元旦
様々な神々の忙しさも大晦日には落ち着き、その年は暮れて行った。
月の宮では聡子がいきなり求められたにも関わらず、苦笑しながら恒の話を聞いて、快く承諾してくれて、その言葉の通り、ものの三日ほどで新しいシナリオを書き上げてくれた。
聡子は何も言わなかったが、恐らく想定内の事で既に頭にあったのだろうと思われた。
恒達臣下は、それを元に舞台となる場所を検討し、空き家を整備してそれに使えるようにと整える事に邁進して年は暮れて行った。
蒼は、次の日から安奈を連れて蝦夷の旭の離宮に飛び立つ準備をしていた。
安奈は一応蝦夷までは一緒だが、正月は妃も休みになるのが月の宮なので、そのまま軍神達に送られてコンドル城へと里帰りの予定だ。
なので、今回は一人で正月の宴に出席予定だった。
安奈も久しぶりに里に帰るので、楽しみにしているようだった。
月の宮の年越しは、年越しそばと共に迎えるので、宮では例年通りそばが振る舞われて、今年も無事に終わるなあと蒼も感慨ひとしおだった。
蒼に、臣下がうち揃って挨拶に来た。
「王におかれましては、今年の業務も滞りなく終わり、また来年も王にお仕えして誠心誠意励む所存でございます。」
恒が、臣下代表として口上を述べる。
普段は弟として軽口を叩き合う仲だが、恒は公の場ではきちんと臣下として振る舞うことができた。
蒼は、答えた。
「来年も皆が心身共に健やかにあるように、王としての責務に励む事を皆に約束しよう。皆ようやってくれた。」
臣下達が、深々と頭を下げた。
これで、年が終わる。
蒼は、毎年の繰り返しだが、皆が無事に過ぎて本当に良かったと心から思っていた。
涼夏と迅の二人はもうここには居ないが、迅は時々見掛ける時がある。
他の宮の催しなどでだが、蒼も滅多に出て行かないので、ほんの数回見掛けただけだ。
迅は上手くやっているようだった。
涼夏は何も覚えていないが、蝦夷の地で人として生きているらしい。
二人が幸福ならそれで良い、と蒼はもう、二人のことは考えないようにしていた。
今年は本当に、いろいろ片付いた年だった、と、蒼は思い返していたのだった。
明けて元旦の夜明け、維月は龍の宮で目覚めた。
今日は旭の宮へと出発するので、夜明けに維心が起こしてくれたのだ。
白々と明けて来る空が窓から見える中、眠そうに目を擦りながら、維月は維心を見た。
「目覚めたか。」
維月は、微笑んで言った。
「維心様。今年も維心様のお顔を一番にこうして見る事ができましたこと、幸せに思いますわ。今年もよろしくお導きくださいませ。」
維心は、微笑み返して頷いた。
「我こそ今年も主を側に過ごせる事を幸福に思う。今年も共に歩もうぞ。」と、起き上がった。「では着替えて準備をせねばの。臣下の挨拶を受けてから、旭の宮に向けて出発する。」
維月も、起き上がった。
「はい。それではご準備を。」
維月は、寝台から降りた。
維心も、同じく床に降りて、侍女達がわらわらと着物を持って入って来るのに、維月は頷き掛けた。
「では、王のお着替えを。」
侍女達は弁えているので順番に厨子を捧げ持ち、維月はそれを次々に維心に着付けて行ったのだった。
その後、維月も急いで準備を済ませ、居間で待つ維心に合流して謁見の間へと向かった。
そこに、臣下達が勢揃いして正月の挨拶を受ける。
昨日、年末の挨拶を居間で受けたところなのだが、こういうところは神世ではしっかりしていた。
鵬の丁寧な口上を受けて維心が答え、そうしてやっとのことで臣下達に見送られ、維心と維月は龍の宮を飛び立ったのだった。
途中、あちこちから長い行列が北へ向けて飛ぶのが見えた。
