遠い昔のこと
一同は、ただ黙ってそれを見た。
やはりかなりの昔の荒れ放題の時の事であるので、命は軽い。
簡単に子供でも相手を殺してしまう世の中に、皆は驚愕して見ていた。
話には聞いて知っているのだが、実際に見ると全く違うのだ。
あれが、現実の世界なのだ。
そして、炎郷の子が拐われた事実もまた、衝撃だった。
しかもそれは政略でもなんでもなく、ただの物盗りなのだ。
炎郷が残虐に犯人を嬲る姿も、その当時は当然なのか誰も咎めなかったし、その後生きたまま結界外に吊るして留めも刺さずに死ぬまで放置など、今では考えられなかった。
そこで、維心は映像を止めた。
「…まずはここまでぞ。」維心は言う。「この後は白虎と獅子に関わるゆえの。主らは外の奥宮前応接間へ移動せよ。」
焔が、言った。
「この後その、犬神の王と何かあるのだな。」と、物欲しそうに止まった映像を見た。「それほど残虐な何かか?」
炎嘉が、首を振った。
「いや、残虐とはまた違う。ある意味残虐やもしれぬがの。とにかく、主らは出ておれ。内容は後で話す。」
焔と箔炎は、仕方なく立ち上がる。
そうして二人が出て行った後に、維心は志心と駿を見た。
「…心しての。シマとハヤの二人ぞ。」
志心は、頷く。
「…字は今では志真としておる。我らの始祖ぞ。」
駿は、頷く。
「うちは羽矢。後でつけたのだと聞いた。」
維心は、頷く。
「その二人。やり取りを見るが良い。」
そして、映像は動き出した。
炎郷が、志真に問われるままに経緯を話している。
そして、志真はあの言葉を口にした。
羽矢も同じくそれに倣い、どうやらこの二人は二人で仲が良かったようなのは分かった。
志心は、顔をしかめた。
…そうか、匂いを追うのが原始的だとかは、この頃からの価値観か。
これは、ただの意地だ。
維翔が咎めたように、白虎や獅子は犬には敵わぬ嗅覚を、恥じていたのだ。
その種族種族で得意分野は違うものだが、龍は水の中を自在に泳ぎ回り、鳥は飛べる。
嗅覚というものは、元より敵わぬものだと分かっているので、龍や鳥にはその事に関して、そこまでは劣等感などないだろう。
だが、白虎や獅子にとっては、視覚聴覚では犬に負けぬものの、嗅覚は優れていても犬には敵わない。
近しい種族であるがゆえの、意地であんなことを言ったのだ。
それが、志心にも駿にも分かったが、炎嘉や維心には理解できないだろう。
遂に、樂は争うのを嫌い、籠ると決めて維翔に別れを告げた。
維心は、そこで映像を切った。
「…と、いうことぞ。」炎嘉が言った。「つまりはこやつらがあんなことを言い出したゆえにあれは籠った。何千年もの。」
志心は、ため息をついた。
「…ゆえに維翔は我が祖先の首を跳ねて結界外に吊るしたか。」
維心は眉を寄せる。
「…知っておるのか。」
志心は、頷く。
「知っておる。我が子供の頃に、なぜに龍と敵対しておるのかを最初にそれで学んだのだ。だが、何をしたからとかは教わらぬ。ただ戦国なので、それも致し方ないと我は子供ながらに思うたものよ。むしろようその子は殺さなんだなと感心してもいた。本来、根絶やしが基本の世であったのにの。」
確かにその通りだ。
つまり志心は、そういう見識が幼い頃からあったので、最後には龍と共闘することを選んだのだ。
そして、己の宮を滅ぼさずに維持することができた。
駿は、言った。
「獅子にはそれを理解できる神がおらなんだ。ゆえに滅んだ。最後まで昔を引き摺って…考えたら、愚かなことよ。ただの意地でな。」
炎嘉が、片眉を上げた。
「ただの意地と?」
志心が、横で頷く。
「我らにはの、その昔から犬には劣等感があったのだ。主らより嗅覚が優れておるとはいえ、犬には敵わぬ。それを知っておった。なのであの時、恐らく樂の活躍を知り、己らにはそこまで迅速にできなんだと馬鹿にされておる気になったのだ。そちらには、そんなつもりはなかっただろうがの。」
そうだったのか。
維心と炎嘉は、今更ながらにそう思った。
恐らく、漸はこの事実を知らない。
