせておいたのだがの。それで人はもっと落ちるやもと、最近は我の社の前までは立ち入りが禁止されておるようだ。静かで良いのだが、誠に困っておる人が来られぬのは案じられることよ。」

維月も、深刻な顔をした。

「私もそのように。人が何かを背負って祓う必要があるのに、御前に出て来られぬのは不憫でありますわ。とりあえず、結界内に入っただけで何とかできぬかと軍神達も見回っておるようでございます。」

維心は、ため息をついた。

「しようがない。この様子ならひと月無いだろうて。しばし堪えてもらうよりないな。明日の節分が終われば、その数日後に会合ぞ。それさえこなせば、地震に集中できようし。今少しよ。」

分かってはいるが、気になって節分どころではないのが本音だ。

だが、節分は節分にやるから意味があるし、これによって年始が始まる心地になるものなので、正月の挨拶を取り止めた龍の宮としては、中止にもできなかった。

維月は地の様子を気にしながら、その時がいつかと気になって仕方がなかった。


次の日の朝、夜明けに起き出して維心の準備をするのが維月の役目だ。

その後自分も着替えて、維心と共に謁見の間で皆の挨拶を受ける。

次々にやって来る神達への対応は、朝から昼過ぎまで引っ切り無しに続く毎年の苦行だった。

目を開くと、維心がもう目覚めていて、顔を覗き込んで来た。

「維月?目が覚めたか。そろそろ起きねば。」

空が白んでいて、思ったより日が高くなりそうになっているのを感じた。

起きなきゃ。

維月は返事をしようとしたが、声が出ない。

何やら体が鉛のように重く、何かが上にのし掛かっているように身動きが取れなかった。

「…う…、」

維月は、何とか声を出そうとした。

維心は、見る見る顔色を変えた。

「維月?!どうしたのだ、体が透けて…!」

維月は、やっと理解した。

体が動かないのは、地上でその型を取るための力が供給されていないからだ。

「お待ち…を」

やっとの事で声を出す。

その声も、まるで蜻蛉のようだった。

《…十六夜!ちょっと私を引き上げて!》

維月は、精一杯十六夜に向けて念を飛ばした。

すると、十六夜から驚いたような気配が返って来るのと同時に光が一気に降りて来て維月を捉えた。

《なんだ?!朝っぱらから何してる?!》

十六夜の念の声が響く。

そのまま、維月の体は十六夜の光の中で光に変わり、月へと引き上げられて行った。

維心は、寝台から飛び降りると急いで窓際へと駆け寄った。

「…何事なのか我が聞きたいわ!維月!大丈夫か?!」

念の声が答えた。

《はい。ご心配をお掛けしてしまいまして。最近は様子を見るためにずっと地の陰でいたのですが、何やら力が来ぬようで。あのままなら力を失って地の底に帰って眠ることになるところでした。今は月の陰ですから大丈夫です。》

維心は維月が無事なのにはホッとしたが、地が力を失くすとは穏やかではない。

十六夜が、先に言った。

《ちょっと待て、ってことは親父は?今のところ力は潤沢みたいだけどな。》

維月は、困ったような声になった。

《私が悪いのよ。私の力の調整は、普段お父様がしておられるのだけど…何しろ私は未熟だから。多分、そっちに意識を向けるのも難しい局面に差し掛かっておられるのだと思うわ。こうなっても話もして来られないでしょう?多分、聴こえていらっしゃるけどそれどころではないんだと思う。寝てる間に、だから体に貯めこんでいた気が抜けてしまったんでしょうね。もう力を引き上げるための気も残っていなかったから、十六夜に引き上げてもらったのよ。》

それは困ったことになった。

維心は、聞きながら思った。

思ったより、近いのかもしれない。

「…ならば思うておるより近いのやもしれぬ。事前連絡もできるものか。案じられるが、碧黎を信じるしかないの。とりあえず、皆が宮に到着し始めておるし、節分の準備を進めるしかない。」

