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元旦の夜

維月達が広間へと戻って行くと、王達は皆テーブルの前に座って、ジョッキに注がれたビールを片手に話をしていた。

さっきめんこで散らかっていた畳の上には、今は琴やら琵琶やらが置かれている。

維月は、維心の隣りへと座りながら、言った。

「王。楽をなさるのですか?」

維心は、頷いた。

「おお維月。そうなのだ、主らが戻ったら楽の遊びでもしようかとの。」と、自分の隣りの漸を見た。「漸の演奏も、また聞きたいしな。」

ちなみに維月は、炎嘉と維心の間に挟まっている形だ。

炎嘉が言った。

「何か練習して参ったか、維月?こうなる事は想定しておったろう。」

維月は、ため息をついた。

「分かっておりますわ。ですが、我はマーダーミステリーの準備に忙しくて。少し琴に触れたぐらいでありまして。」

志心が、笑った。

「まあ、それでも主は維心と碧黎が師匠なのだから。それなりに弾けるであろうて。どうよ?何か弾いてはくれぬか。先ほどから維心に戻ったら維月に何か弾かせよと言うておったのだ。」

維心が、少し困ったように維月を見ている。

怒らせるのではないかと案じているようだ。

維月は、維心のためにも仕方なく頷いた。

こうなるだろうことは、何となく予想できたことなのだ。

それに、字を散々に褒められて来たところなので、それも維心の指導があったからだと思うと、報いてあげたい心地にもなる。

維月が畳に移ろうとすると、綾が翠明に言った。

「王、我も!我も維月様とお手合わせしたいですわ。」

それが、綾の思いやりなのだと維月には分かっていた。

綾は、維月がたった一人で皆の前で演奏させられるのを、阻止ようとしてくれているのだ。

すると、天音も言った。

「ならば、我も。」と、覚を見た。「花を添えたいと思いまする。」

覚は、仕方なく頷いた。

今や天音がかなりの腕なのは、誰より覚が知っている。

内輪ばかりなので扇を閉じて胸元に挿すと、維月は数々の琴の中から弾きなれた十七弦を見つけて、侍女に指示して準備させる。

綾も、箏を選んで己の前に持って来させて、維月を見た。

「何なりとおっしゃってくださいませ、維月様。我がついて参りますから。」

心強い。

維月は、微笑んで頷いた。

「綾様がいらしたら、何でも弾けるような心地になりますわ。」と、天音を見た。「天音様の笛をまた聴けるのは嬉しい限りですこと。」

天音は、真剣な顔で頷く。

「任せてくださいませ。この日のために精進して参りましたから。」

さて、問題は演奏する曲だ。

なんやかんや言って、結構な数の曲をこれまで習って来たのだが、こんな時は何を弾いたら良いのだろうか。

綾が、維月が爪を付けながら悩んでいるのを察して、言った。

「そうですわね。ならば雪の降る里、などいかが?こちらは雪深いですし。」

知っている。

知っているが、二つの琴で良いのだろうか。

すると、楢が言った。

「その曲ならば、我が琵琶を致しましょうか。」綾と維月が驚いてそちらを見ると、楢は微笑んだ。「その曲は、我も幼い頃に習いましたの。」

維月は、頷いて言った。

「まあ。楢様からそう言って頂けるなんて。共に演奏していただけたら嬉しいですわ。」

樹伊が、楢を心配そうに見て言った。

「楢、宮では楽器に触れているのを見た事もないのに。大丈夫か?」

楢は、微笑んで頷いた。

「はい、王よ。実家ではよう、弾いておりましたの。父が…あまり聴きとうないと仰って、父が居ない時になのですけれど。」

渡は、楽が嫌いなのか。

珍しい神も居るものだと思ったが、樹伊は頷いて楢が畳の上へと向かうのを見送った。

侍女達が急いで琵琶を準備する中、綾が言った。

「良かったこと。琴が二つでは心もとないと思うておった所でありましたから。琵琶を弾かれるとは風流ですこと。」

楢は、フフと寂し気に微笑んだ。

「はい…姉が好んで。まだ幼い頃から、よう教えてくださったのですの。」

