母親
「え、我が母に?」天媛が目を輝かせた。「まあ、誠に?」
蒼が、苦笑する。
天媛の隣りの高瑞も、苦笑した。
「主はそう思うのだな。そうだの、我も別にあれなら娘にしても良いがの。我らには子もないし。」
天媛は、言った。
「我は作ろうと思わぬと子は作れぬのですわ。基本傍観する立場なので、神である高瑞様とは、天黎が何と申すかと作れずにおりました。ですが、松が娘になるのなら、我も母の心地になれますわ。まあ、嬉しいこと。あの子の部屋はどちらに致しましょうか。」
高瑞は、困ったように言った。
「すぐに嫁ぐのだぞ?嫁ぐために我らの養子になるのに。」と、蒼を見た。「良い。蒼よ、我は隠居しておるし今は地位もないゆえ、あれを子にしても問題ない。それでうまく回るのなら、そうしようぞ。して?渡とは話はついておるのか。」
蒼は、ため息をついた。
「いいや、まだ。先に聞いてからと思うておって。無理なら燐に頼もうかと思っていたんだ。渡はオレがここに松を引き取ると言った時、その事実も全て公表するなと言った。ここで隠しておいてくれと。しかし最近では、楢が樹伊に嫁いでそれは美しいので、松はどうかと興味を持つ王も出て来て、対応に困っているようだった。もう、月の宮に来ていた事実も公表するべきではないかと思うておるのよ。だからこそ、主に養子にしてくれないかと頼んだのだし。」
高瑞は、考え込む顔をした。
「そうだの…ならば、こちらに行儀見習いに来ておった松をようできた皇女であるからと我らが気に入って養子縁組みを頼んだとしたらどうか。それを漸が見初めたのだと。まだ婚姻の打診はしておらぬから、先に養子縁組みの話を渡に我から申し入れよう。面倒に思うておるのなら、受けようし。その後に漸から我に婚姻の申し入れを。さすれば渡は関係ないゆえ、後はこちらで進められる。それでどうか?」
蒼は、高瑞に感謝の視線を向けた。
「そうしてくれると助かるな。じゃあ、頼めるか?」
高瑞は、頷いた。
「すぐに書状を遣わせよう。」と、天媛を見た。「主も浮き足立っておってはならぬぞ。退屈しておったのは知っておるが、松は遊び道具ではないのだからの。」
天媛は、少し頬を膨らませた。
「まあ。そんなつもりはありませぬ。でも、嬉しいこと。これで少しは母の心地が分かりますわ。早速お部屋を決めて、整えねば。」
天媛は立ち上がると、さっさと居間を出て行く。
高瑞は、それを苦笑して見送ると、言った。
「困った奴よ。まあ、よう子が欲しいと申しておったからの。天黎に頼んでも良いのだが…また面倒があってはと延び延びにしておってな。」
蒼は、頷いた。
「とりあえず、しばらくは松の世話に夢中だろう。助かるよ、高瑞。無理を言ってすまないな。」
高瑞は、穏やかに微笑んだ。
「良い。これぐらいはの。主には世話になっておるのだし。」
蒼は、立ち上がりながら笑った。
「オレが世話をされてる気持ちだよ。高瑞が居ないと政務が進まないからな。じゃあ、また。」
蒼は、そこを出て行った。
高瑞は、蒼はいつも他の神の世話ばかりだなと、自分ができることなら何でもしてやろうという、心地になっていたのだった。
維心達は、例の広間に集まっていた。
朝から酒はもう良いので、今は茶を飲んでいる。
妃達は隣りの部屋で朝の茶を飲んでいて、ここには王だけだった。
「蒼はまだかの。」炎嘉が、手持ち無沙汰に言った。「あれが居らぬと遊びもないしな。まあ、楽でもやれば良いのだが、正直飽きたのう。」
志心が、苦笑した。
「あれも忙しいのだろう。今しばらく待たぬか。」
するとそこへ、蒼が息急ききって入って来た。
「皆様、お待たせしてしまいました!ご退屈だったでしょう。」
維心が、そんな蒼を振り返った。
「良いのだ、蒼よ。主にはやることが多いのだろう。我らは勝手にやっておるから案じる事はない。」
蒼は、頷いて席についた。
「松のことで、朝から話しておって。それで、話したのですが、松はやはり実家にはあまり関わりたくないようですので、こちらを里として戻って来られるようにと考えていたのですよ。」
