婚姻とは
漸は、手が空いたら維心の所へ通い、こちらの常識を学んだ。
歴史はやっと雷嘉から気を入れて学び、本気になったらやはりすぐに学んで来て頭に入ったようだ。
それに伴い、やっと雷嘉の講習会の試験に通ったのだと報告を受けた。
つまりは基本的な知識は得たが、その先だった。
王として、他の王達と問題なくやって行くには、暗黙の了解となっている細かい礼儀に通じなければならないのだ。
王族の間は、殊に面倒な事が多かった。
とはいえ、維心でもあまりにも当然に行なっていることだったので、話の中でおかしいと思った箇所を正して行くより他、教える術がなかった。
何しろ、何がわからないのか、こちらもわからないからだった。
そんなわけで時間がかかっていたが、とりあえず少しずつでも漸は理解してきていた。
それを宮の中まで持ち込むかどうかは漸が決める事だったが、とりあえず外では、おかしな事をやってしまわないようにはなったと思う。
維心は、今日も漸と話していて、言った。
「…やはり婚姻の件が難しいの。これは、価値観であるから、変えよとは申さぬ。だが、そちらでもずっと共にお互いだけを守って過ごすもの達も、半数もいるのだろう?それでも難しいのか。」
漸は、頷く。
「難しい。なぜならあれらも完璧ではないからよ。よく諍いを起こしては、何しろ女も強いゆえ殺傷沙汰にまでなることがある。相手が裏切る事もざらであるからな。ならば我らのように、そんな取り決めがなければそんなものだと納得もできようし、諍いにもならぬ。主らが言う愛というもの、誠に生涯続くものなのか。我はそんな輩を裁いて参ったゆえ、信じられぬでの。愛だの何だの言うておるが、我の子を生んだ女達もそのうちに別の男をまた愛しておるとか言うてさっさと離れて行った。我からはそんな感情もないし憤りもなかったが、仮にほだされて愛しておるとかなっておったら殺したやも知れぬ。王がそんな騒ぎを起こしては宮の格にも関わるのではないのか?」
維心は、あまりにも正論なので返す言葉もなかった。
確かに、愛というのは難しい。
相手を信じなければ無理なのだが、信じるに足る女なのかを見極めるのは難しいのだ。
もちろん、こちらでは女でそんなに身持ちが固くないのは珍しいが、自由な場ではそうなるのかも知れない。
維心は、ため息をついた。
「まあ主が申すのは正論ぞ。仮に王の妃が他の男を通わせて、それが発覚したら切り捨てる事もあるのは確か。だが、そんな女はこちらには少数ぞ。婚姻とはそんなもの。お互いをお互いと決めておるからこそ、裏切ると死もあり得る。とはいえ、確かにこちらは男に権利があって、複数娶るので問題がないとは言えぬ。だが、その場合お互い愛情がないことも多い。つまりは女は生活のために嫁いでいることも多いからぞ。皆が皆自立しておる主らの所には、なので当てはまらぬやも知れぬな。」
漸は、面倒そうに椅子にそっくり返った。
「あー!前世も今生も、主のように慕わしいとか、愛しているとか、そんな感情になった事がないゆえ分からぬ!女など見目が違うぐらいで皆変わらぬのではないのか?!もう、面倒で理解しようとするのに疲れたわ!」
維心は、奥で維月が聞いているかもしれないので、慌てて言った。
「こら!気持ちは分かるが落ち着けというのに!だから無理に婚姻制度を設けよと言うておるのではない。こちらの女を娶る…というか主が見初めた時に、軽い気持ちで手をつけるなというだけなのだ!こちらは皆、手をつけたら一生面倒を見るという制約があるのよ。雷嘉が講習会で皆に話して理解できない者は試験に通らないと聞いておるのに。主は理解できたのだろう?」
漸は、むっつりと恨みがましい目で維心を見た。
「…分かっておる。だから皆、外に出る者は理解できておるとして出ておる。もし、それでもこちらで誰かに手をつけたら、一生面倒を見るのだと皆、定められているので必ず守る。面倒を起こしたくないゆえ、我がそう命じておるからの。中では違うがの。」
