重い記憶
ガクと維翔の親交は、思ったよりずっと深かった。
ガクは最後に維翔に会いに行き、維翔はそんなガクのためにシマとハヤを討ち取った。
宮までは滅ぼさなかったのを見ても、ただシマとハヤの首を狙っただけだったのが分かる。
そうして、それからは少し、白虎と獅子がおとなしくなったので、しばらく平和だった。
そこは、歴史を見て知っていた。
維心が、力を記憶の玉から引き揚げて、画像は消えた。
そして、ため息をついた。
「…まあ、確かに我らは太古の昔、友であったわ。それがこれを見て分かった。犬神に特化して見たら、こうも違うか。この記憶の中には、まだまだ知らぬことがありそうな。」
炎嘉が、頷いた。
「あれが言うておった心地が分かった気がする。我だって、あんな傲慢な白虎なら殺してやりたいしの。あんな神と接するのが嫌で、あれは籠ったのだな。殺してやりたいとは思っていただろうが、それでも他の神…主に、あの我と主だろうが…に迷惑を掛けとうなかったのだろう。見ていて分かった。主が二人を討ち取った時、誠に胸がすいたわ。というか、こうして見ると主、何やら上品になった気がする。」
維心は、眉を寄せた。
「あのな。あれは太古の我だと言うに。これが今の我ぞ。」と、息をついた。「とはいえ、炎嘉よ、確かにあのエンゴウ…今は字は炎郷であったか…あれは主だわ。動きとノリがどう見ても主。あれだけ昔であるのに、主は変わらぬの。相変わらず派手な見た目で。服装は貧相であるのに。」
炎嘉は、ぶうと頬を膨らませた。
「主だって始め、獣の革など着ておったではないか。あれは出海に出逢ってからであろう。裁縫やら何やらが我らの中に入って参って。主の所には、出海が世話をしていた奴らが大勢残っておったから、それらが龍達に教えて職人がどこより早く育ったのだろうが。だから未だに、ここの財力はそれに支えられておるのだ。」
遠い昔の技術を、次々に職人達が語り継ぎ、そうして新しい物を生み出して、今に至っている。
維月は、そんな会話を聞きながら、壮大な事に感じ入っていた。
歴史は、こうして作られて行くのだ。
とはいえ、根が深そうな漸の白虎と獅子に対する気持ちが、簡単に癒えるとは、どうにも思えなかった。
今の志心と駿はあんな感じではないが、確かに二人には、シマとハヤの面影があった。
だが、内面はあそこまで嫌な奴ではない。
むしろ、己を抑えて仮に思ったとしても、あんなことを言い出す事は絶対にない。
それを分かってもらうには、一朝一夕では無理な気がした。
維心が、言った。
「…志心と駿に、これを見せるしかないか。」と、考え込むような顔をした。「己の祖先が何をやったのか見て、漸の心地を知っておくよりなかろう。話してもそんな事でと言いそうだが、実際の場面を見たら、そう言えぬ。シマとハヤは、確かに嫌味な奴だった。我でもキレる。というか、維翔はよう我慢したなと思うわ。我ながら。」
炎嘉は、頷いた。
「我もその場で斬ってやりたい心地になった。まあ、現場に居ったらいろいろ考えるゆえそうはならぬだろうがの。それでなくともすぐ戦になる世の中であったから。だが、後に主が二人の首を並べて結界外の北に吊るしておったが、あれも見せるのか?」
あれは恐らく、籠ったガクに見せたかったからだろう。
維心は思ったが、首を振った。
「あの時代のやり方だろうが、今見たら要らぬ怨嗟を生みそうだしそこまでは見せぬつもりぞ。とにかく、長月の会合にこれを持って行く。」と、維翔の記憶を玉を浮かせた。「そして、宴の前にどこぞに集まって見せるわ。そうして、あやつらにも意見を聞こう。我は、できたら漸には神世に戻って欲しいし…せっかくに、あれが望んだ平和の世になっておるのだしの。」
維心は、自分の遠い前世の記憶を見てから、漸に言いようのない親近感が湧いていた。
それは、維月もだった。
そして、炎嘉もだった。
