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関の宮

関が、難しい顔をしながら居間で待っていると、渡がそこへ息を上げながら急いで入って来た。

関は、渡を見た。

「父上。」

その手には、質の良い巻き紙の書状があった。

渡は、それを見た。

「それが月の宮からの書状か?」

関は、頷いてそれを渡へと渡した。

「はい。正確には月の宮の高瑞殿からの書状でありまして。」

渡は、その驚くほどに美しい文字の書状に目を通した。

…やはり高瑞の直筆、当代一と言われる腕よ。

渡は、そう思いながら、その内容に目を向けた。

「…松を、娶りたいのではなく養子にしたいと。」

関は、頷いた。

「は。月の眷属の一人を妃としておるので、娶るという気持ちではなくその妃との間に子が無くて寂しい思いをさせておるところに、松が目についてと。その妃も松を気に入って我が子のように世話をしておるので、この際養子にしてはと思うたのだそうです。松は宮の侍女として上がっておるらしく、行き合うこともあったのでしょう。」

渡は、顔をしかめた。

「しかし…確かに事情は蒼殿から聞いて知っておると書いているが、誠に良いのか。高瑞といえば、あの出来事が無ければそれは優秀な王であった男。今でも蒼殿の政務を手伝っておって、あの宮での発言力は強い。その娘になったら…あれは、こちらを良く思うてはおるまいし、まさか月の宮から嫌がらせなどなかろうな。」

関は、ため息をついた。

「松を籠めて厄介払いと月の宮へやったのは父上でありましょう。別に我は、比呂を軍神として臣下に養子に出して、松を皇女として残しても良いのではと申しましたのに。長らく表にも出さず、あのやり方は間違っておったと今でも思うておりまする。今は我が王であるし、我としてはこのお話を受けても良いと思うておりまする。」

渡は、眉を寄せた。

「松の地位が高くなるのだぞ?月の宮は龍とも縁が深い。あれが恨んでこちらに何かして参らぬとも限らぬのに。我はあのまま月の宮で臣下としてひっそり生きて欲しいと思う。」

関は、険しい顔をした。

「何故にそこまで松を隠そうとなさるのですか。そも、父上が松の侍女などに手を出しておったから、あの日松は外へ出るような事になったのですぞ。侍女が控えておれば、外へ抜け出す事もできなんだのに。あの後事が露見するのを恐れてあの侍女を地下牢に籠めたようですが、我があれから出して宮下へ逃がしました。あれには罪はないのですからね。その折り話は聞いておりまする。もう、松を貶めるのはやめましょうぞ。あれは、父上の責。それをお認めになってください。」

渡は、顔を赤くした。

「…我の責だと?!未熟な王の癖に、偉そうに申すでないわ!」

渡は、扇を胸から引き抜いて関の頬に叩きつけた。

関は、それを黙って受けて、渡を睨み付けた。

「…王に手を掛けましたな。」と、声を張り上げた。「清!」

清は、筆頭軍神だ。

渡が目を見開くと、清はそこへ入って来て関に膝をついた。

「御前に。」

関は、渡を睨み付けたまま、言った。

「王に手を出した不届き者ぞ。地下へ繋げ。」

渡は驚いた顔をしたが、清は頷いた。

「仰せの通りに。」

と、気で捕縛の縄を作って渡に巻き付ける。

渡は、叫んだ。

「何をする!触るな!」と、清に言ってから、関を見た。「我にこのような事をして許されると思うておるのか!」

関は、言った。

「王に手を出す輩は何者も許されませぬ。今は我が王。老いて力の衰えた父上などただの神ぞ。」と、清を見た。「連れて行け。」

清は、頭を下げて抵抗する渡を軽々と引きずって行った。


月の宮では、高瑞が関からの書状を受け取っていた。

そこには、父は老いていて判断もできぬ様子なので、兄の我がそのお話をお受けすることにする、と書いてあった。

高瑞が眉を寄せて、その書状を膝に乗せて考え込んでいると、そこへ天媛が入って来て、頭を下げた。

「高瑞様。」

高瑞は、すっかり王族の妃のようになった天媛に、頷いた。

「戻ったか。松の部屋を準備していたようだの。」

天媛は、嬉しそうに微笑んで高瑞に寄って来て隣りに座った。

「はい。蒼に頼んで新しい布をもらい、窓を覆う布を新しくしたり、調度も愛らしい女神らしい物を入れましたの。着物も我のためにもらった布を仕立ての者に渡して、松の物を縫ってくれるように申しておきました。反物を残しておって良かったことですわ。」

