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終えてから

その後、皆に問われるままに阿木は秋津の心地を話して聞かせた。

秋津は、加賀を恨んではいなかった。

それよりも、ただ王の側で宮の侍女という役目が、嫌で仕方がなかったのだと言う。

秋津が恨んでいたのは、父である王であったのだ。

母親似で美しい秋津に、それを利用して加賀の降嫁先をと言われた時も、宮を出られるならそれでも良いかもと思ったぐらいだ。

だが、加賀の気持ちを考えるとそれもできない。

何しろ加賀は巽を想っていたし、自分は奈綱を愛していて、他の男など考えられなかったのだ。

奈綱が、自分を利用しているのは知っていた。

知っていたが、それでも奈綱のために言われるままに行動した。

その結果、死ぬことになっても良いと思ってもいた。

なので、秋津は奈綱のために生きていたのだ。

聞き終わった後、炎嘉は言った。

「それは表面上だけ惹かれて寄って来る瀬那などに興味は示さぬわな。そうか、そういうことか。だが、確かに主になら騙されても良いのかと思うてしまうわ。」

カラッと明るく言う炎嘉に、阿木は己の事ではないのに、バツが悪そうな顔をした。

「…誠に利用するような事をしてしまいもうして…。」

炎嘉は、笑った。

「主ではないし、実際に起こった事でもないではないか。良いのよ、それだけ主が美しいということぞ。」

阿木は、恐縮して下を向いていた。

維月は、そろそろ解放してやろうと言った。

「では、あなたはそろそろお役目に戻ると良いわ。着物も着替えねばならぬでしょう。慎吾にも、お疲れ様と我から申しておったと伝えて。」

阿木は、ホッとしたように頭を下げた。

「はい、王妃様。もったいないお言葉でございます。父も喜びますでしょう。」

そうして、阿木は下がって行った。

志心が、まだだんまりな焔をつついた。

「こら、焔。なんぞ、ずっとだんまりで。あれほど美しいのに、侍女だからと不機嫌なのか?」

焔は、ハッと志心を見ると、キッと睨んだ。

「違う!ただ…龍かと思うておっただけぞ。」

龍かと?

炎嘉が、急に深刻な顔をすると、言った。

「主…それはまさか、龍は龍しか生まぬからではないのか?我らの妃には龍は絶対選べぬからの。何しろ、子が全て龍になるゆえ。後が面倒ぞ。」

駿が、何度も頷いた。

「そうよ。我とてあれだけ美しければと思うほどだが龍はない。龍に力を付けさせるだけであるからな。」

つまりは、龍を娶ることはできるが、娶るとできる子は全て龍なので、龍の宮へ送るよりない。

己の種族の王族の血を、わざわざ龍に混ぜて返すことになるのだ。

なので、余程でなければ維心も龍と多種族の婚姻を許すことはなかった。

後で揉める元になるからだ。

「…昔、どうしてもと言うて来た奴が居って、龍しか生まぬぞと重々申してから縁組みを許した事があったが、分かっておったのに生まれたのが龍であったとその妃と子を殺した奴が居った。それみたことかと同族を殺されたし報復するよりなかったのだ。それから許した事はない。主、まさか阿木を娶りたいとか思うたのではないだろうの。」

焔は、黙っている。

志心が、ため息をついた。

「困った奴よ。確かに阿木は秋津の役をやったが、主が奈綱ではないように、阿木も秋津ではないぞ。主を愛してもおらぬ。落ち着け。とりあえず、娶る娶らない云々よりも時を置け。今は直後であるから、そのような心地になるのよ。」