維月の声は、頷いたようだった。

《はい。すぐに戻りますわ。》と、十六夜に言った。《十六夜、もしかしたら思ったより大変なのかもしれないわ。お父様が話せなかった時のために、しっかり見ていてくれない?まずそうだったら、すぐに知らせて。》

十六夜は、頷いた。

《分かった。節分どころじゃねぇのにな。》

確かにその通りだが、決められていることなのだから仕方がない。

維月は、光になって地上に降りて行ったのだった。


何とか少し遅れて準備を整えた維心と維月は、早く早くとせっつく臣下達に押されて謁見の間の壇上に上がった。

ここは、会合の宮に行く前に皆がまず、挨拶に立ち寄る場所で、この時ばかりは本宮に神が集まるので、臣下も早いところ客を会合の宮へと流したいらしい。

そうでなければ、本宮が神で溢れて大変なことになるからだ。

龍王に直接会える数少ない機会なので、下位の宮の王達は夜明け前から来て、待っていた。

本来三組ぐらいずつなのだが、時間が押しているので入って来たのは五組ほどの王と妃だった。

サクサクと呼ばれては出ていく王達に維心と維月は会釈を返し、列は進んで行く。

最上位の王達は、いつも時間ギリギリにしか来ないのでまだ、宮に到着もしていなかった。

到着していたら真っ先に呼ばれるので、それは維月にも分かっていた。

そんな中で、維心が隣りで眉を寄せた。

「…む。振動が…?」

え、と維月が思った途端、宮がグンッと上下に揺れた。

「…きゃ!」

維月が思わず椅子の上で重い着物に体勢を崩すが、維心がそれをがっつりと支えた。

と思ったら、左右にゆさゆさと揺れる。

宮のあちこちで悲鳴が上がるのを感じた。

地震と言っても軽い揺れのそれは、起こった時と同じようにいきなり止まった。

「…余震。」維心は、困惑している鵬を見た。「挨拶は取り止めて皆を会合の宮へ。」

鵬は頷いて、急いで指示をしに慌ててそこを出て行く。

維月は、不安げに言った。

「…お父様からは何も。」

維心は、頷く。

「恐らく期せずして起こったのだ。この宮は我の結界があるゆえ揺るぎないが、外が案じられる。これが余震ならば、本震は近い。」

維月は、地を探ろうとしたが、そこに十六夜の声がした。

《今揺れたな?》

維心は、頷く。

「事前に見えておらなんだか。」

十六夜は答えた。

《見えてたが、ここんとこ小さく揺れてる延長みたいなもんだし言わなかっただけだ。思ったよりデカかっただけで。だが、維月が抜けたからか親父が陰の力を補佐できてない。寝ることになるかもだが、お前、地に戻った方がいいぞ維月。》

維月は、ため息をついた。

「やっぱり?普段なら陰が居ない分はお父様がやってらしたのに、私が抜けたらどうなるんだろうってちょっと思っていたのよ。もしかしたら、そのせい?」

十六夜の声は迷うように言った。

《分からねぇ。だが、陰は居るだけで役目を果たしてるって親父は言ってただろ?お前が抜けると、押さえる力が失くなるから強くなるんじゃねぇか。それでバランス崩して大きめに揺れたんじゃ。》

言われてみたらそうだ。

維月は、維心を見上げた。

「維心様、しばらくお側を離れても良いでしょうか。恐らく地震が終わるまで戻れぬやも知れませぬ。眠ることになりそうですし、お話もできませぬでしょうが…。」

維心は、また長くなるかもしれぬと一瞬躊躇ったが、選択肢はない。

何しろ、本震が大きくなる可能性があるのだ。

「…仕方がない。なるべく早う帰れ。今は地上の安定が最優先ぞ。」

維月は、頷いた。

「じゃあ、戻るわ。十六夜、後はよろしく。」

《任せとけ。》

そうして、維月は光になって地の中へと流れて行ったのだった。

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