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楽の音

聴こえて来たのは、再会の祝いと言われている曲だった。

「…お。再会の祝いぞ。なかなか気が利いておるな。」

焔が言う。

漸が、言った。

「これはそういう曲なのか。」

言われてみたらそんな風に聴こえる気がする。

漸は、じっと耳を傾けた。

維心がホッとした顔をしているのを見ると、どうやら維月はもう怒ってはいないらしい。

「…良い音よ。」志心が言った。「少ない奏者でここまでやるとは…これは綾か?編曲が上手い。さすがだの。」

焔が、頷く。

「誠にあやつは何事にも優れておって、翠明が前世今生離さぬのも分かるのだ。維月の維心に似た正しい音にしっかり絡んで上手く仕上げる。大したものよ。」

翠明が、言った。

「だから我はあれに頭が上がらぬのよ。何事もあやつは我より優れておって。」

炎嘉が、言った。

「…この笛は?かなり上手い奏者であるぞ?綾の編曲に難なくついて参っておるではないか。いきなり言われてここまでできる奴は少ない。誰ぞ。」

すると、覚が渋々ながら言った。

「…天音でありまする。」え、と皆が顔を上げると、覚は続けた。「あれの父が笛の名手で、二年前の正月に集まった際、琴では皆の足を引っ張るだけだとしばらく里へ帰って父親に習って参った。半年ほど行ったり来たりで。」

渋い顔をしているところを見ると、覚は反対していたのだろう。

だが、天音も気が強そうなので、押しきられて許していたと思われた。

「良い選択であるぞ、覚。これ程の音、女楽で聴けるとは思わなんだわ。よう励んだのだの。」

炎嘉が言うと、覚は頷いた。

「は。今は良かったと思うておりまする。」

褒められて宮の評判もまた上がる。

覚にとっては想定外だろうが、こちらも妃に頭が上がらないだろう。

そうしている間に演奏は終わり、確かにそれは美しく繊細な再会の祝いだった。

維月の侍女がやって来て、頭を下げた。

「維月様より、漸様への歓迎の意をとのことでございます。」

漸は、驚いた顔をした。

維月は、我を歓迎してくれておるのか。

「よう伝わったと伝えて欲しい。」維心は言って、漸を見た。「維月は我の正妃、つまりは正式な妻、つがい…と言えば主に伝わるかの。なので、神世の地位はそこらの神より高い。」

漸は、困惑した顔をしたが、頷いた。

「まあ、主は出海には誰も近寄らせなかったしの。対等に扱えとよう言うておったわ。あれを亡くしてしばらく腑抜けて…他に手をつけることもなく。なので分かる。」

炎嘉は、言った。

「あのな、皆そうなのだぞ?今の神世はの。主は気に入って側に置いておる女は居らぬのか?それを妃としたらどうか。」

漸は、首を振った。

「そんな風に思うたことはなかったし、そもそもまだ我は今生260なのだ。子は二人居るがの。まだ幼い。」

焔が言う。

「それを生んだ女は?」

漸は、首を傾げた。

「さあ。今は誰が通っておったかの。女も男も特に相手を定める事はないのだ。子を生めばしばらく共に居る事もあるが、ある程度育てば女は離れる。己からな。子はどちらでも。あちらが連れて参るなら連れて参るし、こちらが世話するなら世話をする。我は王であるから強制的に宮に残す事になるがの。」

凄い価値観だ。

皆がついて行けずにいると、箔炎が言った。

「それでは己の子だと確かに分かるのか。ややこしくないか?それは我らなら分かるが、臣下なら分からぬのではないのか?」

漸は、頷いた。

「それはそうよ。なので我はしょっちゅう臣下の子の気を探っておるわ。7日に一度はそれ専用の日が設けられておって、我は臣下が連れて来る赤子が誰の子なのか選定しておるのよ。時に術で誤魔化そうとしておっても、我には分かる。ゆえ、我には気を誤魔化そうなんて無理ぞ。見慣れておるからの。」

だから涼夏と迅の捜索も、匂いを辿った後も気を探って一発だったのだろう。

維心が思っていると、焔が言った。

「…それは、女も男も決まった相手を見つける事はないと?」

漸は、頷いた。

「昔は女の地位が低かったし、手を付けたらその男の物のような扱いであったが、今は違う。女の方から否と出て行く事も多いしな。男が追いすがってもの。ところで聞くが、主らの妃と申すのは、主らの側に居る事を望んで側に居るのか?それとも決められたからか。否なら出て参れるのか?」