維月は、それを聞いて顔をしかめていた。

確かに、こんなゲームに慣れていない神が初めて参加したら、思い込みや誤解で誰かを想うという事もあるのかもしれない。

何しろ阿木は、確かに美しくて嗜みも深く、維月の侍女になるだけあってそれはできた娘なのだ。

焔がひと目でその気になるのも、秋津というキャラクターの背景もあって分からないでもなかった。

とはいえ、焔はあれだけ女性との間に距離を置いていて、妃を娶らないと豪語して憚らなかった王だ。

前世の記憶があって、妃が多く皆が牽制し合って奥宮が大変だったのを覚えているからだと自分で言っていた。

現に、今は公明の妃である桜を妃にしていた時も、桜からの懇願で、子を作る時だけ通って後は放置していたのだと聞いている。

それにより、桜はさすがに疲れ切って元々焔を想って嫁いだのでもないので、離縁して真に想いあった公明と婚姻した過去があった。

焔は老いが止まっているので若い姿のままだが、これでその時に桜との間に生まれた皇子、煌が育って立派にやっているのは知っていた。

なので、ここで龍である阿木が嫁いでも子供さえ作らなければ問題はないが、妃を面倒がる焔相手に軍神である慎吾の子の阿木をやるのは、案じてならなかった。

なので、維月はそれに対して何も言わなかったが、維心に懸念の視線だけ送って、自分の気持ちを伝えた。

維心は、維月の視線に気付いて小さく頷いて、言った。

「…ま、それはそれぞ。犯人捜しの遊びは終わった。あちらへ戻って、風呂にでも向かうか。皆疲れたであろうが。」

それには、志心が頷いた。

「そうであるな。風呂にでも入って酒を飲んで寝て、また明日ぞ。ささ、戻ろう。」

そうして、その話はそこで切り上げられて、皆は微妙な空気の中で、元の宮へと戻って行ったのだった。


昨日も入った露天風呂に、妃達と分かれて入った王達は、遊んだというよりもやり切ったような心地になりながら、湯船に浸かっていた。

焔は、まだ微妙な顔をしている。

炎嘉が、気にして言った。

「焔?主、妃など面倒だと言うておったのではないのか。主は軍神でもなければ奈綱でもない。あれは夢ぞ。そも、阿木は秋津ではない。まだ若い、何も知らないような女だったではないか。秋津のように、苦労しておるわけでもないようだしの。娶ったわ違ったわで返すわけにはいかぬのだぞ。桜の時の事を忘れたか。」

公明が、それを聞いて黙っている。

焔は、ジトッとした目で炎嘉を見た。

「分かっておるわ。だが、桜の時は役に立つから愛情など求めておらぬとあれが言うからこそ、娶ると決めたのだ。臣下だと思うておったから、子だってあやつが義務だと煩う言わねば出来る事はなかったわ。だが、阿木は…別に、秋津だと思うておるからというのではない。ただ、顔を見た瞬間、何と言うか…前世での。気の強い妃に虐め倒されて亡くなった、気の弱い妃に似ておるなと思うたのだ。声までよう似ておって。あれを思い出して、また傍に置きたいと思うた。ただ、それだけなのだ。」

前世の、トラウマになった原因の亡くなった妃か。

翠明が、湯から半身を出して岩の縁に座りながら、言った。

「心地は分かる。後悔があったのだろう。その妃を愛しておったのだな。」

焔は、ため息をついた。

「どうであったか。居った時は癒される女だなと思うておる程度だったが、死んだと聞いて守ってやれなんだと悔やんだのだ。もちろん、虐めていた妃は牢に籠めてその後の事は知らぬ。恐らく牢で死んだであろう。愛らしいまだ若い妃であったのにと、今でも思い出すほどであるから…引きずっておったのやもしれぬな。」

恐らく焔は、その妃を愛していたのだ。

だが、それに気付くか気付かぬかの間に、後宮の熾烈な争いの中で死んで行った。

それが、心のつかえになって、今があるのだろうと思われた。

だとしたら、今は誰も宮に居ないのだからとも思うが、さりとて龍なのでもし子でもできたらそれで龍の宮に返すことになり、同じ焔の子である煌との差に不憫なのではないのだろうか。

皆が黙る中、漸が言った。

「…龍は、昔から多種族からは敬遠されておったの。龍王が目を光らせているのもあって、娶って子が龍だからと無碍に扱えぬから。今もそれは変わらぬか。」

維心は、頷いた。

「昔より龍の女は敬遠されるの。あれらは美しいので目を引くのだが、龍しか生まぬのは知っておるから物欲しげに見るだけぞ。今では我が許さぬと、手をつけられぬようにしておる。そうでないと路頭に迷う龍が多くなるからぞ。とはいえ…」と、焔を見た。「子をなさなけらば良いだけのこと。主にはもう、煌が居るしな。ようよう気を付けるのなら、阿木を娶るのを許さぬ事はない。維月がどう申すか分からぬがな。」

焔は、パッと顔を上げて維心を見た。

「誠に?良いのか。」

炎嘉が割り込んだ。

「だから維月が何と申すか分からぬと言うておろうが。恐らく主の前を知っておるから、反対しようぞ。あれが反対して、維心に許せると思うのか。」

焔は、また肩を落とした。

「ならばどうすれば良いのよ。維月は気強(きごわ)いゆえ、我の話など聞かぬだろうが。」

維心が言った。

「ここはとりあえず、文でも出して少しずつ阿木との距離を近付けるのだ。阿木が望めば、維月も強くは言えぬ。長期戦になるだろうが、励むが良い。あれの心を何とかものにすれば、娶ることも可能よ。維月には、我から主の心持ちを話しておこう。慎吾にもな。最上位の宮の妃となるとかなり敷居が高いが、主の頑張り次第であると思うぞ。」

焔は、頷いた。

「ならば文を書こう。」と、立ち上がった。「こうして居れぬ。我は部屋に帰る。」

志心が、慌てて言った。

「こら。まだ皆浸かっておるのに!」

焔は、さっさと脱衣所へ向かいながら言った。

「主らはゆっくりせよ。我は行く。」

…思い付いたらそればかりであるな。

皆は思ったが、それをミオクルしかなかった。

翠明が、黙っている公明を見た。

「主は複雑であろうが、焔はあんな奴なのよ。今は桜は主の妃であるし、気にするでないぞ。」

公明は、ため息をついて頷いた。

「分かっておる。だが、あれが離縁してくれたからこそ今があるゆえ、今は何もないわ。むしろ誰かを娶ってくれた方が、こちらも安堵するものよ。」

同じ王の別れた妃が自分の妃なのだから複雑だろう。

そんな中、漸だけは何やら月を見上げて、何かを考え込んでいたのだった。

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