宿舎2
蒼は、永久として毅沙の翠明、来務の旭、瀬那の炎嘉と共に9位の佐津間の部屋へと入った。
蒼の叫びに慌てて上に上がって来ていたので、この階のもの達はほとんど隠蔽工作などできなかったはずだ。
佐津間役の高彰は一応容疑者位置ではあるが、怪しい言動はこれまで見られない。
むしろ、いつもはうるさい焔がやたらと静かなのが、何やら気になっていた。
なので、4位の奈綱の部屋を調べている、漸達の組が気になった。
とはいえそこには、焔自身も振り分けられていたので、隠蔽できていないにしても、何か上手いことやりそうで心配だった。
しかしながら、漸はかなり目も鼻も利くので、怪しい動きは簡単にはできないようにも思えた。
そもそもまだ、奈綱が犯人だとは決まっていない。
真須役の英が、何やらびくびくしているように見えるのは、気のせいだろうか。
蒼は、そんなことを考えながら、炎嘉の背を追って佐津間の部屋の中を眺めた。
永久の部屋と同じような造りだが、佐津間の部屋には刀が綺麗に並んで壁に飾られてあり、どうやら佐津間は刀をコレクションしているようだった。
炎嘉は、その刀を一本一本引き抜いて確認していたが、特に怪しいところはない。
むしろ綺麗に手入れされてあって、使ったことがないように見えた。
「…刀は怪しいところはないの。」と、寝室へと足を向けた。「となると寝室か。」
そちらへ向かうと、寝室はさっぱりしていて、特に何もない。
永久の部屋と同じで、衣装用の厨子がドンと置かれてあるだけで、綺麗に片付いていた。
「…厨子の中は?」
旭が、進み出て蓋を開いた。
「…別にないの。」
寝台の方を見ていた、翠明が言った。
「…文箱があるぞ。」
炎嘉は、振り返った。
「この際誰の文を盗み見たとか細かい事は言っていられぬぞ。中を見よう。」
翠明は、育ちの良い王族ならば誰もが感じる他神の秘密を暴く非礼に顔をしかめながらも、それを開いた。
「どうせ、今頃我らの部屋でも文箱を見られておるはずだ。書いた覚えもないヤツだが。」炎嘉は、言いながらそれを覗き込んだ。「…うーむ、こやつは男ばかりだのう。」
炎嘉は、片っ端から文を引っ張り出しては外へと放り出す。
蒼と旭と翠明は、それを一枚一枚確認しながら脇へと避けるが、確かに同じ趣味を持つ友の軍神から、誰々の仲良くなった職人伝いに良い刀が手に入りそうだとか、誰々の刀の柄に見事な細工がとか、そんな情報交換をしている文ばかりだ。
その中には、斗起の文もあった。
『実月が王から賜った刀を見せてもらいに今夜行こうと思うが、主は非番か?』と問うている。
つまりは、斗起も刀コレクターなのだ。
もちろん、佐津間は行けなかっただろう。
何しろ、離宮当番だった。
佐津間は仕事だと答えたのだろうが、斗起がそれに返信している。
『ならば、一人で行こう。また話を聞かせる。』
斗起は、だから一人で実月の屋敷へ行ったのだろう。
斗起は実月の友なので、王から賜った刀を宿舎ではなく屋敷に置いてあるのを知っていたのだろう。
だからこそ、屋敷に訪ねたのだ。
とはいえ、実月にどうして刀を見せて欲しいからと文を送らなかったのだろうか。
実月は、知らないからこそ宿舎に居たのだと思われた。
いくらなんでも友が訪問したいと言っているのに、留守にするほど実月の性格は悪くないと思う。
炎嘉もそう思ったのか、言った。
「…佐津間には連絡して肝心の実月に知らせぬのはなぜぞ?」と、首を傾げる。「知らぬから宿舎に居ったのだろう。突然に思い付いたわけではないのは、これで分かるぞ。」
翠明も、頷く。
「確かにおかしいの。佐津間はこれに、なんと返答したのだろうな。」
旭が、言った。