全員が、黙った。

言われてみたら、そうではないかもしれない。

とはいえ、実家がしっかりしていたら、里へ帰る事も多いので、出て参れると言えば出て参れるのだ。

「…考えさせられるの。」志心が言った。「どちらが良いとは言えぬが、しかしそれでは倫理観がなあ…生涯、男女どちらも複数の相手とその時共に居て、また離れるわけであろう。主の所には、つがいでずっと共に居る男女は居らぬのか。」

漸は、答えた。

「もちろん居る。年老いてもずっと共に居る奴らもな。半数ぐらいか…?いや、今少し少ないか。」

居るには居るのだ。

しかも、それだけ自由な風潮の中でお互いだけを守るのは、かなり誠実なもの達だろう。

「ええっと、まあ我らはそれらのようなものよ。」焔が言った。「とはいえ、男は複数娶る事を許されておるが、女は一度娶られたら離縁するまで夫一人を守らねばならぬ。なぜなら、女は養われないと生きて行くのが難しいからだ。生活のために婚姻関係になる女も居る。主らの所では、女はどうしておるのよ。」

漸は、困惑した顔をした。

「どうとて…普通に我に仕えておるがの。女の軍神も居るし、職人も多い。侍女として宮で仕えておるものも居る。別に生きて行くのに困ってはおらぬ。」

つまり、犬神の宮はいろんな意味で男女平等なのだ。

炎嘉が、呆気にとられて言った。

「ということは主…四万五千のうち、女は幾人居る。」

漸は、首を傾げた。

「そうだの…数えたことがなかったが、恐らく五千ほどかの。あやつらは男と違って細かい所まで目が行き届くゆえ、重宝するのだ。力もあるぞ?こちらの女は皆、維月のようではないのか。」

五千も居るのか。

皆が仰天する中、志心が言った。

「こちらは軍神になれるほど気が強い女は少ないのだ。維月は月であるから特殊よ。主の所では、そうではないのだな。」

漸は、そこは神妙に頷いた。

「思えば我らは、昔からこのようだし力がないと男であろうと女であろうと生き残れなんだ。自然、弱い者は淘汰されて強い者の血だけが残ったゆえ、こうなったのやもな。主らのように、弱い者を保護する考えがなかったゆえ、気が付くとこうだったのだ。我らは子供しか世話する心地にはならぬから。己の面倒は己でみる。男でも女でも、それは変わらぬ。病でも得たらこの限りではないがな。」

あまりにも昔から、あまりにも長い時間他と隔絶されて生きて来たので、価値観が違うのだ。

これは困ったことになった。

皆が、顔を見合わせて思った。

根本的に考え方が違うのに、今さら変えろと言うわけにも行かない。

何しろ、男だけならいざ知らず、女にも同じ権利があるのだ。

ただ、価値観が破壊的に違うことだけはわかった。

「…どうしたものか。」炎嘉が、困ったように皆を見た。「どうする?男女平等の珍しい宮ではあるが、こちらと倫理観が違うゆえ婚姻となるとややこしいことが起こる可能性がある。ここは、とりあえずお互いに婚姻は禁じる形にした方が双方面倒がなくて良いのでは?」

焔が、頷く。

「娶った女があちこち男を通わせたりしたら、騒動が起きそうだしの。だからといって、責めるわけにもいかぬだろう。そういう価値観で育っておるのだし。」

漸は、顔をしかめた。

「そうか、安易に手を出してはならぬのだな。」漸は、なんとか理解しようとしているようだった。「もっと学ばねばならぬ。我らはこちらとあまりにも離れ過ぎておったから。ここは…そうよ、雷嘉。あやつはこちらの礼儀や考え方に通じておるよな?」

そういえば、と維心は頷いた。

「その通りよ。あれは犬の頃から神や人と接しておったし、何よりここヘ来てよう学んでおる。あれに、こちらの考え方を教えさせたら良いのだ。」

そうだ、同じ犬神の雷嘉なら、他の犬神達も話を聞くだろう。

漸は、ホッとした顔をした。

「とりあえず、我は維心と炎嘉に教わるわ。雷嘉には、あちらで定期的に皆を集めて講習を開かせよう。それでこちらの価値観を学び、外へ出る時の心構えをさせる。それからでないと、結界を出さぬ。それでどうか?」

炎嘉は、ホッと頷いた。

「まずはそれでよい。そうしよう。そしてしばらくは、婚姻は禁じる。お互い不幸になるからの。それで様子を見よう。」

皆がうんウンウンと頷いて、そして楽器へと意識は移った。

皆で、何を弾こうと話は移り変わって行ったのだった。

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