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かつての友

維心と炎嘉の二人が茫然と漸を見つめていると、漸は炎嘉のような様で屈託なく笑った。

「何ぞ、主らはそのように。」と、続けた。「…我らはの、その昔はいつも共に居ったわ。維翔が何やら面倒なことを始めた時も、我は面白いと思うた。ゆえ、宮を建てたのは我が維翔の次だったのだぞ?炎郷はその次よ。」

炎嘉は、顔をしかめた。

「維心が維翔の生まれ変わりであったのは、前に維心から聞いておるから知っておるが、我が我らの始祖である炎郷の生まれ変わりと申すか?」

漸は頷いた。

「その通りよ。気の色がそのままであるからな。エンゴウという名もイショウという名も、その当時呼ばれていた名を後に今ある漢字に換えて、語り継いでおるのだと調べて知った。我はその頃、ガクと呼ばれておった。今、我らの間では我の名は樂と評されておって笑ったわ。樂とは、楽しむという意味があるそうな。我は華やかな事が殊の外好きであったからの。」

言われても、維心にも炎嘉にも全く分からなかった。

何しろ、初代の頃の記憶など欠片も無いのだ。

恐らく、無い方がいいとその頃の自分は思ったのだろう。

何しろ、維月の遥か前世である出海(いずみ)という維翔の妃の事を、二度とあんな目に合わせないためにと人に生まれ変わるのを碧黎に願って、己は神に転生したほどの神だったのだ。

とはいえ、維心として生まれ変わった自分は、人であっても維月を愛した。

魂の底にあった、記憶が関係していると思われた。

だが、漸を目の前にしても、特に何も思い出す様子はない。

出海ほど思い入れがなかったからだろうか。

いや、それでも維月を愛してはいても、出海のことは全く覚えていなかった。

「…すまぬが何も覚えておらぬ。とはいえ、犬神の事は昔から気にはしておったのだ。なぜか籠ってしもうたのか知らぬし、主らの記録は維翔の記憶の玉が見つかった時、やっとその中で交流していた姿を軽く見掛けた程度で…、」

「何と申した?!」漸は、食い気味に言った。「あれの記憶の玉があるのか?!」

びっくりした維心は、頷いた。

「長く知られずにおったが、我が妃が書庫の奥で隠されるように置かれておったのを発見したのだ。維翔がその生の終わりに次を継ぐ皇子に己の記憶を玉にして残せと指示した。なので、その中で…確かに犬神の姿も見ておる。」

漸は、涙を浮かべた。

「…やはりあれは賢しいの。あの頃には、まだ何かを記して残すというような事は少なくて、文字も今とは違った。紙も無かったしの。それでも、出来る限りは後に残さねばならぬとは、常申しておったのだ。後の者達が、同じ脅威に直面した時に、記憶ばかりを頼るのでは恐らく困るだろうと。あれが死の直前に、できることがそれだったのだろう。我とは…えらい違いぞ。」と、維心を見て、無理に笑った。「まあ、今主は目の前に居るのだがの。」

維心は、困惑した。

自分の友だったと漸は言うが、本当に何も覚えていないのだ。

そもそも、維翔としての記憶は全く無くて、記憶の玉もザッと維月と共に見たのが最後で、あれから見てはいない。

何しろ、全てを事細かく見てしまうと、維翔が生きた年月だけ見るのに時が掛かるのだ。

だが、もう一度見直しておくべきかもしれない、と維心は思った。

「…主が言うておることが、誠かどうか分からぬが、なぜかそれが真実だと感じる。」維心はまだ戸惑いながら言った。「何しろ、維翔の記憶の玉もそこまで深くは見ておらぬ。長い生であったし、全てを見ておったら時が掛かるゆえな。一度、主との事に焦点を当てて見直してみる事にする。さすれば、主が何を言うておるのかも分かろうというものだしの。残念ながら、我の維翔としての記憶はもう頭の中にない。友となるのなら、これから関わって関係を構築して参ろう。」

漸は、頷いた。

「ならばそのように。とはいえ、我は白虎と獅子には未だに心理的に軋轢があっての。主らのように接しられるかまだ分からぬ。記憶を見れば、何があったか分かろうが…それで、判断してくれたら良いわ。我が今一度主らと共に世を統べて守るのか、それとも乱すばかりだともう一度籠る事を選んだ方が良いのか、主らの決定に任せる事にする。」

