妃の茶会
一方、維月達は、隣りに用意された広い部屋へと通されていた。
そこは、美しく磨かれた床に、細かい装飾がされたテーブルと椅子が置かれてあって、茶の準備も既に整っている。
旭は、今日のためにいろいろ蒼に問い合わせて、二年も掛けてしっかり準備を整えてくれたようだった。
だが、旭の妃は今回参加していない。
どうやら、麗羅が出産で戻っているので、宮を離れられなかったようだった。
維月は、向こう側の上座の中央に案内されてそこへと座った。
両脇には仲が良い翠明の妃の綾と箔炎の妃の椿、そして維月の前には樹伊の妃の楢と公明の妃の桜、覚の妃の天音と加栄の妃の三奈と英の妃の佐江は、それぞれ空いている席へと分かれて座って行った。
今日は、蒼の妃の杏奈はコンドル城へと里帰りしたのでここには居ない。
維月は、自分を含めて8人の妃達と向かい合いながら、序列順に話しかけて行こう、とまずは、箔炎の妃である椿に話を振った。
「椿様。子育ても落ち着いていらして穏やかにお過ごしだとお聞きしておりますが、いかが?」
椿は、微笑んで頷いた。
「はい、維月様。毎日が穏やかと申しますか退屈で、この日を楽しみに待っておりましたの。此度は七日もご一緒できると聞いて、何をお話しようか楽しみでありましたわ。」
維月は、頬んで頷いて、正面の椅子に座る、楢を見た。序列的には次は翠明なのだが、目が合ったし、何より上から二番目に入るとそう、順に厳しくもない。
「楢様。初めてお目に掛かりますわ。お会いしたいと思うておりましたのよ。どうぞおよろしくね。」
楢は、緊張気味にしていたが、微笑んで頭を下げた。
「龍王妃様にお目通り願えるだけでも光栄なことでございますのに。このように茶会の席にお招き頂きまして、大変に嬉しく思っておりますわ。」
緊張はしているようだが、落ち着いていておっとりと話している。
見るからに、育ちの良さそうな様子で仕草も完璧だった。
次は翠明の妃の、綾に声を掛けた。
維月は、隣りを見た。
「綾様。友と会える機会が少ないのでこのような催しは心が躍りますわね。本日はお好きな菓子をたくさん作って持って参りましたわ。共に楽しみましょうね。」
明らかに、綾には親し気だ。
それは、皆が見て思っていたし、楢以外はそれを知っていた。
綾は、微笑んで頷いた。
「はい、維月様。いつも戴くだけでありますから、我も此度は侍女が習って参った作り方を見て、維月様のために柑橘を使ったジャムを作って参りましたの。何やら、スコーンというものまで侍女が習って来たと申しますし、それを焼いてジャムを添えて食すとそれは良い味で…。共に楽しみましょう。」
綾が頑張って作ってくれたのか。
維月は、嬉しくて微笑み返した。
「まあ。楽しみですわ。」と、公明の妃の、桜を見た。「桜様。皇子の公青殿はお元気?賢しいので大変だと公明様が仰っておるのを小耳に挟んだのですけれど。」
桜は、答えた。
「はい、維月様。あの子は誠に、王の父上の公青様の生まれ変わりではないかと言うほど頭が良くて…。毎日、軍神達が追い回すのが大変なようですわ。我ではもう追いつけませぬの。」
公明の皇子の公青は、確かにかなりのやんちゃっぷりで度胸もあり、活発な上賢しいらしい。
次の王としては心強いが、あまりにも活発なので宮が大変なのだと言っていた、と維心から聞いていた。
維月は頷いて、次の序列の覚の妃である天音を見た。
「天音様。月見の折の笛が見事だったので、王もまた聞きたいと仰っておりましたわ。此度も長くご一緒なので、聞けますかしら。」
天音は、微笑んで頷いた。
「もったいないお言葉ですわ、維月様。あれから王が里帰りを渋られなくなって、思う存分実家へ帰って父に習って参りましたの。吹ける曲も増えましたし、また共に合奏してくだされたら嬉しいですわ。」
恐らく、覚も妃の演奏を褒められて、宮の評判が上がる事を知ったのだろうと思われた。
天音は、それを良い事に腕を上げて来たのだ。
維月は、あともう少しだと加栄の妃の三奈を見た。
「三奈様。最近ではお忙しさもマシになられたかしら。そう言えば、綾様とお文を行き来なさっておいでだとか。」
三奈は、頬を赤くしながら頷いた。
「はい、龍王妃様。我の力が及ばぬので、綾様にお問合せをしていろいろご指南頂いておりますの。それもあって、最近では何とか己で宮のお務めをこなせるようになりました。」
維月は、頷いて最後の英の妃の佐江を見た。
「佐江様も。確か椿様にお問合せしていらっしゃるとか?」
佐江は、頷いた。
「はい、龍王妃様。宮が近いので椿様に何度もお伺いしてしもうて…椿様は、いつも大変にきめ細やかにお教えいただくので、我も務められておりますの。椿様は、お手も素晴らしくて宮でも書を見て皆、驚いておりました。」
椿が、苦笑した。
「まあ…我など。維月様のお手の素晴らしさを見たら。」
維月は、やっと全員に声を掛けたと、ホッとため息をついて、椿を見た。
「我など王にご指南頂いてやっとの事ですわ。綾様のお手もかなりのもので。お恥ずかしいですわ。」
綾は、ブンブンと首を振った。
「まあ何と言う事を。維月様のお手には、誰も敵いませぬのに。」と、後ろの侍女を振り返った。「滝。筆と紙をこれへ。」
え、今から書くの?
