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その事件

いつものように、ガクは維翔に会いに龍の宮を訪れていた。

維翔がいつもの如く、飄々と話すガクに苦笑していると、臣下が駆け込んで来た。

「王!エンゴウ様のお子様のエンサ様が何者かに捕らえられて連れ去られたようでございます!」

「何だと?!」

維翔も立ち上がったが、ガクも立ち上がった。

「すぐに探さねば。だが、もう息は無いやもしれぬの。」

それが当然の世の中だ。

生かしてどこかに置いておくなど、まずない。

リスクがあるので、必ず殺す。

そういう世の中だった。

「…犯人を捜してやらねば。」ガクが言った。「必ず。エンゴウはその相手を己で殺したいだろう。」

維翔は、頷いた。

「だが、気の残照はあったのか?」と、臣下を見た。「エンゴウは何と?」

臣下は答えた。

「はい。エンサ様の寝室まで押し入っておるのですが、気を放った様子はなく気の残照はなかったとのことです。」

ならば追えぬ。

維翔が眉を寄せていると、ガクが言った。

「匂いが残っておるわ!」と、居間の窓から飛び出した。「我は先に行くぞ!維翔。匂いを追う!犯人の匂いが無くとも、エンサの匂いがある!」

「待て!我も参る!」と、維翔は立ち上がった。「後は頼んだぞ。」

臣下は、頭を下げた。

「は!」

維翔は、遠くなるガクの背を追って、エンゴウの宮を目指して飛んだ。


エンゴウは、がっくりと項垂れて居間に居た。

軍神達があちこち飛び回っているのが見えるので、恐らくエンサを探しているのだろう。

ガクに追い付いた維翔が、共にそこへと入って行くと、エンゴウは涙を流したまま、二人を見返した。

「…維翔、ガク。やられた。ちょっと我が出ておる間に、結界が甘かったのかもしれぬ。」

維翔が、近寄ってその肩に手を置いた。

「我らが探してやるゆえ。気は残っておらなんだのだの?」

エンゴウは、頷いた。

「残っておらなんだ。仕方なく臣下達にあちこち探させておるが…エンサの気も感じ取れずで。もはや命もないままそこらに転がされておったら見つからぬわな。」

ガクが、首を振った。

「問題ないぞ、エンゴウ。我が探してやるゆえ。匂いを追うのだ。」

エンゴウは、涙を流したままガクを見上げた。

「そのような…我にはそんな能力はない。できたらやっておる。」

ガクは、自分の胸を叩いた。

「我が!我ができる。誰より嗅覚は優れておる。獅子や白虎より我が一番に優れておるのだ。探してやるゆえ。主の息子の着物はないか。それの匂いを覚えて探して来てやる。案ずるでない。」

