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価値観

維月は、その話をじっと聞いていた。

綾や椿は演奏のことを話すのに忙しいが、維月は月なので嫌でもよく聴こえるのだ。

犬神は、男女平等なのね。

それが維月の目指すところだったが、しかし良い事ばかりではないようだ。

お互いにお互いの責任も持たずにそういう関係になるわけなので、自然あちこち気軽に相手をすることになるらしい。

…困ったこと…。

維月は、思った。

どちらが良いのか、とても決められないのだ。

だが、あちらの価値観にはついて行けそうになかった。

綾が、難しい顔で考え込んでいる、維月に気付いて言った。

「…維月様?いかがなさいましたか。」

維月は、ハッと綾を見た。

「いえ…我は月ですので。」と、王の桟敷の方を見た。「何を話しておられるのか、声を張っていらっしゃらなくても聴こえるのですわ。それで…漸様の宮の、ご事情を知ってしもうて。」

椿が、不思議そうな顔をした。

「どういったことですの?我らが聞いてもよろしいでしょうか。」

維月は、少し考えたが、頷く。

「…恐らく、王から知らされるでしょうから。」と、ため息をついた。「あちらの宮では、良くも悪くも男女平等であるようで。女の軍神も、五千も居るのだそうですわ。」

綾が、驚いた顔をする。

他の妃達も、息を飲んだのが分かった。

「まあ…ということは、維月様のように立ち合える妃が、いらっしゃるということでしょうか。」

綾が言うのに、維月は首を振った。

「それが、あちらは女であっても軍神になれるほど強い者が多く、職人にも女が多いようで。ある意味仕える場所がとても多いので、皆自立していて誰かに世話になるような考えは全くないようですの。己の身は、己で養うという考えでありますわね。」

椿が、うんうんと頷く。

「それは大変に羨ましい宮ですわね。それだけ、女の地位があるという事でありますし。」

維月は頷いたが、またため息をついた。

「それこそ、我が目指す場所かと聞いておりましたら…婚姻という事に関しても、男女平等に考えられているようで。というか、婚姻という概念が、あちらには無いのですわ。」

皆が、仰天した顔をする。

婚姻という考えがない?

「それは…では、子孫はどうなるのでしょうか。」

維月は、言いにくそうに言った。

「ですから、その、我らが思う婚姻の行為はするわけですわ。でも、そこにお互いへの責任は生じませぬの。子が生まれたら、誰の子というのはどうやら公表するようですが、基本、一緒に居たくないと思ったら、さっさと離れて違う相手を見つけたりする、そんな価値観で。つまり、漸様にもお子がお二人いらっしゃるようですが、そういうことで妃は一人も居らっしゃらないようですの。婚姻の概念がないので。」

初めて聞くことに、皆が袖で口を押えて、黙り込んだ。

良くも悪くも男女平等とは、そう言う事だったのだ。

「…では…こちらではややこしいことになるやもしれませぬわね。」綾が、やっと言った。「それだけ価値観が違うと、こちらが婚姻のつもりで嫁いだとしても、あちらはそんなつもりはないという無責任な事になってしまうという事に。これから交流が始まろうというのに…諍いが起こったりするのではありませぬか?」

維月は、頷いた。

「はい。それはお互いに思うたようで。炎嘉様が、当分の間は犬神との婚姻を禁じる形で守るようにおっしゃいました。漸様も、こちらがあちらと違うことを理解され、学ばれようとされておりますし、それに同意されました。なので、危惧される事態は起こらないかと思いますが…先は遠いのかと思いましてございます。」

長年の価値観は、なかなか変わらないだろう。

まして、男女双方が納得している状態で、その制度を取っているのだろうし、こちらがあちらの価値観に何某か言う権利はない。

やはり難しいようには思われた。

綾は、言った。

「…まあ、我らはこちらに住んでおるのですし、犬神の誰かに嫁ぐ話が出ておるわけでもありませぬ。炎嘉様が禁じると言われたわけでありますし、これからも価値観の違いからそんな事は起こらぬでしょう。ご案じなさいますな、維月様。漸様もご理解されようとされておるのでしょう?」