「それはまた話したいとか何とか、そんな感じなのではないのか?それにしても、これだとやはり佐津間は巽殺しには関わっておらぬか。全く女っ気がないしの。加賀と文をやり取りした形跡はない。」
翠明は、首を振った。
「分からぬぞ。残しておる方がおかしいからの。普通は秘かに交わした文を、無防備に文箱に収めて残しておくなどない。己の身が危ういからな。巽は軍神ではないから、そこのところの用心が足らぬ。」
確かにそうだ。
そう思うと、逆に何の女っ気もないのが怪しく見えて来る。
炎嘉は、ため息をついた。
「とにかく、これは確認したし次へ行こう。時が惜しいからな。10位は…ええっと、主ではないか、翠明。」
翠明は、顔をしかめた。
「まあ、一緒に行こうぞ。見たら呆れるやもだが、毅沙と我は別の神だからの。そこのところは分かっておいてくれ。」
何があったのよ。
皆は思ったが、佐津間の部屋を出て隣りの毅沙の部屋へと向かった。
毅沙の部屋は、とても明るい感じだった。
ちなみに毅沙は当日内回りで二番目の休憩に行っており、一番容疑者位置からは遠い。
犯行推定時刻に、皆と共に確かに居たからだ。
「ほほう、主の部屋は調度が明るい色合いだの。」旭が言う。「窓の布もうっすら桜が透けていて何やら女の部屋のような。」
翠明は、顔をしかめて言った。
「それにもわけがあっての。ま、ここには何もない。こちらぞ。」
言われるままに奥の寝室へと行くと、恐らく確認している最中に蒼の叫びを聞いたのか、文箱がひっくり返ったまま寝台の上に置いてあった。
翠明は、疲れた顔で言った。
「ま、見てみるが良い。」
言われるままに蒼、旭、炎嘉が撒き散らかされた文を見ると、佐津間とはうって変わって毅沙の文箱の文は、女からばかりだった。
しかも、一人や二人ではない。
それこそ宮の侍女やら、外の宮からと思われる文まで多種多様だ。
それなのにまだ誰にも手を付けていないのか、訪れを待ちわびる文から、来ると言って来ない事への恨みなどが面々と書き連ねてあった。
「…何をしておるのよ主は。あちこち色好い事ばかり言うて誰にも通うておらぬではないか。」
翠明が、むっつりと言った。
「だからそれは我ではない。毅沙ぞ。こやつはどうやら粉を掛けるのは好きだが、誰かに責任を持つのは嫌う奴のようぞ。相手をその気にさせるのが趣味なようよな。困った性質ぞ。」
蒼は、言った。
「でも、肝心の加賀の文はないよね。」
翠明は、頷いた。
「それはそうよ。面倒だからそんな地位のある女には興味もないわけだ。女好きだとは知っておったがここまでとは思わぬで、呆れておったら蒼の叫びが聴こえてそのままぞ。恥だから出る前に一瞬、消そうと思うたがよう考えたら怪しくなるなと、やめたのだ。どうせ維心殿が簡単に戻しよるしな。」
確かに、消し炭でも見つけようものならあっさり復活させられような。
炎嘉は、思って頷いた。
「別に、主が殺しをしておらぬのなら良いのだ。少々女好きでも、これは毅沙の事であるしな。余計なことをしたら面倒になるところであった。良かったのよ。」
翠明は頷いたが、自分がやっている役の男がこんな感じなので、ほとほと嫌気がさしているらしい。
一応、蒼は側の衣装用の厨子を開いて中を見てみたが、毅沙には派手な着物が多い、という事実しか分からなかったし、それ以上何も出て来なかった。
「…やはり主ではないな。」炎嘉が言う。「では、次ぞ。11位、澄嘉であるから、樹伊であるな。」
三人が頷いて、部屋を出ようとすると、義心の念の声が響いた。
《只今から、個別に話ができる時間になりました。》
あれから30分。
それにしても、人の頃に聞いた館内放送みたいだ。
蒼は思いながら、構わずズンズンと進んで行く炎嘉について、11位の澄嘉の部屋へと入って行ったのだった。