あちらが、自分を蔑んでいたのではなく、その能力を恐れてああやって突っかかっていたなどと、きっと思ってもいないだろう。
炎嘉が、言った。
「…どうする?」と、志心と駿を見た。「この事実を、口頭では説明するつもりでおる。だが、あれらに見せるか。ちなみに主らには理解できても、我らには俄かに理解できぬぞ。どう考えても志真と羽矢が悪いからの。ただの意地で戦を起こそうとしておった。あの頃の樂は見ての通り明るい争いを好まぬ神。知っておって小突いておった事実は消せぬ。」
志心は、ため息をついて駿を見た。
駿は、首を振った。
「見せとうないわ。そもそもが、我は祖先を敬う心地など全くない。我が父の観と、叔父の暦のみ敬っておる。あの二人がはぐれの神の中で生き抜いて、遂にはそれらを束ねて宮を建て直した事実だけが重要であって、それらはとっくに滅びた輩。むしろおかしな意地で後の我らを苦しめおってと言いたいわ。恥でしかない。」
駿はそうだろう。
だが、志心はどうなのか。
志心は、苦笑した。
「…我とて、見るまでは戦国の犠牲者ぐらいに思うておったが、ただの意地でこのようなと呆れたわ。できたら見てもらいとうない。主らにも、本来見て欲しくはなかったが、こればかりは仕方がない。」
維心は、渋い顔をした。
「主らから見たら前世、志真と羽矢ではなかったゆえそこまでではないだろうが、我からしたら覚えておらぬとはいえ維翔であったからの。その我が、二人を殺して結界外に吊るした事実は、いくら樂のためとはいえ、主らに見せられぬとここまでにした。あの二人だけを殺したのは、維翔にとって白虎の他の王族は、別に何もしておらぬからぞ。あれの子供の頃からの価値観でな。何もしておらぬ時は殺さぬ。危害を加えて来たら殺す。」
志心は、それを聞いて樂と維翔の出会いの時の、維翔の事を思い浮かべた。
確かに維翔は、誰彼構わず殺していたのではなく、何かしでかしたら殺していた。
それからでも充分に間に合うという、自信があったのだろう。
志心は、苦笑した。
「…まあ、それに助けられて我らはここまで繋がっておる。」と、駿を見た。「駿も、観が残って踏ん張ったゆえ、観は何もしておらぬからと維心に許されてここに居る。これの価値観に助けられたの。」
維心は、顔をしかめて首を振った。
「それでも、面倒を前に消し去りたいのは心のうちにあるぞ。実際にそうしようと、怪しい輩は何かしでかさぬか付け狙っては、些細な罪を犯すのを待って、殺すしな。我はそこまで崇高ではない。だが、維翔が白虎と獅子を根絶やしにせぬで良かったと今は思うわ。」
志心と駿は、頷く。
炎嘉が、言った。
「…で、であるが。」と、皆が自分を見るのを待って、続けた。「漸の事はどうするかの。我らは是非に戻って欲しいと考えておるが、あちらはやはり白虎と獅子にはかなり心理的に軋轢があるようで。気の大きさは、我と同じぐらいはあるし、主らよりは少し大きい。ゆえ、序列もあの当時は無かったが、今は序列をつけるだろうし我の後になる可能性がある。実績の問題があるゆえ、いきなりはそうはならぬだろうが、後々はの。どうしたい。」
志心と駿は、顔を見合わせた。
どうしたいとて…。
「…我らは別に構わぬのだ。そも、そんな事は知らずに生きて参ったしな。接した記録も記憶もないゆえ、全てが初めてのことぞ。だが、あちらは違うのだろう。黄泉へ行ってからもあちらに籠ってこちらへ出てこなんだほど、我らを疎んじておったのだとしたら、普通に接するのは無理なのではないか。何しろ、我らどこかこの、始祖の二人に似ておるところがあるよな。」
駿も、頷く。
「我も祖先のことなどどうでも良いから、一緒に罵倒してもいいぐらいであるが、あちらがどうかであるわ。顔も見たくないのではないのか。」
炎嘉は、維心を見た。
維心は、ため息をついた。
「…分かった。ではそのように申して、あちらの意向を聞いて来る。それから、神有月の会合に出すか否か考える事にするわ。」
そうして、四人は立ち上がった。
そして、焔と箔炎が待つ応接室へと向かったのだった。