確かにあの頃の記憶など全くないのだが、今、何やら懐かしい記憶を見せられた時、ガクという神がとても屈託のない明るい気質の神で、炎嘉ととても気の合う神だったことを知ってしまったのだ。
恐らく、あのガクは言っていた通り、楽しく生きたかっただけなのだろう。
友が困れば助けてやり、そうやって皆で仲良く、楽しく暮らしたかったのだ。
だが、それが叶わない世の中だった。
維翔ですら太平を作り上げる事は叶わず、その後五代龍王維心として転生するまで、地上を平定できずに戦を繰り返しているままだった。
世を乱さすことを恐れて内に籠った長い年月、きっとガクは、こんな世の中をじっと待っていたのではないか。
維心は、全く覚えてはいないが、維翔が願った皆が平穏に生きる世を作り上げることを、自分の代でやり遂げたことを誇りに思った。
そして、今までもこれからも、いつも側で支えて共に戦ってくれた炎嘉に感謝した。
そして、賢く今の豊かな宮を作る礎となった、出海の事も。
そう、維月だ。
何やら全てが繋がって、維心は感無量だった。
長月の会合は、龍の宮で行われた。
月見がただの月見で終わることを知らされていた焔は、暗い気を発しながら参加していた。
箔炎が、苦笑した。
「焔、正月には恐らく大丈夫であるから。」と、その肩をポンと叩いた。「気を落とすでないというに。」
焔は食い縛った歯の間から言った。
「…全く!なぜに今なのだ、犬神め!そもそも何千年前の話よ。なぜにそれが今出て参る!嫌がらせとしか思えぬわ。」
炎嘉が言った。
「まあ詳しい事はまた申すが、あちらも事情があっての。」と維心を見た。「どうする?誰と見るのだ。志心と駿だけか?こやつらにもどちらにしろ見せねばならぬがの。」
維心は、顔をしかめた。
祖先のあんな様子を、見られたいと思うだろうか。
維心は、ため息をついて言った。
「…そうであるな。最初は共に。途中からは…あの言い合いの辺りは志心と駿の二人に見せようぞ。これらが他にも見せて良いと申すなら、後に見せるが最初はそのように。」
炎嘉は、頷いた。
「ということぞ。とにかく関わりのある宮…鷹と鷲はあの時もう居ったし来てもらう。白虎と獅子もの。他のもの達は、まだ宮が立ち上がる前の昔であるから、見ぬで良い。」
箔炎は、頷く。
「鳥がもう宮を立ち上げておったものな。我らはまだ共に居た頃であるし。」
炎嘉は、頷く。
「そう。居たのは龍、犬、獅子、白虎、そして鳥だけだった。後はまだ混沌としておったわ。」
維心が、頷いて歩き出した。
「さ、参れ。我の居間へ。そこで見ることにしようぞ。他は先に宴の席に行っておれ。また終わったら内容は話すゆえな。」
翠明は公明と高彰に頷き掛けて、歩いて行く。
それに、加栄達も従って歩いて行った。
維心は残った炎嘉、箔炎、焔、志心、駿を連れて、居間へと向かった。
居間では、もう維翔の記憶の玉が小さな布団のような物の上に置かれて、居間のサイドテーブルの上に鎮座していた。
結構な大きさを誇るそれに、皆が珍しげに寄って行く。
焔は、その虹色にも見える玉を見つめながら、今の今まで文句を言っていたのに、そんなことも忘れて言った。
「おお!珍しい、ここまでの大きさはあまり見ない。しかも初代龍王の記憶など、稀少過ぎて震えて来るの。」
言いながら、全く震えてはいない。
調子のいい焔に、維心は苦笑した。
「全部は我も見られていないのだ。毎回力を込める時、何に特化して見たいのか念じる必要があっての。前は維月と共に見つけた直後であったので、維月をどこかで念じておったのか維月の前世である、出海との関わりが見えた。此度は漸が出て参ったので、それとの関わりで見た。主らにも、それを今から見せようぞ。」と、背後の壁を示した。「あちらに。映し出すゆえ、主らはそれを見るが良い。」
皆が、そちらを向いて座れるように椅子を思い思いに動かして座る。
維心は、それを待ってから、玉に気を込めたのだった。