お互いを知るために
結局、維心はそれから、義心がどこからか探して来た椅子に座って、訓練場の端で皆を眺めるだけだった。
義心と漸の立ち合いは、義心はかなり良い線を行っていたが、漸に上手く逃げられてさっさと二本先取された。
だが、最後の一本は義心があっさりと取った。
どうやら、漸のやり方が読め始めたようだった。
炎嘉が、言った。
「…ほほう。やはり義心か。」
維心が、満足そうに頷く。
「あやつはまだまだ伸びる。誠に良い経験をさせてやれたわ。これでまた、何かあってもあやつに任せられるのう。」
炎嘉は、それを聞いて維心を軽く睨んだ。
「こら。そうやって義心ばかりを育てるから、何かあった時あやつばかりを働かせることになるのだぞ。他を育てぬか、他を。帝羽は?」
維心は、ため息をついた。
「帝羽もようやってくれるが、義心と比べると伸びしろが少ないように見えての。何しろ義心は何をさせても我の予想を良い方に裏切って参るのだ。明蓮は理論優位になって肝心の時に体が若干硬い。新月は良い動きだが義心には敵わぬし、義将は落ち着き過ぎておるしなあ。我が手を掛けるなら、やはり目に見えて成長してくれぬとなあ。」
炎嘉は、苦笑した。
「気持ちは分かるが、少しは訓練場へ入って皆を見てやるが良い。我はしょっちゅうやっておるのに。」と、ズルズルと鞘に入った刀を引きずって脱力しながらこちらへ歩いて来る、漸を振り返った。「漸。どうだ、我と立ち合うか?」
漸は、ブンブンと首を振った。
「こやつは!思うたより手こずった上、最後にはあっさりやられてしもうたわ!すばしこくてイライラしてしもうて、気が付いたらこっちの体力はダダ減りよ!」と、膝をつく義心を振り返った。「…こやつは涼しい顔をしておるが。」
維心は、ハッハと笑った。
「義心は炎嘉でも三本に一本は取られるのだからの。時々連敗してむきになったりしておるし、その時の調子次第なのだ。」
翠明が、後ろのベンチに公明達と並んで座って茶を啜りながら、言った。
「どちらにしろ、漸が手練れであるのは分かったぞ。この中では結構上位に入る腕前ではないか。我など義心には瞬殺であるしな。手練れが増えて、有事には安心よな。」
うんうんと英や覚も頷いている。
志心が、言った。
「我も漸と立ち合いたいが、もう疲れておるようであるしの。またで良いか。」と、炎嘉を見た。「主も。気持ちは分かるが、疲れておるところで勝ってもスッキリしまいが。やはり実力勝負をしたいもの。」
炎嘉は、渋々ながら頷いた。
「そうであるな。」と、義心を見た。「主は元気そうだの。焔が主と立ち合いたいらしいし、一度相手をしてやるが良い。少し手加減してやってくれ。」
義心は、驚いた顔をする。
焔が、ムッとして手を振り回した。
「こら!我がこれに負けると申すか!」
志心は、呆れたように言った。
「敵わぬとか言うておったのではないのか。炎嘉は気を遣っておるのだ。」
焔は、プンプン怒りながら、刀を抜いた。
「義心!手加減などしたら許さぬからの!かかって参れ!」
義心は、それを聞いて維心を見上げる。
維心は、仕方なく義心に頷いた。
義心は立ち上がって、刀を抜いた。
「…では、参ります。」
義心は、サッと浮き上がって焔に向かって行く。
二人は、空中で激しく立ち合い始めた。
焔は、確かに手練れだ。
義心相手にあの派手な動きでよくここまでついて行けると皆は感心して見ていた。
だが、義心はしばらく焔を泳がせた後、強めの突きを焔に入れ始めた。
「く…!」
志心が、それを見上げて呟くように言った。
「…嫌な位置から突いて来るよの。維心とよう似ておってやりづらい。」
炎嘉も、頷いた。
「そうだの。何しろあれの目指しておるのは維心だからの。」
焔は、空中でバランスを崩す。
だが、義心は討ち取らなかった。
「…気を遣っておるの。」維心が言った。「まあ、気持ちはわからいでもないが。」
焔は、必死だからだ。
顔から滲み出るなんとしても一本という気迫は、ここで討ち取って良いのかと義心の立場なら思ってしまうだろう。
「…手を抜くなと言うに!」焔は分かっているので言った。「その方が無様ぞ!」
義心は、困った顔をした。
維心が、言った。
