帰還
結局、正月は旭の宮から月の宮へと移ってからはポーカーをしたり、デジタルゲームをしたりと特に大きなゲームなどすることもなく、終わった。
もっと思い切り遊ぶつもりだったが、月の宮へ着いた途端に碧黎の不調を聞いてしまったのもあって、皆あまり落ち着かなかったのだ。
とはいえ、長い休養になったのは確かで、皆が満足してそれぞれの宮へと帰り、それぞれの責務へと戻って行った。
維心は、その宣言通りしばらく雨を止めると神世に触れを出し、地震が近いこと、皆も己の領土内の被害を押えるために警戒するように指示した。
地震となると、神は皆あちこちの土地を抑えるために忙しくなる。
なので、俄かに神世は騒がしくなった。
松は、高瑞と天媛に挨拶に来て、高瑞が滞在する北の対に住むようになった。
毎日天媛が嬉々として世話をするので、松は戸惑っているようだったが、段々に慣れて来たのか、天媛が言うようにお母様、と天媛の事を呼んでいる。
もちろん、高瑞のことも、まだ養子縁組は完了していないが、それでもお父様と呼んでいた。
そんな最中、関がその言葉通り、月の宮を訪れた。
こんな事でもない限り、月の宮は宮を閉じているので訪問することも叶わないので、本来ならもう王ではない高瑞の方が関の宮へと訪ねるべきなのだが、関の方が来ると聞かなかったのだ。
そして、出迎えた蒼と高瑞の前へと降り立った関は、緊張気味に言った。
「蒼殿。宮を閉じてからはお顔を拝見することもなく、ご無沙汰しておりました。」
蒼は、頷いた。
「よう参った、関。前に会った時は、まだ皇子であったな。」
王らしく蒼が言うと、関は頷いた。
「は。只今は王であり、松の事では大変にお世話をお掛けしておりました。実は、高瑞殿にも話しておこうと思うておったのですが、蒼殿にも聞いておいて欲しいのです。お時間を戴けますでしょうか。」
蒼は、目を丸くして隣りに立つ高瑞を見た。
高瑞は、言った。
「…ならば、とりあえず三人で話そうぞ。松には、後で会わせることにする。では…どうするかの。」
蒼は、頷いた。
「ならばこちらへ。応接室に行こう。高瑞の対では、もしや松に聴こえるやもしれぬしの。」
関と高瑞は頷いて、蒼について宮の中を歩いて行った。
近場の応接間に入ると、蒼は正面の椅子へと座って、高瑞がその脇の椅子へと腰かけた。
関が、蒼に勧められるままにその対面の椅子へと座ると、高瑞が言った。
「先に、松を我が子にするのは主も同意しておるのだの?主は兄だが、渡は脳まで老いておるのか。」
関は、首を振った。
「実はその事なのですよ。」
高瑞は、眉を寄せる。
まさか、斬ったのかと思ったのだ。
関は、続けた。
「…最初からご説明を致しましょう。松を子としてくださるのなら、そして蒼殿にはここまで世話をしてくださったのですし、知る権利がございましょう。実は…松は、お二人もご存知のようにまだ成人もしておらぬ時に、ふらりと外へと迷い出てはぐれの神に攫われ、身籠りました。その神は軍神達によって殺され、そちらの問題はありませぬが…そもそも、松が外へと迷い出た経緯なのです。」
蒼は、困惑したように言った。
「確かに。皇女には侍女が常、ついておるのだから、そう簡単には出て参れぬはずぞ。」
関は、ため息をついた。
「その通りです。ですが、あの夜松は外へ出た。それは、珍しく侍女が傍に控えておらなんだからなのですよ。もともと、好奇心が旺盛で賢しい松は、外の世界に憧れておりました。我の方が100ほど年上でしたので、我にもよう外へと連れて参って欲しいとせがんで来たもの。そんな松に、侍女がついておらぬはずなどないのに…あの夜、侍女は居なかった。それは、居なかったのではなく、父が松の侍女に忍んでおったからなのです。」
高瑞と蒼は、驚いた顔をした。
侍女に忍ぶ?
