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翠明は、言った。

「…女はの、とかくその振る舞いやら言葉選びやら、香合わせ、楽の腕前、文字の美しさに至るまで、色々な事で評価されるのだ。それが、しっかり学んでいる努力家の賢い妃と皆に見られるからで、上位の王の妃は皆、軒並みそういう教育を受けており、ある程度は幼い頃から身についておって問題なく振る舞うことができる。だが、玉貴はその中にあってどこかぎこちなく、樹伊が付け焼刃で教えたのだなと皆の目には明らかだった。その場では、無粋であるから言わぬがの。だが、それで樹伊の立場も玉貴の立場も変わる。見方が変わるからぞ。もし、玉貴があの場で完璧にやっておれば、公明傘下の皇女と聞いておるのによう出来た皇女ぞと言われるが、あの様子だとやはり傘下の宮かと思われる。それが玉貴にとって良くないのは、主にも分かろうが。」

甲斐は、顔をしかめた。

「だが…そんなもの、稀であろうが。」

翠明は、ハアとため息をついて、首を振った。

「いいや。しょっちゅうある。上位の宮の王達は、ひと月一度は顔を合わせておる。宴で話すしの。それに加えてあちこち催しがあるので、それに呼ばれて出掛ける時に、妃を連れて参る。特に、龍王が妃を連れて来るというと、皆、それを退屈させないようにと己も合わせて妃を連れて行くことが多いので、しょっちゅう妃達も顔を合わせるのだ。この間の月見の宴の時も、妃達は脇の桟敷の方で几帳の中に籠って、妃だけで話しておった。いきなり演奏を振られても、見事に弾き切っておったしな。中は見えぬが、皆上手くやっておるのだ。玉貴がそこに居って、樹伊無しで皆の会話について参れるのか。主、こんな会話をしたら良いとか、教えておらぬのではないか?そも、前に龍王妃に無礼があったと龍王が激怒した、箔翔の妃で一佳の妹の菊華の事を忘れたわけではあるまい。激怒されて大騒ぎになったであろうが。ついでに言うと、高晶の妃の詩織もぞ。あの事件で高晶は代替わりする大騒ぎになった。全て、妃の不徳を王が許して甘やかせていたことから大事になったのだ。樹伊が必死に教えておったのは道理なのだ。のびのびとなど、そんな育て方をしておったら、将来外へと嫁ぐには良い場所はないぞ。それでも良いなら良いが、外へ参るなら里へ帰されるどころか命を落とす可能性がある。ゆえ、教育は鎧だというのだ。何の力も持たない皇女には、時に教育という名の鎧を着せて、しっかり己を守れるようにしてから外へ出してやらねばならぬ。笑いものになるだけならまだしも、それで斬られても文句も言えぬ。それが、なぜに主には分からぬのよ。だったら軍神にでも降嫁させたらよかったではないか。」