維月は、それを聞いて思った。

渡が聴きたくなかったのは、松がよく琵琶を弾いていたからだろう。

それほどに、父王に疎まれるようなことをしたというのだろうか。

維月は、そう思うと腹が立ったが、今怒っても仕方がないので、楢に言った。

「良いご趣味ですわ。我も、父に教わって最近少し琵琶を弾けるようになったばかりで。また教えくださいませね。」

楢は、微笑んだ。

「我などまだまだですけれど、それでも維月様のお力になれるのでしたら。」

楢は、維月を助けようとしているのだ。

この初めての場で緊張していた楢にとって、維月の暖かい歓迎はとてもありがたかった。

お陰で皆と早くに馴染む事もできて、この中でやって行ける自信もついた。

なので、何とかこの場を平穏に終えられるように、手助けしようと思っていたのだ。

そんな妃達の様子を見ながら、炎嘉は小声で言った。

「…維月は上手くやっておるようよ。主とは違って付き合いは維月に任せておけるので安心であるな、維心。」

維心は、軽く炎嘉を睨んだ。

「我に付き合いを求めるでない。維月は何に対しても優秀なのだというのに。」

漸が、怖いほどジーッと楢を見つめている。

そういえば、楢が松とそっくりだと言っていたが、確かに似ているし、それに琵琶は松から教わったのだと言う。

それは聞きたいだろうと思った。

「では。」維月は、爪を付け終わって皆に頷きかけた。「我は主旋律を。後はよろしくお願い申しますわ。」

綾が、頷いた。

「お任せくださいませ。」

綾の腕は名手の域だ。

維月は安心して、雪の降る里を弾き始めた。


「…やはり良いなあ。」焔が、4人の演奏に聞き入りながらため息をついて言った。「維月の音の正しさは、維心譲りであるが、それを補佐する綾の箏の見事なことよ。それに琵琶…控えめであるのに、なんと冴え冴えと。笛が自然に溶け込んでおって、とても即興だとは思えぬ音ぞ。」

いきなり合わせたにしては、各自の腕が良いせいで完成度が高い。

維心は、じっと耳を澄ませた。

維月の音は確かに正しいのだが、そのお陰で回りが合わせやすいのだ。

下手にアレンジしたりすると、とちったりするのだがお陰でそれがない。

正しいとはいえ、絶妙に緩急をつけて来るのでそれがまた心地よい。

その意図を汲み取って合わせる外の楽器も見事だった。

皆が惚れ惚れと聞き入っている中、漸はひたすらに楢をガン見していた。

演奏しているのだから別に見ても良いのだが、あまりにも凝視し過ぎていてこちらがハラハラする。

だが、樹伊も己の妃の演奏姿に見入っていて、そんな漸には気付かないようで、他の王はホッとした。

とはいえ漸の様子に気付いても、風呂で漸の興味の対象は松だと聞いて来たところなので、気にしなかったかもしれない。

そんなそれぞれの思惑の中で、演奏は美しく消えて行くように終わった。

「素晴らしい!」旭が、空気を読まずに手を叩いて言った。「ここでは定番の曲であるが、こういった風なのは初めて聴く。誠に良いものを聴かせてもろうたわ。」

そういえば、旭の宮では雪ばかりなのだからこの曲は定番かもしれない。

その旭でも、絶賛するほどの出来だったようだ。

維月は、爪を外して頭を下げた。

「皆様に助けて頂いて、これよりのことはありませぬ。我一人ではとてもとても。」

綾が、言った。

「変わらず良い音色をなさる維月様について参るのは、とても楽しいことですわ。誠に良い経験でありました。」

天音も、楢も微笑んでいる。

維月は、友達って貴重よね、と心底思っていた。

そして、立ち上がった。

「では、これよりは王の演奏をお聞かせ頂きたいですわ。我らに御指南くださいませ。」

綾、楢、天音も立ち上がって畳を降りる。

炎嘉が、立ち上がった。

「では、女に負けてはおられぬぞ。皆、腕に覚えがあるものは参れ。」

そうして、王達が畳へと上がって行く。

そこからは、楽しい楽の演奏会が始まったのだった。

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