やり取り
部屋に戻った維月は、侍女達に指示して今夜使わない物や、明日の朝使うもの以外は、全て厨子に詰めるようにした。
義心は、元より話を聞いていてさっさと軍神達に指示をしてくれているので、あちらは安心だ。
昨日使ったマーダーミステリー用の小道具も、全て昨日今日のうちに片付け終えてくれていたので、徹夜で励む必要もないのでそこはホッとしていた。
帰るにしても、とにかく準備が大変なのだ。
とはいえ、また月の宮で荷解きをする必要もあるし、面倒なのでもう使わない物は先に龍の宮へ送り返しておこうと維月は思っていた。
明日は、維心に許可をもらって龍の宮へ帰還させる者と、月の宮へ同行させる者を分けようと維月は考えていた。
…阿木は連れて行かないと焔様が暴れるかもしれないわね。
維月は、顔をしかめた。
こうして大騒ぎになり、侍女達総出で荷造りしている最中にも、焔から阿木に文の遣いがやって来る。
阿木は困って立ったまま返事を書いて、また作業に戻っているのが見えた。
…だから、帰り支度をするのは知ってるでしょうに。
そういうところが、王の我が儘なところだ。
己がこうと思ったらこうで、相手の都合など思いもしないのだろう。
維月は、他の侍女達に肩身が狭そうにしている阿木に、言った。
「…我から申しますわ。」阿木が、驚いたようにこちらを見る。維月は続けた。「最上位の王からの文に返事を書かないわけには行かぬのは、あちらも御存知でしょうに。帰り支度をすると申して私はあちらを下がったのですよ。なのに、何度も文を寄越すなど、あまりにも思いやりのない様ですこと。阿木が悪いのではありませぬ。」
それを聞いて、少しイライラしていたらしい他の侍女も、バツが悪そうな顔をした。
確かに、その通りだからだ。
維月は、言った。
「我が王に御文を。案じなくとも、あなたは務めに集中して良いわ。さあ、お行きなさい。」
阿木は、感謝の視線を維月に向けてから、頭を下げた。
「はい、王妃様。」
維月は、ぷりぷり怒りながら、焔に文を書くわけにはいかないので、維心に文を書いて、それを侍女に託したのだった。
維心達は、もう見納めだと灯籠の明かりに照らされる雪の庭を眺めて談笑していた。
こんな場所でも月は美しく、十六夜の気配がする。
恐らく黙ってはいるが、こちらを見ているのだろう。
何しろ、ここには蒼も維月も居るのだ。
そこへ、維月の侍女の咲希が入って来て、結ばれた文を差し出した。
「王妃様からの御文でございます。」
維心は、眉を上げた。
ほんの一時間ほど前に出て行ったのに、文?
炎嘉が、言った。
「なんぞ、そろそろ帰って来いとかではないのか。わざわざ文か。」
違う。
維心は、思った。
それなら咲希にそろそろお戻りにとか、言伝てたら良いだけだ。
何か言いたいことがあるのだろう。
維心はその文をほどいて中を確認すると、眉を寄せてため息をついた。
そして、言った。
「…焔。文を書くのをやめぬか。」
焔が、顔をしかめた。
「なぜに?良いのではないのか。」
維心は、言った。
「だから時が悪い。しつこいのだ、あちらは今侍女総出で荷造りをさせておるのだぞ。阿木も侍女なのだから、何度も来る文に返事を書いておったら進まぬ上、他の侍女に睨まれようが。主、只今務めの最中だからと、やんわり断っておるのに文を寄越しておるのだの。維月が堪らず言うてきたのよ。いい加減にせよとの。」
炎嘉は、横からその文を覗き込んだ。
確かにそれは美しい文字だが、怒っていそうな筆致で何とかしてくれと書いてある。
とはいえ最後には、早くお会いしたいので急いで私も一緒に片付けておりますから、今しばらくお待ちください、とフォローも忘れてはいなかった。
維心からしたら、こっちも早く維月に会いたいのに、片付けの邪魔をするなと思っているのだろう。
いつもより、口調がキツかった。
焔は、言った。