炎嘉は、首を振った。

「そのような。せっかくに出て参ったのではないのか。我らは主がもう一度籠ることは望んでおらぬ。白虎と獅子と何があったのか知らぬが、しかし今は違う王が統べておるのだし。一度主も歩み寄る事を考えると良いぞ。ま、維翔の記憶の玉を見て参るから、それからまた連絡することにするが。」

漸は、頷いた。

「ならばそれで。」と、踵を返した。「今はこれまで。我が眷属の事を世話してくれておるのは感謝しておるが、次に会う時にそちらもどうするのか決めようぞ。そうして、できたらその玉を、我にも見せてもらいたいものよ。」

維心は、頷いた。

「ならばそのように。できたら次の会合に来てもらって顔見世をと思うておったが、昔の軋轢を何とかしてからになろうか。」

漸は、頷いた。

「そうであるな。我は未だにあれらの気を感じると虫唾が走るほど嫌いでの。とはいえ、これはずっと昔の記憶よ。我も分かっておるゆえ、柔軟に考えようとは思うておる。」

いったい、何があったのよ。

維心も炎嘉も思ったが、頷いて檀上から降りて来て、歩み寄った。

「見送ろう。何があったか知らぬが、主は今別の生を生きておるのだし、できたら新しい気持ちで我らと対して欲しいものよ。」

漸は、維心の顔を見て笑った。

「維翔…ではないな。維心。だが、主はよう似ておる。まあ同じ血筋に生まれた本神であるから当然ではあるがな。」

炎嘉が、反対側の隣りから言った。

「こやつの家系は皆こんな顔ぞ。そっくりなのだ。むしろよう主が見分けておるなと感心するわ。」

漸は、それを聞いて大笑いした。

「ハハハハ、いや、すまぬの、主があまりにも変わらぬから。」炎嘉が顔をしかめると、漸は涙をぬぐいながら笑った。「やはり主らは主らぞ。覚えておらずともの。連絡を待っておる。」

漸はそう言うと、さっさと慣れたように先に歩き出した。

維心と炎嘉は急いでその後ろを追いながら、迷いもなくこの巨大な龍の宮の中を歩くその背は、間違いなくここに来た記憶があるのだと確信させるのに充分だと思っていた。


そうして、漸の訪問は呆気なく終わった。

急いで維翔の記憶の玉を鵬に持って来させた奥宮の居間で、まだ寝ていた維月を叩き起こした状態で、並んで座っていた。

炎嘉も、その隣りに並んで座り、鵬が床に膝をついた姿勢で居て、義心も同じく呼び出されてそこにいた。

維心は、まだ目をこすっている維月に言った。

「維月、何度も途中で起こされて眠いであろうがもう昼前であるし、そろそろ起きておかねば夜眠れぬぞ。」

維月は、頷いた。

「分かっておりますわ。もう起きねばとゆるゆるしておったので、まだ目がシパシパ致しまして。申し訳ありませぬ。」

炎嘉が言う。

「漸のことは主も知っておいた方が良いからの。鵬も義心も呼んだのはそのためなのだ。しっかりせぬか。」

維月は、頷いて炎嘉を見た。

「はい、大丈夫ですわ。」と、ハッとした。「まあ炎嘉様、それは前に我がお仕立て致しました公式の着物ですわね。手を通してくださって嬉しいですわ。」

炎嘉は、頭がハッキリしてきたかと、頷いた。

「助かった。此度はこの着物があったゆえ、臣下も納得しての。何しろあれらは派手な柄ばかり持って参って。これは落ち着いておるし、月の気がするゆえと説得してこれにできたのだ。礼を申す。」

確かに鳥達は炎嘉にこれでもかと豪華な着物を着せたがる。

また似合うのだが、炎嘉はそこまで派手好きではないのを、維月は知っているのだ。

「さて、維月もしっかりして来たところで、これを見ようぞ。」維心は、恐らく遥か古代の自分の記憶を、目の前に浮かせた。「犬神に関係している場所ばかりをよって映す。」

光は、正面の壁に当たった。

そこには、今の維心と同じ黒髪に深い青い瞳の少し粗野な雰囲気の、維心そっくりの神が浮かび上がった。

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