それには、炎嘉が眉を寄せた。
「待たぬか、こちらを里と?主の養子にはならぬぞ、月の眷属は特別であるから、松をその列に加えるにはあまりにもそぐわぬ。」
蒼は、ため息をついた。
「分かっております。オレだってそれぐらいは。なので、高瑞に話しに参っておりました。高瑞はもう王ではないし、それでも地位は低くはありません。なので、あちらの養子としてはと思うたのです。」
志心が、それには頷いた。
「それは良い考えぞ。高瑞ならば王座に居らぬし関係ないの。ならば高瑞は?」
蒼は、頷いた。
「はい。渡に書状を遣わせて、こちらに行儀見習いに来ておったことにして、それがようできるので養子にしたいと申し出てくれるとのことです。そうすれば渡とは縁が切れるし、漸も高瑞に婚姻を申し入れれば良いので面倒もないかなと。先に養子にしておけば、渡も口出しできなくなりますし。」
焔は、手を打った。
「良い考えよ、蒼。ならばならば松の地位は低くはないし、問題なく嫁げるではないか。」
蒼は、答えた。
「そう言えば、焔は?阿木はどうだったのだ。庭に出ていたように思うが。」
それには、皆が顔を見合わせる。
焔は、あっさり手を振った。
「ああ、やめた。娶らぬ事にしたのよ。」
蒼は、驚いた。
「え、あれほど申しておったのに?」
炎嘉が、困ったように言った。
「それがの、阿木は志心のような男が好みのようで。行き合って、阿木の熱っぽい視線を感じて冷めたらしいわ。それに、あれは龍だし一生王は維心だと面と向かって告げられて、当然のことながらでは何のために娶るのかと感じたらしい。しようがないわ。だから龍はならぬと皆分かっておったのに。」
そんなことは分かってたことなのに。
蒼は思ったが、焔が冷めたのなら仕方がない。
維心が、言った。
「維月もホッとしていたし、我は良かったと思うておる。阿木も敷居が高いと感じておったようだし、父の慎吾も話がなくなったと聞いて安堵しておった。我も、面倒がなくてホッとしておる。これで良いのよ。」
…聡子は、知っていたのだ。
蒼は、それを聞いて思った。
あの時、焔が阿木を娶れるのかと聞いた時、それには答えなかった。
知っていたから他の答え方をしたのだろう。
そして漸には、自分で考えて決めろと言っていた。
漸は、しっかり考えて結論を出したのだ。
「…こうしてみると、なるべくしてなっておるのかと思いますね。」蒼は、炎嘉に言った。「聡子は、知っていたのだろうなと今、思います。」
炎嘉は、苦笑して頷いた。
「誠にの。まあ、これで良い。漸も高瑞に申し入れたら良いから、節分まで待たぬで良かったではないか。とはいえ、養子にしてからすぐとなると、娶りたかったからだとバレるゆえ、やはりしばし待て。正式に養子と取り決めが成された後、こちらに通うなりして婚姻を済ませて、宮には後程準備が整ってから迎えるが良いぞ。さすれば、自然に見えようしな。とりあえず、地震の後まで待つのが良かろう。」
漸は、頷いた。
「そうか、宮に迎えぬでもとりあえず通う事は良いのだな。ではそのように。松は?知っておるのか。」
蒼は、答えた。
「ここへ来る前に高瑞と養子縁組みが決まったゆえ、一度挨拶に上がるようにと書を送っておいた。渡には、高瑞が今頃文を書いてくれていると思う。大丈夫、上手く行くだろう。いつ娶るかは、松と話し合って決めたら良い。」
漸は、嬉しそうに言った。
「そうか。ならば松に会いに行くかの。」
漸は、立ち上がって今にも飛び出して行こうとした。
すると、志心が慌てて言った。
「待て、何を聞いておったのだ。松はまず、高瑞に挨拶をせねばならぬのだ。渡と話がついて、その後主が高瑞に申し入れて、それからぞ。まだ早い。」
漸は、ストンとまた座り込んだ。
「なんぞ、やはり待たねばならぬではないか。もう。」
一見拗ねているように見えるが、納得はしているようだ。
蒼は苦笑して、そうしてでは、何をして退屈をまぎらわしたものかと考え始めたのだった。




