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変遷

「…変わった雰囲気の女であるな。我らには詳しく話してはくれなんだが、未来を知る者と?」

翠明が言う。

そういえば、聡子の存在は隠していたのだ。

それを忘れていた事実に維心は己でも驚いたが、炎嘉が答えた。

「…いずれは言わねばと思うておった。皆が知ると面倒が起こるゆえに、隠しておっただけ。今は、知れても天黎のもとに居る以上、どんな神でもあれを拐う事はできぬから、知れても良いと思うた。あれの前世は人であり、人の中には詠み人という能力を持つ者がたまに現れての。あちこちの隣りの世であったり、別のどこかの国であったりを見て、それを事実と知らずに書き綴っている人が居る。聡子は知らずに我らの世を詠んで、書いておった。ゆえに、あれはかなり先の事まで見て知っておるのだ。それこそ書かずにいても見て知っておる事は山ほどある。我らの気付かぬ心持ちまで、あれは詠んでおった。そんなわけで、我と志心はそんな聡子と話して己の心の真実を知り、未来へ目を向ける事ができるようになったのだ。感謝していたが、慕わしいような気もしていた。が、それが勘違いだと今、聡子に釘を刺された次第ぞ。」

志心は、頷いた。

「まさか我が変更前の未来であれを娶っていたとは思いもせなんだが、だからこそそう、思うておったのやもしれぬ。難しいものよ。維心のように揺るがぬ心地を持てる女が現れてくれたら良いのだがの。」

維心は、それを聞きながら聡子の言葉を思い出していた。

維月は、今は自分だけを男として愛している。

碧黎も十六夜も、牽制する必要などないのだと、何やらスッキリした心地だった。

「…確かに、あれと話すと心持ちが楽になる。主らの心地も、理解できようほどに。」

焔が、むっつりと言った。

「我には未来など言えぬと阿木を娶れるのかすら話してはくれぬで。我はそれが聞きたかったのに。」

志心が、呆れたように言った。

「そうではないのだ。主にとり重要なのは、これまであった心のわだかまりが、捨てられるかどうかではないのか。だからこそ、聡子はそこを話してくれたのよ。阿木を娶る娶らないは、その次の事ぞ。長い未来を考えた時、そちらの方が重要なのだ。」

維心は、頷いた。

「我もそのように。主は今回、己が何を心に持って女を遠ざけて娶らずにいたのか分かったではないか。そこが重要だったのだ。これからは、そのわだかまりは主を煩わせる事は無くなったのだと教えてくれたのだ。例え阿木を娶れなんだとしてもの。」

焔は、軽く維心を睨んだ。

「嫌なことを申すな。やっと見つけたように思うておるのに、阿木を娶れぬ未来があると考えたくもないわ。」

こればっかりは縁なので、どうとも維心には答えられなかった。

漸が、言った。

「では、我は松に会って来る。」え、と皆が驚いた顔をすると、漸は逆に驚いた顔をした。「なんぞ?地の件はしばらくは案じる必要がないのだろう?ならば我は、今やるべき事をやる。」

蒼が、慌てて言った。

「待て、松は非番で屋敷に居るのよ。確かに息子は訓練場で居らぬだろうが、一人の屋敷に訪ねるなどならぬと言うのに。」

漸相手だと、神世の話し方が一番通じるので蒼が思わず堅苦しい口調で言うと、漸はウーッと唸った。

「では、どうすれば良い?蒼、何とかせよ!」

そんなことを言われても。

翠明が、ため息をついた。

「妃達を呼び戻すか。楢の姉なのだろう?松は。ならば会わせる口実で宮へ呼べば良いではないか。ここに呼ぶのはあまりにもなので、隣りにでも呼んでみたらどうか?」

樹伊が、頷いた。

「楢に会わせてやりたいし、ならばそれで。蒼、頼む。」

蒼は、それならと頷いた。

「ならばそのように。松を隣りの部屋に呼ぼう。だが、漸、主は後だぞ。」

漸は、仕方なく頷く。

どちらにしろ会えるのなら、贅沢は言っていられないのだ。

焔が言った。

「我は?維月が戻らぬと、阿木も部屋で待機しておるだけで出て来ぬのではないのか。維月がここへ戻ったら、ここへ阿木も控えるだろうが我だけ不利ではないのか。」

維心が、言った。

「維月は今は地の陰の役目を果たしておるから、戻っても夜か明日だぞ。己の事ばかり考えるでないわ。部屋で待機しておるのなら暇であるから文は出せる。ここは文を書くが良い。」