「…楽にしてやれ。酒が入っておるしよう見えておらぬ。」
義心は、宙で頷いてサッと焔の近くへ寄る。
焔が驚いて仰け反る暇を与えず、義心は焔の刀を打った。
焔の刀は、手を離れて飛んで行った。
「一本!」炎嘉が言った。「飲んでいない時にせよ、義心相手に。」
義心が刀を鞘に戻して維心の前に膝をつく。
焔は、戻って来ながら言った。
「全くダメぞ!分かっておるのに体が動かぬ!」
志心が、呆れて言った。
「だから義心は特殊なのよ。もっとまともな時でもどうかと思うのに。意地になるでないぞ。」
焔は、ウーッと唸る。
公明が、言った。
「…そういえば、我も最近宮に明蓮と紫翠を呼んで立ち合いをしておるが、あれらも義心を絶賛しておったな。紫翠は時々龍の宮に参るので、義心の立ち合いも見るのだと言うておった。こうして見ると、確かになと思うもの。」
翠明は、頷く。
「紫翠は明蓮と励んで来るとか言うてさっさと龍の宮に出掛けるからの。そういえば最近は中央に行くのが多いと思うておったら、主だったか。」
公明は、頷いた。
「あれらばかり励んで我は避けものであるなと文句を言うたら来てくれるようになったのだ。」
確かに三人は、その昔まとめて拐われたのが縁で長年の友であるが、公明は王なのだからその王に嫌みを言われたらそうなるだろう。
翠明は、言った。
「だからか。主な、立場が違うのだから少しは遠慮せぬか。とはいえ、樹伊も時々主の宮に…」と言いかけて、ハッとした。「…だからか。」
公明は、むっつりと頷いた。
「我は樹伊と宮で立ち合う仲であったが、あやつがあんな感じで遊んでおる暇がないので、相手がおらぬでつい、あの二人に嫌みを言うてしもうたのよ。」
そういえば、樹伊は来ていない。
月見の時も、珍しい曲に夢中で樹伊の内情を聞く事はしなかった。
まだ解決していないのか。
「…そういえば翠明、甲斐とは話したのか。」
翠明は、バツが悪そうに頷いた。
「話したがあれはダメだ。元より妃と子優先の奴であんなことになったのだから、ああなるのも道理であるがの。楢は盛大な輿入れで、内々に式も上げて無事に正妃に収まったが、皇子の件が、なので解決しておらぬのだ。玉貴はまだ正式に離縁とはなっておらぬが、臣下の中では居ないものとして扱われておるのよ。なので樹伊は心を痛めておって、皇子だけでもと交渉しておるのだがの。」
漸が言った。
「…またこちらの習わしとかか。我には分からぬが、女が子を渡さぬと?王なのにか。」
炎嘉が、慌てて言った。
「主の所とは勝手が違うのだ。前にも言うたが本来手をつけたら娶る、つまりは側に置いて一生世話をするのが義務であるが、こじれた場合は離縁という事もできる。双方合意でな。まあ、昔は王から一方的に離縁したりあったが、今は極力話し合う。別に世話ぐらいするゆえ宮に残る事もできるが、この場合は勝手に帰ったのだ、子を連れて。樹伊は子だけでも手元にと思うておるわけよ。何しろ、上位の王の子の立場の方が、下位の王の孫の立場より上になるからの。」
漸は、顔をしかめた。
「地位の事は分かる。ゆえ、王の子となると全て王の下に置くというのが我らの中の決まりになっておるのよ。決まりが無くとも、恐らく皆己の子の地位のことを考えるゆえ、置いて参るとは思うがの。王は、なので時が来たらその中から特に優秀だと思う子を跡目に決めて公表する。長子であろうと何であろうと関係ない。我も、そもそも父上の第八子で男子の中では上から五番目だったが、こうして王になっておるしな。母は軍神の一人であって、気も大きかったゆえ我は生まれた時から有利であったのよ。」
世界が違う。
言っている事は分かるが、こちらとは根本的に違うのだ。
「…まあ、そういう常識までは我らは立ち入らぬが、こちらにはこちらの常識があっての。主は気にせぬで良い。樹伊の事は、我らで見守ることにするゆえ。」
とはいえ、分かり合うのはまだ時間が掛かりそうだ。
維心も皆も、漸が困惑しているのは感じ取っていたし、こちらも困惑していた。
何しろ、何もかもが違うので、お互いにどうしたらいいのか分からないのだ。
もっと詳しく、宮へと赴いてそちらを見てみるべきなのかと、王達は思っていた。