エンゴウは、涙を拭って立ち上がった。

「こちらぞ。」

二人は、エンゴウに案内されるまま、奥宮のエンサの部屋へと向かった。


そうして、ガクは維翔にもエンゴウにも分からない、匂いというものをすぐに覚えてさっさとエンサと賊を追った。

その匂いは、遥か島の北の方へと続いており、誰も統べていない山脈の辺りにまで飛ぶことになった。

そこの、山の湖の前で、賊は酒盛りをしていた。

傍にはエンサが裸で転がされており、もはや命はないようだった。

どうやら着物やらは、賊の酒代と消えたようだ。

賊は、大きな宮の跡取りならば、余程良いものを着ておると思うたがたかが知れていた、と愚痴っていた。

エンサの部屋から盗って来ただろう他の品もあったが、それはまだ売り払ってはいないようだった。

それを、維翔とガクが逃がさぬように足止めしている中、エンゴウが散々に嬲って殺した。

その殺し方はかなり残虐で、維月は直視できなかったが、維心も炎嘉も、鵬も義心もまんじりともせずに見つめていた。

殺さぬようにじわじわと、まずは手足の爪を剥ぎ、指を折り、後に切り落とし、目を片方ずつ潰して行き、頭皮も剥ぎ取った。

耳を落とし、鼻を削ぎ落し、それでもそれらは死なない。

すぐに止血されてしまうからだ。

それでも、痛みは残る。

そして、気を失うことは許されなかった。

その後は手足と性器を切り落とした後、鳥の宮の結界外の入り口前に、生きたまま吊るされ続けて晒された。

実にひと月の間、それらはそんな状態でも生きていた。

そして、皆に充分に恐怖を与えた後、死んで逝ったのだった。

「…今では出来ぬ事よな。」維心が、ぼそりと言った。「確かに効果的ではあるが。」

炎嘉が、頷く。

「ようあそこまでと思うほど、徹底的にやったの。今の罪人はそう考えると甘いわ。もっと引き締めても良いやもしれぬぞ。」

維心は、フンと軽く鼻を鳴らした。

「これは古代の事ぞ。今はこの頃より良うなっておる。ここまでやる必要はない。」

とはいえ、時々散々に嬲り殺したいと思うような輩も出て来る。

維心は、一応このやり方も覚えておこう、と思っていた。


後に、王の集まりの席で、この事件の事は問われた。

エンゴウは事の次第と沙汰を説明したが、白虎の王であるシマがフンと鼻を鳴らした。

「匂いだと?原始的な。我らはとっくにそんなものに頼らず生きておる。匂いを覚えて嗅いで追うなど、さすがは犬ということか。所詮そんなもの。神とは名ばかりよ。」

ガクは、ムッとした顔をした。

エンゴウが反論した。

「気の残照もなかったのだ!追われてはと考えて賊がそのようにしたからぞ。それで主らに追えるのか。ガクは我のためにエンサの仇を打つ機会をくれたのよ。あのままでは山脈の中でエンサは野ざらしになるところであったわ!」

すると、獅子のハヤが言った。

「だが土地に這いつくばって匂いを嗅ぐのだぞ?神がそのような事をしておるなど、我らが恥ずかしいわ。そもそもが、主が己の結界内にそんなものを侵入させるからこんなことになったのではないのか。我らに申してもやらぬところ。犬に頼んだのは正解であったの。」

嘲るような物言いに、エンゴウは叫んだ。

「うるさいわ!これ以上犬犬申すな!主らとて、どうせ四つ足で地面に這いつくばっておるくせに。本性でも気が無ければ飛べぬ上、水の中も行けぬのだろうが。我はの、己で出来たら地面を這うてでも探したわ!何が神ぞ、そこらの獣の方が余程誇りをもっておるわ!」

維翔が、割り込んだ。

「待て。」と、シマとハヤを見た。「主らも。言葉が過ぎるぞ。ガクに謝らぬか。これが主らより優れた嗅覚を持っておるから妬ましいのだろうが。主らに頼まなんだのは、どうせガクには劣るからぞ。神として、他の神を助ける事が何ほどに愚かだと申すのよ。」

シマは、立ち上がった。

「こんな獣にちょっと毛が生えたぐらいの神に下げる頭などないわ。己が少し力を持っておるからと偉そうに申すな、維翔。」

ハヤも、同じく立ち上がる。

「どうしてもと申すなら、攻めて来るが良いわ。受けて立とうぞ。それとも、こちらから参るやもしれぬぞ?」

馬鹿にするばかりの二人に、ガクは腹を立てて立ち上がった。

「一族を馬鹿にされて引っ込んではおられぬわ!受けて立つ、攻め込んでやるわ!」

そういう時代だ。

二人は、笑って背を向けた。

「おお、来るが良い。待っておるぞ?」

そうして、ハヤとシマの二人はそこを出て行った。

エンゴウが、言った。

「行くか?だったら加勢する。あやつらの態度には我慢がならぬ。」

ガクはギリギリと歯を食い縛りながら頷いたが、維翔が言った。

「…我は行けぬぞ。」二人が驚いた顔をすると、維翔は続けた。「全面戦争になる。我でも、まだあの二人には完全に制圧できると言えぬのだ。何より、あれらは回りに出来て参った宮の王を取り込んで、力をつけて参っておる。あれだけ大きく出られるのも、戦となったら我一人の力で何とかできるものではないことを知っておるからぞ。サシの勝負なら我は誰にも負けぬが、臣下を背負って主らも背負ってでは分が悪い。今戦などしてはならぬ。エンゴウ、主には他にも子が居るであろう。それらも戦に出る事になるのだぞ。これ以上亡くしたいのか。」