高瑞は、苦笑した。

「あれが来てもあまり纏わりつかぬようにの。もう子も育ててあれは良い大人になっておるのだから。まあ、主から見たら誰もが子であろうがの。」

天媛は、頬を膨らませた。

「分かっておりますわ。きちんと母らしくお世話して参ります。」と、高瑞の膝の上を見た。「…関様からのお返事でありますか?」

高瑞は、頷いた。

「主には見えておるだろうが、言えぬだろう。ここは我が対応を。蒼に話して参るわ。客の世話に忙しかろうが、漸殿も居るし知りたいであろうし。」

天媛は、頷いた。

「はい。事情は分かっておりますが、我からは何も言えぬので。良きようになさってくださいませ。」

高瑞は、頷いて立ち上がった。

「では、着替えを。王達がひしめく場所に参るしな。部屋着では行けぬわ。」

天媛も、立ち上がって頷いた。

「はい。では、お手伝いを。」

そうして、高瑞は天媛に手伝われて、久しぶりに公式に他の神に会うための着物を着付けて、王達が集う広間へと単身、向かったのだった。


「待て!」焔が叫んだ。「こら!我は良い役ができそうだったのに!」

維心が、フフンと目の前に並ぶ、トランプというカードを見て笑った。

「遅いわ。我の勝ちぞ。」

蒼が、苦笑いしながら言った。

「焔、ポーカーってそんなものだから。諦めろって。」

焔は、うーっと唸った。

「我はこんな遊びは無理ぞ!顔に出るからの!維心などピクリとも表情を動かさぬで!不利ではないか!」

ギャアギャアと煩い焔を、志心がまあまあと宥めているそこに、高瑞が入って来た。

蒼が、振り返って言った。

「あ、高瑞。どうしたんだ?もう渡から返事が来たのか。」

高瑞は、大騒ぎの中に来てしまったのに苦笑しながら、答えた。

「いや、関が。」と、胸から書状を引っ張り出した。「渡が老いておるから判断できぬとか申しての。」

「え、渡が?」

そんな話は聞いてはいないが。

すると、同じように思ったのか、炎嘉が暴れる焔を押えながら言った。

「渡がだと?あれはぴんぴんしておるがな。我が宮では内々の催しの時に来たければ来いと隠居しておっても回りの宮に声を掛けるのだが、煩いぐらい饒舌に話しておったわ。老いて確かに気は小さくなっておったが、それでもシャンとしておるがの。」

高瑞は、ため息をついた。

「ということは、渡が反対しておって関が勝手に進めておるという事かの。ならば面倒な事になるのかもしれぬ。」

志心が、焔を落ち着かせて座らせてから、言った。

「だが、今の渡には何の権限もない。王は関であるし、その関が妹を養子に出すと申しておるのなら問題ない。だが、渡はどうしておるのかの。こちらは良いが、宮の中で面倒な事になっておらねば良いが。」

高瑞は、頷いた。

「我もそのように。もしやと思うておってな。関は一度松に会いに参りたいと申しておるから、近々こちらへ来させようとは思うておるが、その折に詳しく聞いて置いた方が良いやもしれぬ。関のやりようが、どうも不穏に感じての。書から感じるのは、何かを思い切ったような…それも、強く思い切ったような感覚ぞ。まさか諍いでもあって、渡を殺してでもないだろうなと思うて。」

維心が、それを聞いてむっつりと言った。

「…我も前々世で父上を討ったが、確かに思い切る心地にはなったの。昔から恨んでおったのもあったし、いつかはと思うておったのがあの時だと思うたのだ。ゆえ、関の心地がそうならば、確かに渡を斬った可能性はある。」

炎嘉は、うんざりしたように言った。

「もう良い、仮に渡が斬られておったとしても、それは宮の中でのことであるし、此度の養子話のせいではない。己の娘を籠めて隠したぐらいの奴だし、内では何か恨みの蓄積があったのやもしれぬ。関は王であるから、皇子が王を殺したわけではない。外から何某か言う権利はない。王の責任のもとに行なったことであるからな。我は何も言わぬ。」

王の決断は、絶対だ。

仮にそれが前の王であって父親であったとしても、王座に居る者が否と言えば否なのだ。

余程理不尽な事でもない限り、外から口出しをするべきではない。

それは、王であれば皆、分かっていることだった。

高瑞は、頷いた。

「ならば、あれから何か言わぬ限りは、我からは深くは聞かぬでおこう。こちらは松さえ養子にできればそれで良いからな。であろう?」

漸は、頷いた。

「主が松を養子としてくれることに感謝しておる。また、正式に決まったら婚姻の申し込みに参るゆえ。」

それを聞いた高瑞は、フッとからかうように笑みを浮かべると、言った。

「誠か?きちんと口上を述べられぬような男には、娘を嫁がせぬぞ?ようよう学んで参るが良い。何しろ、我が妃が娘ができるとそれは嬉しそうでな。すぐには手放すのが惜しいと考えておる事であるし。」

え、と漸が目を丸くすると、志心が笑った。

「誠にの。しっかりした男でなければ娘を嫁がせるのは難しいよのう。漸、しっかり励んでおけよ?」

漸は、顔をしかめた。

「口上とは何ぞ?」と、炎嘉を見た。「炎嘉、主、それは教えてくれておらぬではないか!高瑞は許してくれるのではなかったのか。今すぐ口上とやらを教えぬか!」

箔炎が、ハッハと笑った。

「そうか、婚姻の申し込みの口上すら知らぬのに娶ろうとしておったのか。思うたら、我も遥か昔成神した時に親から教わったものであったな。そうか、知らぬか。」

漸は、うーっと唸って言った。

「だから我は知らぬと申すに!早う教えぬか!」

皆が大笑いする中、炎嘉が仕方なく婚姻の申し込みの口上を、一から教えて行ったのだった。

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