「…そんな様子だとは思わぬで。確かにそうか。」
志心が、言った。
「あまりにしつこいと相手は引くぞ。少しは待つことを覚えぬか。経験のない子供でもあるまいに。」
焔は、仕方なく頷いた。
「…分かった。明日にするわ。維心、明日は阿木を非番にできぬか。」
維心は、ため息をついた。
「だから、非番にしたら宮に帰るわ。維月は明日、使わない物とそれを運ぶ軍神を龍の宮へ帰そうと考えているようぞ。我もそうするつもりだった。月の宮は近いし、こんなに臣下は要らぬからな。まして、月の宮は維月の里であるから、あれの侍女も居るし龍の侍女は最小限で良い。居らぬでも大丈夫なほどよ。阿木を月の宮へ連れて行って欲しければ、今少し維月の不興をかわぬ方向で上手くやれ。我はあれの侍女の神選まで口は出さぬからな。」
維心の言うのはもっともだ。
ここに居る誰もが、月の宮なら軍神は半分で良いなと帰すことを考えていた。
口は出さないが維月の侍女のことを把握している維心は、阿木は本来なら今回帰して非番にしてやるべきなのを、知っていた。
それが上手く回るからだ。
だが、今の焔の様子だとそれは恐らく当て付けに見えるし、どうしたものかと考えているはずだった。
これでは維月に、阿木を帰す材料を渡しているようなものだった。
炎嘉が、言った。
「文なら別に月の宮と龍の宮は隣り同士なのだし、軍神に行き来させたら良いからむしろ非番にしてもらったほうが文のやり取りも楽なのではないのか?」
焔は、とんでもないという風に首を振った。
「同じ宮に居れば顔を見ることも可能だろうが、龍の宮へ帰ったらそれができぬではないか!何も好きで文ばかりに甘んじておるわけではないのだぞ。分かったわ、維月には我が詫びを入れる。とにかく、連れて行ってもらわぬことには困るのだ!」
維心は、またため息をついた。
「そこまでせずとも良い。我が言うておくゆえ。とにかく、ほどほどにの。あちらにも都合があることを弁えよ。あまりに押し過ぎると逃げるぞ。分かったの。」
焔は、連れ帰られてはたまらないと、何度も頷いた。
「分かった。」
そんな様子に、蒼が言った。
「でも…顔を見るとて王が庭を他の女と歩いておったら噂も立つ事だし、その辺で立ち話も身分がらできないし、どうするつもりだ?焔は真実阿木を娶るつもりなのか?」
焔は、真剣な顔で頷いた。
「そのつもりよ。何も亡くした妃の身代わりばかりで言うておるのではない。ただ、あれと文を取り交わしておったら、控えめな性質が垣間見えて和むのだ。不幸にするつもりはないゆえ。」
それには、漸が割り込んだ。
「待て、噂と?我はしょっちゅう松と月の宮の庭に出ておったし、皆も見ていて知っておるが、ならば松もその噂に困っておるということか?」
蒼は、首を振った。
「漸と松のことは、教師と生徒だと皆、認識しておったから男女の逢い引きだとか思って見ておらぬし。授業の一環だと感じておった。」
漸は、難しい顔をした。
「…よう分からぬが、こちらでは男女で会うと、そのまま婚姻だとか噂が立つのか?」
そうかそこからかと炎嘉が言った。
「その通りよ。なので余程本気でないなら二人きりで庭を歩いたりできぬのがこちらの世ぞ。主も気を付けよ。他の女と気軽に歩いたらまずいことになるぞ。回りから固められて婚姻、となることもあるのだ。責任問題になるからの。」
漸は、衝撃であったのか一瞬怯えたような顔になった。
「…誠か。何も知らぬで。安易に歩かぬで良かったことよ。何と面倒な…ちょっと歩いたら噂になって娶るしかなくなって、婚姻という生涯面倒を見る関係にならねばならぬとは。主らも大概面倒な中で生きておるのだな。我には無理ぞ。重々注意せねばならぬな。」
その通りよ。
皆が思ったが、黙っていた。
漸は松以外に興味はないようだし、これ以上面倒が起きる前に、さっさと決心して松と落ち着いて欲しい、と、皆が思っていたのだった。