エンゴウは、ぐ、と黙った。

ガクは、ブルブルと拳を震わせていたが、叫んだ。

「もう良いわ!我が何とかする!」

「待て、ガク!」

維翔とエンゴウが叫んだが、ガクはそこを出て行ってしまったのだった。


維翔は、ガクを案じて何度も使者を送り、戦は思い留まるようにと説得を試みた。

それでなくとも白虎と獅子の動きは不穏だ。

今は手を取り合ってこちらからの侵攻に備えているようだった。

維翔は、自らも周辺の宮を己の側に付ける行動を起こしてはいたが、まだ時期尚早だと思っていた。

完全にこちらについたと安心しなければ、あっさり寝返られては後が面倒なのだ。

それは、白虎と獅子にも言えることで、あちらも己の傘下が居るとはいえ、状況を見ていつ寝返られるかとハラハラしていなければならなくなる。

なので、本当なら戦はまだ、避けたいはずなのだ。

エンゴウも、同じく傘下を多く抱え始めていたが、同じような状況だった。

ガクだけが、まだ周辺の宮とは全く交流していなかった。

困ったと聞いたら助けてやったりはしているが、自分の下に下れとか、そんな事は言わない性質なのだ。


そんなある日、ガクが訪ねて来た。

「…維翔。話がある。」

維翔は、こちらも話したいと思っていたので、ホッとして頷いた。

「よう来たの。我も話したいとずっと思うておった。座れ。」

ガクは頷いて、椅子へと座った。

そして、言った。

「…白虎と獅子の嫌がらせが酷い。主の説得もあったし無視して集まりにだけ行かぬでおこうと考えておったが、昨日は我の眷族の数人、殺されかけたのだ。逃げたがすぐに追って返り討ちにしてやったがの。だが、主が言うておった平和な世には程遠い。このままでは、やはり戦をして黙らせるしかなくなりそうよ。」

維翔は、ため息をついた。嫌がらせと。

「…困ったものよ。主単独にはあちらは敵わぬのを知っておるから、怒らせて準備のできておらぬ今叩こうと考えておるのだろう。何しろ、主の気はあやつらより大きいだろう。サシになったらあちらは勝てぬのを知っておるのだ。犬神の能力は侮れぬからの。」

ガクは、維翔を見た。

「維翔。我は、もう疲れた。」

維翔は、眉を上げた。

疲れた?

「…どうした。もし事が起こったら、我は維海は連れて参れぬが、我だけなら戦に出ても良いぞ。維海に子ができたばかりなのだ。無理はさせられぬ。」

ガクは、首を振った。

「違う。もう、他に迷惑をかけるのも、他の神から迷惑を掛けられるのも疲れた。我だって、子が生まれた。あれらがこのままでは神世の戦に巻き込まれて、死ぬことになる。そんな未来は要らぬ…我は、己の力を最大限に結界に使って、内に籠る。外とは一切交流しない。もう、神と関わるのは、やめる。」

維翔は、驚いた顔をした。

「そのような。やられっぱなしで、悔しゅうないのか。」

ガクは、苦笑した。

「そのうちにあれらは、主の足元に屈しよう。我には分かる。主の力は他を凌駕しておるからの。我は…ただ、楽しく生きたいだけなのだ。あんな奴らの、顔を見るのも否ぞ。もう二度と会いとうない。ゆえ、内に籠る。すまぬ、我の事は忘れてくれ。」

ガクは、立ち上がった。

そして、窓へと向かう背に維翔は呼び掛けた。

「ガク!」ガクが足を止めると、維翔は一瞬黙ったが、続けた。「…また、黄泉での。」

ガクは、振り返りもせずに頷いて、そうして振り切るように、そこを出て行ったのだった。


その次の年に、維翔はシマとハヤの首を取った。

その息子たちは、維翔に平伏したので命までは取らなかった。

維翔は、北の方角の空を見上げて、思った。

…どこかで、ガクは見ておっただろうか。


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