焔は、そういえばそうだ、と仕方なく頷いた。

「…分かった。漸が会うとか言うから焦ってしもうて。よう考えたら我は焦ってはならぬのだったの。」

そう、相手が引くからだ。

蒼は、ため息をついて傍に控える侍女に、松へ連絡させるようにして、そうして楢との面会を叶えてやろうと待つことにしたのだった。


その頃、維月は地の中で碧黎の安定を助けていた。

というのも、やはりイライラすると波動が乱れてしまうので、維月が傍に居て碧黎の気持ちを穏やかにさせるのが大切だったのだ。

なので地中に居て、傍に居るだけでいいので月の十六夜と話していた。

《…うーん、親父は上手い事やってるよなー。》十六夜が、地上を探りながら言った。《何しろ、あっちこっちが動いてるからさ、東海だけの話じゃないんだよな。とりあえずやばいのが、東海だってだけで。》

維月は頷いた。

《そうよね。こうしているとあちこちの動きが手に取るように見えるから、なんだか落ち着かないの。でも、やっぱり人にとって差し当たってまずいのは東海なのよね。海底火山だって噴火しそうな所はあるけど、そこは放って置いても大丈夫そう。とにかく今は東海なのよ。》

十六夜は、ため息をついた。

《全くなあ、五百年ぐらいたまって来てるギャザーみたいな感じだから、それを伸ばすのも大変だ。親父も生きてるからよー。全く止めるわけにもいかねぇし。オレも最近は、人が上に住んでるから気を遣って仕方がねぇ。》

維月は、あ、と思って聞いた。

《そうよね。最近増えたわよね、月の上に。どんな感じ?》

十六夜は、うーん、と唸った。

《どんな感じって、お前も分かるだろうが。上っていうか中だけどな。地下に掘っててそこに住んでるんだ。野菜ばっか育ててるけど、問題なくやってるみてぇだ。こんな所まで来なくても、親父の上だけにしときゃいいのによ。たまに空気が漏れて大騒ぎしてる事があるんでぇ。気になって仕方がねぇ。》

いくら月の上でも、こちらは何も手助けできない。

何しろ、神すら居ない月面なのだ。重力も弱いし、僅かばかりある空気の層も薄い。

何かあっても、何とかするには難し過ぎるのだ。

《でも、今あのポールシフトの時に激減したとはいえ、また三千人ほど住んでるんでしょう。やること増えて大変ね。》

まるで他人事な維月に、十六夜は拗ねたように言った。

《あのな、お前も月なんだっての。確かにあいつら裏側には住んでねぇけど、見えるんだからお前も見てくれなきゃな。通信ができなくなって、決まった時にしか地球に帰れねぇから、何かあったらマジでここだけで何とかしなきゃなんだからな。こんな孤立した場所で、何が楽しくて定住してるのか分からねぇけどよ。》

重力も少ないので、体が楽なのはあるようだ。

だが、地球へ戻ると筋力の衰えで苦労するので、月に定住しているもの達は、リハビリなどもあって一度来たらそうそう帰ろうとは思わないらしい。

維月は、フフと笑った。

《私も見てるけど地のこともあるし。そもそも維心様の助けにならないといけないから、地上の人々のお世話で精一杯よ。だから、月面の人達のことは十六夜に任せるわ。》

十六夜は、ため息をついた。

《わーったよ。何とかすらあ。とはいえ、あいつら外に出たらまずいからなあ。あの建物だけでも守らなきゃな。》

十六夜なりに、気を遣っているらしい。

維月は、神妙な声で言った。

《月にも地震はあるものね。月震って言うんだっけ。それも結構頻繁よね。》

十六夜は、同じように神妙に答えた。

《親父が引っ張るから仕方ねぇ。引っ張ってもらわねぇとどっか行っちまうし困るけど、それで揺れる。浅い所で起こるやつはオレが抑えられるが、深部のやつはなあ。それなりに耐震構造みてぇだけど、月イチぐらいで揺れるから最近それで崩れてそこらの空気が漏れたんでぇ。気を遣って仕方がねぇよ。全く。》

月震と言っても十六夜が言うように、深い所の揺れは月イチぐらいで起こるがそんなに震度は大きくない。

それでも、頻繁なのでどこかガタが来たのだろう。

《そこは人に任せよう。分かってて地上を離れてるんだろうしね。》

《オレとしては、親父に丸投げしてぇのによう。》

十六夜は愚痴ったが、少しは人の命を預かる事に、慣れて来ているようだ。

維月は、何億人を支える碧黎に改めて感心しながら、また地上へと意識を戻したのだった。

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