それぞれの思惑
双六は、例によって皆でサイコロを振り、出た目の数だけ進んでは止まった場所の指示に従う簡単な方式で進んで行った。
維心は相変わらず堅実に生きて、博打を打つ時には思いきって勝負に出る方式で、あっさり財産を築いて行った。
相変わらず引きが良いのは箔炎で、翠明も出目の良さには皆が驚くほどだ。
そして、焔はまた相変わらず出目が悪くてゴール前で何度も行き来を繰り返し、今回は最下位での上がりだった。
それでも、前のように大騒ぎすることもなく、何やら心ここにあらずだ。
漸も似たような様子だったので、この二人は恐らく、己の想う相手で頭の大半を持って行かれているのだろうと思われた。
そうやって、幾ら財を成したのかの順位も出してから、双六は幕を閉じた。
結局のところ、上がるのが早い順は箔炎、翠明、維心と続き、財を成したのは維心、炎嘉、翠明となり、双六が強いのは維心と翠明だなということになった。
志心は途中までは順調だったが、焦って大博打を打ってそれに敗れ、大きく財を失ってからは、子達の稼ぎに頼って何とか借金もなくゴールできたという感じだ。
焔は淡々と進めたので、財もそこそこ、上がるのは例によって出目が悪いので最後と散々だったが、特に悔しげでもなく、途中で返って来る阿木からの文に返事を書くのが忙しい感じだった。
前回ほど双六が盛り上がらなかったのは、恐らく焔が静かだったからではないかと思われた。
片付けをしている侍女達を見ながら、蒼が言った。
「こちらの宮でももう三日、そろそろ明日には月の宮へ移動しますか?あちらでもお連れするのは伝えておりますし、そろそろかと待っておるかと思うのですよ。」
炎嘉が、それにすぐに頷いた。
「ここも風呂は良いし景色も見慣れぬ美しいものだし楽しめたが、確かにそろそろあちらへ戻って己の結界側で控えたい心地よ。何かあってもすぐには帰れない位置であるからなあ。気になって来ておったのだ。」
それには、高彰も頷いた。
「確かにそのように。月の宮は癒されるし、やはり一度は立ち寄って帰りたいもの。」
旭が、言った。
「思うておったより珍しい遊びの連続で楽しかったが、我も月の宮で滞在したことがないゆえ行きたいと思うておったのだ。では、明日は朝から移動ということに?」
維心が、頷いた。
「蒼から申してくれるのなら世話になるか。では、義心に申して準備をさせねば。侍女達も荷造りがあるだろうし、妃達はその指示があろう。では本日はこれで戻るか。」
維月が、維心を見上げて言った。
「ならば我は先に戻っておりますわ。王はこちらで皆様とご歓談なさっておいてくだされば。」
戻っても、結局維心を一人にさせてしまうからだ。
だったらここで、他の王達と話でもしていてくれる方がこちらも焦らなくて済む。
綾も、翠明に言った。
「そうですわ。我があちらで出立の指示をしておきますので、王はこちらで。共に戻りましても、お構いもできませぬから。」
綾は、容赦ない。
維月が敢えて言わなかったことを、ハッキリ翠明に言った。
翠明は、苦笑した。
「そうか、邪魔か。ならば我はここに。」
とはいえ、怒っているようでもない。
この夫婦は、いつもこうなのだろう。
維心も、維月の言外の気持ちに気付いて苦笑して言った。
「ならば我もここに。主らは発つ準備を整えて来るが良いぞ。」
維月は、分かっていても面と向かってそういうつもりで言ったと表面化してしまうとバツが悪い心地になって、早くこの場を離れようと立ち上がって維心に頭を下げた。
「はい、王よ。では、御前失礼致します。」
維心は、維月の感情の動きをその気に気取って、何も言わずに頷いた。