維心は、ホッと胸を撫で下ろした。
「ならば良い。あまり焦らせるな。誰でも同じだと思うなら、同じ価値観の女を選べということぞ。こちらは違う。それだけぞ。こちらでも、どうしてもと言うのなら男の方にも貞操観念が違うのを理解した上で娶れと通達してある。なので、恐らく面倒はない。基本、禁じておるしな。しばらく様子見しようと思うておる。」
漸は、うんざりしながら頷いた。
「そうだの。とにかくは、我は分かっておるし、臣下も理解できぬ者は結界から出さぬから案じるでない。礼儀とやらもやっと分かって参ったし、他の宮にも出掛けて来るか。」と、維心に身を乗り出した。「そうよ、月。月の宮の王だけ会合にもおらなんだ、会う事はできるか?」
維心は、顔をしかめた。
蒼か。
「…維月の前世の息子で、大変に気立ての良い素直な王ぞ。今は月の命を持っていて、仕方なく王座に就いておるが、本来王らしくない王でな。あれは誠実な男であるし、主が行ったら驚くのではないかの。価値観が違い過ぎて困らねば良いが。」
漸は、頷いた。
「書で月の宮の事はいろいろ学んだ。新しい宮であろう?月がなんだと思うておったが、神世の覇権にも興味もなさげだし、無害な奴らのようだ。ならば話ぐらいはしたいと思うてな。」
維心は、渋い顔で言った。
「…蒼には一応、主の事は知らせてあるし、あちらはかなりの大きな力を持つ命が集まっておるから問題なかろうが、今は宮を閉じておってな。我ら最上位の王とは付き合いがあるが、主のように新しい神となるといきなり押し掛けても簡単には会えぬ。我が共に参れば中には入れるだろうが…もうすぐ霜月の会合であるしなあ。その後は師走であるし…正月なら、皆で集まるゆえ顔は合わせられようが。」
漸は、それこそ顔をしかめた。
「正月?まだ二月あるではないか。我は今会いたいのに!」
維心は、首を振った。
「我だって忙しい。無理を申すでないわ。どうしてもと言うのなら、答えるか分からぬが月に向かって言うてみよ。もしかしたら答えてくれるやもしれぬ。もし答えなければ、あちらは無視しておるから時期を待て。押し掛けてもあの結界は入れぬぞ?入ってもすぐにつまみ出されるがの。今も言うたように、力の大きな命ばかりの宮なのだ。今礼儀を弁えたとか言うておったのに。待つのも礼儀ぞ。」
漸は不貞腐れた顔をしたが、立ち上がった。
「…帰る。わかったわ。月に言うてみる。」
維心は困った顔をしたが、何も答えなかった。
今まであの中で、誰にも従う必要がなく思うままの王だったのだから、ある程度のストレスは仕方がないだろう。
漸は、維心に背を向けて、そこを出て行ったのだった。
維月が、奥から顔を出した。
「維心様。漸様は帰られましたか?」
維心は、振り返って頷いた。
「…帰った。蒼と話したいとか言い出しての。困っておった。」
維月は、頷いた。
「はい。聴こえておりましたわ。とにかく、一度は話さねばならないのは確か。十六夜も気にしておりましたし、恐らく話し掛ければ答えるのではないでしょうか。とはいえ、どう解釈したら良いものか。月が世に出て来た初めを知らぬのですし、今の状況も書では分からぬ事もあるかと。」
維心は、頷いた。
「その通りよ。とはいえ、あやつを神世に問題なく戻すためにも、無理にでも擦り合わせて参るしかない。蒼が困らねば良いがの…あの宮で何かあるはずはないが、あれは悪気はないが何しろ常識が違うであろう。対応に困りそうで、蒼が気の毒でな。」
維月は、苦笑した。
「はい。私もそのように。ですが、いつかは会わねばならぬのですし、私が様子を見ておきますから。維心様はご心配なさらず。」
維心は、頷いた。
「頼んだぞ。それにしてもやっと落ち着いたと思うたのに…いろいろ次から次へと起こるものよな。」
本当にそう。
維月は、思って頷いた。
維月の脳裏には、早速漸が月に向かって叫んでいるのが見えていたのだった。