維月は、頷いた。

「そうですわね。我が案じたところででありますが、こちらはああいう事に関して、責任を持つように育っておりますから…傷つく者が、出なければ良いなと思いますわ。」

皆は頷いて、早紀が気を利かせて新しい菓子を持って来たので、それに関しての話題へと、変わって行った。

維月は皆に菓子の説明をしながら、また面倒が起こるのではと内心不安に思っていたのだった。


王達の方はというと、楽しく過ごしていた。

価値観の違いは確かに始め、衝撃的だったが、漸は明るく快活な性質で、何より楽しい事が好きだというのは嘘ではないようで、それは楽し気だった。

そして、漸が弾く曲は驚きの斬新さで、こちらの神の耳には珍しくていくらで聞きたくなった。

もう一曲、もう一曲と言われるのに、嫌な顔一つせず楽器を換えて様々な曲を惜しげもなく披露してくれた。

それに誘われて、炎嘉と焔が立ち上がって皆の輪の中心へと立ち、酒が入っているのにしっかりとした足取りで、即興で舞いを披露したり、それを見て維心が漸の演奏に即興で合わせて琴を弾いて華を添えたりと、皆が皆、それは楽しんでいた。

月は空にそれは大きく美しく昇っているのだが、皆遊びに夢中で月は見ていなかった。

いつもは緊張気味にしている覚、加栄、英の三人も、今夜はそれは楽し気に笑い、酒も進んでいるようだった。

こんなに珍しい物を見れるのも、滅多にないからだ。

高彰が、言った。

「我も共に弾きたくなった。」と、和琴を引き寄せた。「他に何か無いか、漸よ。」

漸は、頷いて今度は琵琶を引っ張った。

「あるぞ。調子の良い曲が良いな。炎嘉も舞うならその方が難しいしついて来られるのか見たいものよ。」

炎嘉は、扇を振り回して心外な顔をして言った。

「何を言う!いくらでも弾くが良い。ついて参ってやるわ。」

漸は、ニタリと笑った。

「言うたな。」と、高彰と維心を見た。「主らもついて参れよ?人世の曲と合わせて我が宮の楽士が作った曲なのだ。これを演奏して踊っておったら目を回す奴が多うてなあ。それを見て、皆がよう笑っておった。これらが目を回さずにできるのか見ものぞ。」

志心も、脇から言った。

「ならば我が笛を。」と、傍の侍従から己の笛を受け取った。「任せておけ。少々速くてもついて参ってやるわ。」

漸は、驚いた顔をしたが、頷いた。

「では始めるぞ?」と、漸はジャン、と琵琶の弦を弾いた。「ついて参れ!」

途端に、言っていた通り、かなり速い調子の音がガンガンと進み始める。

…確かに人世にありそうな。

維心は思いながら、急いで弦を弾いてそれについて行く。

高彰も、かなりの腕なのは確かなので真剣な顔をして、耳を澄ませて音を外さないように一気について行っていた。

志心の笛が、まるで人世の祭りのような明るくにぎやかな調子で華を添えていて、その場は手拍子でもしたくなるような明るい雰囲気になった。

実際、覚は笑って手で速く拍子を取っていて、大層喜んでいた。

「む…!!」

炎嘉が、必死に音を外さないようにしようと舞うが、焔が足元がついて行かずでそうそうにひっくり返った。

「ハハハハ!」

駿が、腹を抱えて笑っている。

箔炎も、笑いながら言った。

「なんぞ焔!炎嘉は踏ん張っておるのに!」

そんな言葉も、音楽の明るさの中で笑いのツボに入るのか、皆ひっくり返って笑って、加栄は息も絶え絶えになっていた。

焔は、起き上がって言った。

「うるさい!畳が滑るのだ!」

「炎嘉は立っておるのに?」

駿は笑いの発作でヒイヒイ言いながらそう言った。

桟敷の上は、龍の宮の月見とは思えないほど大騒ぎだったが、誰も咎めることはなかったのだった。

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