そうして、妃達はその場を、維月の後に続いて出て行った。
それを目で追う王達を後目に、妃が居ない王達は軍神を呼んで出発の準備をしろと命じていた。
妃の代わりに、それぞれの筆頭軍神が全ての指示をするわけだ。
漸は、見るからにウキウキと言った。
「やっと月の宮へ参れるか。良かった、何やらここに居っても心から楽しむことができずで。月の宮でなら楽しめそうな気がする。」
旭が、苦笑した。
「ま、確かにここは辺境ではあるがの。これでも数年かけて準備したのだぞ。」
炎嘉が、漸を庇うように言った。
「だからそういう意味で言うたのではないのだ。漸は、楢の姉の松に懸想しておるから、松が居る月の宮へ行きたくて仕方がないのよ。昨日はあんな遊びをしておったから必死でしばし忘れておったようだが、終わったらまた気もそぞろで。本日の双六でも、おとなしい事この上なかったではないか。せっかく皆でこうして集まっておるというのに、困った奴よ。」
漸は、さすがに悪いと思うのか、拗ねたような顔をした。
「確かにそれは良うないと思うておるが、我ばかり。焔だって煩い奴なのに、静かではないか。」と、ふとテーブルの下で何やらやっているのを覗き込んだ。「そら、また皆に隠して文を書いておるではないか。」
焔は、ムッとしたように言った。
「我は主とは違ってすぐそこに居るのだから、今のうちにしっかり交流しておかねばならぬのよ!宮へ戻ってしもうたら難しくなろうが。この正月休みの間に、せめて友ぐらいにはなっておかねば。」
志心が、からかうように言った。
「ほほう、これまでの主ならば、欲しいなら奪えば良いとか申して忍ぶだろうに、阿木には誠実なことよ。女によってそれほど変わるか。」
焔は、頬を膨らませて文を畳んだ。
「煩い。嫌われとうないのは初めてなのだからしようがなかろうが。どっちでも良い女なら、ここまで気を遣ったりせぬわ。」
維心が、クックと笑った。
「良い傾向よ。維月もそれなら安堵して阿木を任せられると言うだろうて。とりあえず我が良いように言うておいたし、主、慎重にの。拗れたら面倒なことになるゆえ。」と、漸を見た。「主もぞ、漸。主には婚姻が何たるかが分かっておらぬし案じられるわ。まあ、松は主をよう分かっておるゆえ、あれが頷くかどうかは主の動向にかかっておるぞ。しっかりの。」
漸は、表情を引き締めた。
「我も、此度月の宮でしっかり話して、終生世話をする覚悟ができる女か見極める。我は主らのように無理に忍ぶとかないゆえの。いくら焦れても面倒など起こさぬわ。」
確かにそこは信頼できそうだ。
樹伊が、言った。
「我は楢が思いもよらず、琵琶まで良くするとは知らぬでいたし、あれの姉の腕も気になるところぞ。あれも久しぶりに姉に会いたいだろうし、密かにどこかで会わせてやれぬかの。」
蒼は、それに頷いた。
「もちろんだ。部屋を準備させてそこに松を呼ぶことにするよ。松は今は侍女でなく教師だから、給仕はさせないし気まずい思いはさせないつもりだ。問題ない。」
それにしても松は元は皇女であるし、漸に嫁ぐとなっても良いかもしれないが、問題は阿木だ。
阿木は、それは美しく淑やかだが軍神の娘で、最上位の宮の妃に収まるには難しい。
焔が良くても父の慎吾が、あまりにも高い位置からの縁談だからと断りそうな気がするのだ。
阿木自身も、文は取り交わしているが妃になるなど思いもしないだろう。
焔の臣下も何と言うかわからない。
王は、妃を娶るにもいろいろ面倒な柵があるのだ。
焔の文を持った侍女が、また広間を出て行く。
あちらにしたら、王の気まぐれぐらいに思っているだろう文のやり取りが、どこまで続くのかと皆案じていたのだった。




