秋津の文
やっとの事で部屋へと戻った時には、もう個別の話し合いの時間終了10分前だった。
それでも、あの数の厨子を一つ一つ検分していた事を考えたら、維心と炎嘉はかなりの速さで目的を達して戻って来れたと言える。
炎嘉は、急いで言った。
「もう、まとめて見ようぞ。」と、手を翳した。「時がない。」
維心も、頷いた。
「急げ。読んだ内容はすぐに我に説明せよ。」
二人は、一気に文箱の中の文を頭に流し込んだ。
頭の中の文面を理解しながら吸収した後、炎嘉はため息をつく。
「…誠に厄介な。王はあれを皇女と認めておらぬのに、加賀のことをとにかく評判の良い皇女にするように、侍女達に根回ししろと矢のようにせっついて。あれの美貌を使えば、軍神達も手玉に取れようから、そちらからも皇女を娶りたいと思うような噂を流し、上位の軍神に娶られるようにせよと言うておる。しかも、その際秋津では身分柄許されぬが、皇女と共なら屋敷へ行けると軍神を籠絡し、愛人になれと申しておるわ。加賀を上位の軍神に、どうあっても娶らせたかったようだの。」と、維心を見た。「維心?」
維心は、目を見開いていた。
そして、言った。
「…奈綱ぞ!」え、と炎嘉が驚いていると、維心は続けた。「奈綱が殺したのだ!真須は庇っておるのよ、奈綱が秋津とやり取りしておる!」
と、文箱を開いて中身を引っ張り出した。
炎嘉は、言った。
「どういう事ぞ?真須ではないのか?」
維心は、頷く。
「見よ!奈綱からの文。ここに、深夜巽を離宮へ呼び出せと書いてある。アリバイ作りは真須が言うておった通り、指示してある。だが指示したのは、奈綱。おかしいと思うたのだ、根付けを見つけたのが、焔であったのがどうあっても引っ掛かっておった!こういう事だったのだ!」
つまり、あれは焔が仕込んだのだ。
厨子をひっくり返した時にでも、落として蹴り入れたのだろう。
維心の見つけた方の文箱が、あんなに見つからない位置に隠してあったのは、そんな文が収めてあったからなのだ。
「…皆に言わねば。」炎嘉は言った。「王の暴挙もぞ。ここには、全ての証拠が揃っておる。やはり秋津が鍵だった。」
維心は頷いて、そうして二人は、扉を見た。
その時、義心の声が響いた。
《個別の話し合いの時間は終了しました。皆様、ホールへお出ましください。》
炎嘉と維心は頷き合って、そうして文箱を手に、外へと出て行ったのだった。
維心と炎嘉が、何やら塗りの箱を抱えて出て来たのを見て、皆がそれについて問おうとしたが、志心が言った。
「維心、忙しいのは分かっておるが、我は主に話があって。先に言わせてくれぬか。」
維心は、むっつりと頷いた。
「申せ。何ぞ。」
志心は、言った。
「実月が賜ったとかいうあの刀、斗起に譲ってくれぬか。」
維心は、手を振った。
「あんな刀、いくらでも持って参れば良いわ。実月は刀に執着はない。」
だが、佐津間が言った。
「待て、我だってあれを実月から手に入れねばならぬのだが。」
志心が、顔をしかめた。
「我の方が先だぞ。」
維心は、面倒そうに椅子へと座った。
「それはそちらで話し合うが良いわ。それより、これぞ。」と、皆の前に、その塗りの箱を差し出した。「我と炎嘉は、秋津の部屋へ行って来た。炎嘉は、秋津と交流があったゆえ、秋津の一日の動きを知っておった。なので、義心に秋津の部屋を調べられるかと聞いた時、秋津が部屋に居ない時ならできると返答があった。その時を知る事は、我にはできなかったが炎嘉が居たから分かったのだ。我らは、なのでその時を待って行って来た…文が示す結果、真犯人は、奈綱ぞ。」
焔が、眉を寄せる。
蒼は、嫌な予感が当たった、とどうすることもできずにそれを見守った。
英も、こうなって来るとどうしようもないとため息をついた。
焔は、維心を睨んで言った。
「…秋津の文箱の中に、その証拠があったと?」
維心は、頷いた。
「奈綱からの文が多数。主は、秋津を利用しようと近付いたな。主も、出世に執着しておって、王に取り入ろうと加賀を抱き込む魂胆だった。同じように出世を狙っていた瀬那は、しかし王の実態を知って興味を失くしていた。主は、さも加賀ではなく秋津に興味があるように近付いたのであろう。しかし、加賀から実は己も王の娘であると聞いて、秋津と関係を持ったと知られたら加賀までは自分の物にはできないと考えた。だからこそ、疎遠にしようとしておったのではないのか。秋津が、突き返されたらしい文もここに収めておった事から、それが分かる。その文面は、主と会う事を懇願しておったではないか。」