確かにあり得る事だが、非番の侍女に忍ぶのならいざ知らず、役目を果たしている侍女に忍ぶとはどういうことだろう。
「そやつは当番であったのではないのか。非番でもないのに、忍んでおったと?」
高瑞が言うと、関は渋い顔で頷いた。
「はい。松は、侍女が居らぬので今が機だとばかりに外へと出たのです。それであんなことになって、父は己の不手際だと知られるのを恐れて侍女を、職務怠慢と話も聞かずに地下牢へと繋いだ。我は、怪しく思うてその侍女に話を聞き、父の所業を知りました。その女に罪はないので父に内緒で宮の外へと逃がし、何とか松のことも庇おうとして参りましたが…父が王の間は、何もできませんでした。月の宮へと引き取られると聞いた時も、父は厄介払いとばかりに喜んでおりましたが、我は松を守れなかったのが口惜しかった。ですが、松にとってそれが良かったのです。我は王になるまで、まだしばらくありましたし、その間は松と比呂は外へ出ることが叶わなかったであろうかと思うので。父は…まだ勝手な事を言うておったので、地下牢へ籠めさせました。只今は、牢の中です。」
渡は生きているのか。
蒼は、少しホッとした。
若い関に、そんなものを背負わせたくはなかったからだ。
「…そうか。だがどうするのだ?死ぬまで籠めておるわけにも行くまい。炎嘉様がおっしゃるには、まだかなり元気であるとか。」
蒼が言うと、関は困ったように頷いた。
「は。誠にその通りで。毎日牢番からは、牢の中で騒がしいのでどうしたら良いかと聞いて参る始末。ですが、父は己の罪を露見させぬために、松を終生静かに暮らさせたいと考えていて。高瑞殿の養子にするのも反対致しました。最上位の宮の王であった高瑞殿の娘に収まれば、恨んでおるだろう松が宮に何かするのではと恐れておるのです。我は、松がそんな心根の女ではないのを知っておるので、反対などしておりませぬ。言い合いになり、扇で横面を張って参ったのでこれ幸いと牢へ籠めたのですよ。」
どこまでも、自己中心的な奴。
高瑞は、久しく感じていなかった憤りを感じた。
月の宮に来てからというもの、憤るようなことは何も起こらないので安穏としていて、比呂の虐待事件の解決などで過去の柵からも抜け出し、今は毎日心穏やかに過ごしている。
松にも比呂にも、幸福になって欲しいと願っていたのに、それを己のわがままで潰そうとする渡には腹が立って仕方がなかった。
「…渡か。我と同じく隠居した王であるのに、まだ己の罪を認めぬ所業には我も久方ぶりにイラつくことよ。とりあえず、渡のことは放置して先に養子縁組みの話を進めよう。地が落ち着かぬし、渡はしばらく放置しておって良いのではないか。どうせ何もできぬだろうが、見張りだけはしておくようにの。後に対応は、困るのならまた話を聞く。主が王なのだし、主が決めて良いことぞ。」
蒼は、珍しく高瑞がイライラとした気を発したので、驚いた顔をしたが、頷いた。
「そうだな。渡は過去の己の所業に裁かれておるのだ。今は松のことを考えてやろう。久方ぶりに主に会うというので、朝から緊張した気を発しておった。遅いので案じておるだろうし。」
関は、頷いた。
「は。しかし松は我の事も恨んでおりましょうな。何もできなかった不甲斐ない兄であるのに。」
高瑞は、それにはフッと表情を緩めた。
「それは、会って主自身が確かめるがよい。我は、あれから話を聞いておるから知っておるがの。では、参ろうか。」
三人は、立ち上がった。
そうして、松と天媛が待つ北の対へと、歩いて行ったのだった。