まず、宮を出てすぐのところで炎嘉の行列に出会った。
炎嘉は、すぐ隣りを飛んで二つの行列は並んで飛ぶ形になり、輿と輿で出入り口の布を上げて対面し、話した。
「よう維心。年が明けたな。今年こそ何もなく過ごしたいものよ。」
維心は、そちらを見て言った。
「誠にの。今年もお互い健やかにあるように願おうぞ。しばらく面倒は懲り懲りよな。」
炎嘉は、頷く。
「そうよな。」と、視線を斜め後ろに向ける。「お。志心達が来るぞ。箔炎と並んでおる。後ろから駿と高彰の行列が見える。翠明と公明と樹伊が豆粒のように見えておるが…はて。覚達の姿が見えぬが。」
維心は、言った。
「先に行ったのではないか?我が宮の脇を臣下の挨拶を受けておる時に通ったのを感じたぞ。加栄と英も一緒であった。あやつらは我らより先に着いておかねばと気を遣ったのではないのか。」
思えば、いつの時も序列が下位の者から到着して、最上位の中の最上位の維心を待たせない配慮がなされている。
正月の集まりはそんな気兼ねはない同じ最上位の友ばかりなので考えたこともなかったが、もしかしたら気を利かせたのかもしれない。
炎嘉は、顔をしかめた。
「ははあ、あやつらこれは遊びだと言うておるのに無駄な気を遣ってからに。まあ良い、次からは気にせぬように言うておく。」と、山脈の所に差し掛かった。「焔ぞ。あやつが出て来た。」
見ると、確かに山脈の上に建てられた宮の中から、鷲の軍神達が行列を成して中央の輿を挟んで飛んで行くのが見えた。
こちらに気付いたのか、行列は速度を落としてこちらに寄って来た。
「めでたいの、炎嘉、維心。皆一斉に向かっておるのだな。」
炎嘉が答えた。
「機嫌が良いの、焔よ。此度はしかし長いゆえ飽きるぞ?何か娯楽は考えて参ったか。」
声は聴こえるが、維心、炎嘉、焔と列が横並びなので、焔の姿は見えない。
焔は言った。
「我が宮に何があると言うのよ。とりあえず琴やら琵琶やらは持って来たが、我にはそれぐらいしか持って行けるものはない。蒼が何か持って来てくれるのだろう?」
丸投げじゃないの。
維月は思った。
とりあえず、維月は頑張って準備した秘策があるので維心が何も持って来なかったとは、言われることはないのだけ良かったと思った。
炎嘉は、顔をしかめて言った。
「まあ確かにの。我も特に持って来てはおらぬが」と、こちらを見た。「維心、主は何かあるか?」
維月は、維心を見る。
維心は、炎嘉に頷いた。
「ああ。マーダーミステリーとか申すものを維月が臣下と長い時をかけて考えてくれてな。犯人捜しという遊戯ぞ。シナリオがあって、状況を調べて誰が犯人なのか当てるものらしい。ちなみに誰かが犯人に当たる。当たった者は他に気取られぬようにする。逃げ切れば勝ちらしい。」
炎嘉が、ほほう、と感心した顔をした。
「誠か。良いな、知らぬ遊戯よ。」と、焔を見た。「犯人捜しだそうだぞ。主、犯人が当たったら顔に出るゆえ気を付けよ。」
焔は、フフンと不敵に笑った。
「我が?無いわ。そういう時は隠すのが得意であるぞ?」
でも顔に出るよね。
維月は思っていた。
焔はそういう時にとても素直なので、とにかく顔に出てしまうのだ。
政策などならわからないが、とにかくこれは遊戯なのだ。
「まあ、我も深くは知らぬ。維月が何も教えてくれぬからの。知ったらそれに参加できぬかららしい。お互い励もうぞ。」
維心が言うと、炎嘉は頷いた。
「そうだの。退屈せずに済みそうよ。」
とはいえ、マーダーミステリーのシナリオは三つ。
維月は、蒼も月の宮に準備してくれていると言っていたので、7日をどうにか過ごせるように頑張ろうと思っていたのだった。