維月は思ったが、こういう遊びは茶会の席の暇つぶしにしょっちゅうするのだ。
維月は、苦笑した。
「綾様ったら。では、墨を擦る間我が持って参った菓子を食しましょう。本日はプリンですわ。術で冷やしておいたので、のど越しもよろしいですし。」
綾は、目を輝かせた。
「嬉しいですわ。維月様がお手ずから作ってくださったのですか?」
維月は、フフと笑いながら頷いた。
「はい。昨日の夜台番所の神達と作りましたの。とても良くできましたのよ。」
維月の侍女の早紀が、勝手知ったる様子で厨子を手に入って来て、プリンの入った器を配り始めた。
楢が、初めて見るのだろう、目を丸くしながら目の前に置かれたプリンを見つめている。
維月は、微笑んで言った。
「楢様には初めてであられますわね。これは、我の里の月の宮ではよく作られるもので。あちらは人世との架け橋でありますので、人世の珍しいものが多いのですわ。よろしければまた、月の宮にもお遊びにいらしてくださいませ。」と、言ってから、そういえば、と続けた。「…蒼が確か、此度は長いので3、4日で場を月の宮に移して皆様をお迎えしようと言うておりましたわね。皆様共に参れるのでしょうか。」
楢は、顔を上げた。
「まあ。一度訪ねてみたいと思うておりました宮でありますから、それは楽しみな事でありますわ。」
姉の松も居るものね。
維月は思ったが、その事には言及せずに頷く。
「はい。樹伊様が共に月の宮へと移動くださるならば、きっと。」
綾が、言った。
「月の宮は夢のような場所ですわ。我には良い思い出しかありませぬもの。いつかの正月も、あまりに楽しいので次の正月がもう待ち遠しかったぐらい。我も楽しみですわ。」
維月は、頷いて皆の前にプリンが行き渡ったのを確認し、匙を手に取った。
「では、戴きましょう。」
と、プリンをすくって口に入れる。
それを見た綾は、すぐに自分もプリンを口にした。
楢は、皆を横目におっかなびっくりという感じで、それを口に入れた。
そして、目を丸くした。
「まあ…!とても良いお味ですこと。初めて食しましたが、こんなものは知りませんでしたわ。」
綾が、うんうんと頷いた。
「そうでしょう?維月様にはいろいろな菓子をご存知で。このプリンは底に砂糖を焦がしたソースが入っておって、それがまた美味なのですの。」
綾は、幸せそうだ。
とにかく食べるということが大好きで、その中でも甘い物は特に好きだった。
維月は、言った。
「綾様のジャムとスコーンも楽しみですわ。翠明様のご領地では、良い柑橘がたくさん採れますものね。羨ましいこと。」
綾は、頷いた。
「我が王が、その辺に生えておるとあまり庭師に栽培させておらんだのに、我が申して良い木を選んで庭に移させましたの。それを特別に育てさせたので、より良い果実が採れるようになりました。あまりに有りすぎて、王はそれほど重要視なさいませんのよ。」
維月は、苦笑した。
翠明からしたらあまり食べたりしないので、それほど大切には考えていなかったのだろう。
椿が、プリンを食べながら言った。
「時に維月様、王が気にしておられたのですけれど、新しいお遊びをお持ちになられたとか?」
維月は、匙を置いて頷いた。
「はい。マーダーミステリーと申しましてね。人世の遊びですの。シナリオがあって、事件が起こった体で、それぞれ登場人物を振り分けて、その中で犯人を探すのですわ。犯人役を振り分けられた方は、バレぬようにして頂きまして、他の方は犯人を探します。犯人を当てられたら皆様の勝ち、当てられなかったら犯人役の勝ちというものですわ。」
天音が興味深そうに言った。
「なるほど、頭を使う遊びなのですね。我が王は犯人役などになったら大変ですわ。お顔に出られるので、すぐにバレてしまいそう。」
三奈も佐江も同じように顔を見合わせている。
維月は、フフと笑った。
「皆様にそれぞれ怪しい所がございまして、簡単には分からぬようになっておりますのよ。今頃我が軍神達が準備をしておるでしょうけれど、時が掛かるので明日になりますでしょうね。どうぞ皆様、王達の応援をなさってくださいませ。直接参加しておらぬでも、おもしろいかと思いますわ。我は犯人を知っておるので、我が王の補佐はできませぬけれど。」
綾は、プリンを完食して匙を置いた。
「確かに王を助けて差し上げなければ。あの方は偽りを仰るとすぐにお顔に出られるから…。」
案外、王って公の場ではしっかり自分を隠すものなのよ。
維月は思ったが、微笑んで何も言わなかった。
綾の侍女の滝が、墨を擦って持って来る。
綾は、言った。
「さあ、準備ができましたわ。お歌でも書きつけますか?どうぞ維月様、お先にお書きあそばして。」
何を書こうかなあ。
維月は、なんでも自分が一番最初なのにうんざりしながらも、それを顔に出さずに筆を手に取った。
そうやって、妃達は茶会を楽しんでいた。