甲斐は、言われて目を開かれるようだった。

…そうだった…外の世界は、序列がしっかりしていて、豊かでもかなり堅苦しかった。

他の王との間も決まりが多く、公式の席ではちょっとした粗相が命取りになる。

そんな場所には自分は合わなくて、それならいっそと今の立場になったが、正直気が楽だった。

分かっていたはずなのに、上位の宮なら生活に困らぬと嬉々として樹伊の求めに応じて玉貴を嫁がせたが、考えたら何も教えていなかった。

つまりは、丸腰であちらへやって、後は樹伊に丸投げしていたのだ。

玉貴は、自分が甘やかせていたのもあって、思い通りにしたがる傾向がある。

なので、樹伊がしっかり学べと言っても恐らく気も入らなかっただろうし、子達にも己が知らぬのだから教えることはできなかっただろう。

教育の者が子に教えるのも、子がそんな風になったら自分も必然的に学ばねば浮いてしまう。

なので、特に困らないのだからこのままでいい、などと短絡的に考えたのだろうと思われた。

それも、自分のせいだと、甲斐は今、自覚した。

玉貴は、丸腰で大勢の礼儀という武装をした女達の中へ、放り込まれていたのだ。

「…そうであった。」甲斐は、言った。「我もそれを疎んじて、己の地位など要らぬとあの折思うて今の状態になったのに。玉貴がそこへ行って、同じ想いをしないはずはない。確かに主が言う通り、あの中で礼儀も知らぬと、何も言われぬでもあの刺すような視線が恐ろしい。大きな気の者達ばかりの中で、我でもそうだったのに…女の身で。いくら豊かでも、上手くやれぬで仕方がない。我が、何も教えなかった我が妃も知らぬことであるから、教える事もなかったはずぞ。我は…知っておったのに、そこから逃げたゆえ娘にそれを教えてはいなかった。」

翠明は、やっと話が通じたかと、頷いた。

「そうだ。分かったか、甲斐。ゆえな、樹伊に怒っているようだが、樹伊だって玉貴の事を考えて楢を娶ったのだぞ。玉貴だけでは臣下が認めておらぬから、このままでは里へ帰せと圧力が掛かる上、子は樹伊の後を継ぐことができぬ。なので、楢を娶って臣下を納得させ、楢に皇子皇女を教育させることで臣下に皇子を跡目にすることを認めさせようとしておるのだ。つまりは、玉貴と玉貴の子のためを考えてのことだったのだぞ?それを…まあ、里へ帰るのは良い。それも玉貴の選択よ。それよりも、皇子皇女の事ぞ。ここで、主らが教育したらまた、玉貴と同じ事になるぞ。大したことは教えられぬからの。縁も身内だけで済ませるのなら、大丈夫ぞ。軍神達や侍女達と婚姻しても、幸福で居られる者は居られるもの。主は面倒だと籠ったのにそれで幸福なのだから、どちらかに決めた方が良い。まだ幼いゆえ…本神達には決められなかろうが…。」

甲斐は、首を振った。

「…皇子の、樹佐(きさ)の方は幼いが驚くほど賢い。皇女はまだ赤子に毛が生えたぐらいなので物が分からぬだろうが、樹佐の方は…話したら、分かろう。己で決めさせる。酷ではあるが、そうするより無い。我が…責任を持って説明しようぞ。」

翠明は、ホッと頷いた。

「頼む。そんな歳で己の先を決めようとは酷ではあるが、しかし今決めねばあちらにまた皇子が生まれたらそちらに上位されることに決まってしまうからの。それからでは遅い。早うどちらか、覚悟を決めて選ばねばならぬのだ。」

甲斐は、涙を浮かべて翠明を見上げた。

「翠明…すまぬ。安穏としておって忘れておった。外は、我でも面倒で気を張ることの連続であったのに…知っていた我が、玉貴を碌な教育もさせずに樹伊に嫁がせてしもうて。確かに樹伊は、何度も教育の手助けをというて来ておったのだ。我が悪い。面倒に思うて…放置したからこうなった。玉貴は今さら無理であろう。我がここで世話をするが、二人のことは。樹佐に話をしてから、樹伊に、書状を遣わせて知らせよう。」

翠明は、甲斐がやっと分かってくれたかと、甲斐の肩に手を置いた。

「甲斐…主の生き方も、潔いと思うぞ。確かに我だって、綾も紫翠も、緑翠も椿も大切に思う。それだけを想うて生きて行けたら、それは幸福であろうと思うわ。ただ、我にはそれが許されぬ。主のように潔く家族の他を捨てることは出来ぬ。他の宮との交流があるからぞ。主も…これからは外との交流には気を付けるが良い。我に問い合わせても良いから。手助けしようぞ。友であるのだし、頼って良いのだ。」

甲斐は、涙ぐんだまま頷いた。

「翠明…。」

僅かな間にあまりに高い地位についてしまい、自分がこうして老いて来ているのに若い姿のまま君臨している翠明に、甲斐は自分から、壁を作っていた事にそれで気付いた。

これは、かつての友ではなく今も友なのだ。

幼い頃から、それぞれの宮の庭で駆け回って育った仲なのだから。

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