焔は、じっとそれを聞いていたが、フッと肩の力を抜くと、ため息をついた。
「…やはり主は違うの。簡単には騙されぬか。その通りよ。奈綱という神は、誠に反吐が出るほど悪い男でな。秋津を利用して加賀に近付こうとしておったが、秋津が王の隠し子であることから、秋津を娶ったら加賀は手に入らぬと思うた。だが、秋津は奈綱に傾倒し、何度も文を寄越した。己の秘密を明かすぐらいであるから、心を許しておったのだろうの。だが、奈綱からしたら面倒この上なかった。加賀が目標であって、秋津ではないからだ。」
確かに酷い男だ。
蒼は、庇う気持ちにもならず、それを聞いていた。
焔は、続けた。
「そして、己で他の侍女から巽と加賀の事を知った。何しろ、奈綱は序列も4位と高いし女はいくらでも寄って来る。なので、情報は入り放題だった。聞いていると、加賀は巽にほだされているようだった。それではまずいと、奈綱はしばらく放置していた秋津を利用して、加賀の悪評を流させた。どこかに何度も文遣いに行っているようなふりまでさせた。秋津を動かすのは簡単だった。加賀が王から厄介者としてどこかへ降嫁させられたら、秋津は自由になるだろうと言って、そうしたら一緒になろうと唆したのだ。秋津は、まんまと言うがままに動いた。巽を呼び出させたのは、別に加賀絡みであるとは秋津は思うていない。政務上、面倒な事になりそうだから始末したいのだと言って、離宮へとおびき寄せさせたのだ。そこで、待ち構えていて巽を殺した。死体を隠したかったが、誰かの気配がしたのですぐに逃げた。刀を持ち帰り、処理は真須に任せた。真須は、奈綱に幼い頃から庇われて育った気の弱い男だったので、恩を感じているらしく、これまたよく言う事を聞いたのだ。その罪を己が被ろうとまで言い出した。そんなわけで、奈綱はまんまと真須に罪を押し付けて、己は逃げのびようとしたのよ。遊戯であるからこの役をやったが、真実嫌な役回りだなと思うたわ。」
だから、最初から黙って皆の動きを見ているだけだったのだ。
皆が納得していると、蒼が秋津の文箱の文の数々を見ながら、言った。
「でも…奈綱は、秋津のことも想うておるようなのに。」と、皆がこちらを見たので、一枚の文を持ち上げた。「主が王の娘でさえなければ、と小さく書いている。きっと、本当は出世がどうのよりも、秋津の事を想っていたんじゃないかな。きっと、出世欲と秋津への想いの間で、悩んでいたような気がするよ。だって、奈綱ほどの能力がある神なら…だって4位だしね…巽をそれらしく殺して、秋津に罪をなすり透ける事だって出来たはずだ。それを、アリバイ作りまで指示して、秋津を守ろうとしてる。オレは…なんか、奈綱っていう神を、恨み切れないっていうか、悪い神じゃないと感じるんだよ。ま、友の真須には罪を擦り付けてるんだけどね。」
英が、苦笑した。
「それはの、真須にとっては本望だったのよ。」蒼が驚いた顔をして英を見ると、英は続けた。「真須は、幼少期は体も小さくて軍神家系に生まれたのに気も小さい。親からも厄介者扱いされたし、育っても序列もつかぬだろうと疎まれて育った。親でもそんな感じなので、回りはもっと冷たかった。そんな中で、奈綱は真須に声を掛けて来て、ずっと守って一緒に立ち合いも学んでくれた、いうなれば唯一の救いの神だった。何しろ奈綱は代々筆頭を任されるほどの強い家系で、生まれながらに優秀で、本来なら真須など放って置いても良いのに、ずっと世話をしてくれたのだ。そのお蔭で、真須は15位という高い地位につけた。だが、別の家系の中で、いきなり実月という恐ろしいほど優秀な神が現れた。回りと関わるのを好まないので、根回しも何もないのにただ、その実力だけであっさりと筆頭の座に座ったのだ。奈綱の家系は、筆頭から陥落し、その衝撃からかミスが続き、4位まで序列を落とした。奈綱は、何としても父親を見返してやりたいと、己の家系が筆頭の座に返り咲くのを夢見た。加賀は王の血を引いているので、その子を産めば実月より優秀になるだろうし、王も己の孫なのだから贔屓目に見るだろう。だからこそ、王の婿という位置にこだわったのだ。奈綱は神が変わったかのようだったが、それでも真須は知っておった。奈綱が、本来明るくて、思いやりがある神であることを。だからこそ、それを取り戻すためならば、真須は己の身などどうでも良かったのだ。奈綱に、幸福になって欲しかった。ただ、それだけよ。」
そんな背景があったのか。
蒼は、作り物の話であるのに、何やら涙が浮かんで来る心地だった。
時が経って行く。
もうすぐ、投票の時間になりそうだった。




