月見の宴2
維月は、維心が漸と雷嘉の対面のために先に出て行ったので、自分は妃達と先に交流しておこうと、会場へと一足先に向かった。
本日は、妃が居る王は全て妃を連れて来ていると侍女から報告を受けていた。
そもそも最初から、王達が参加するという返事をもらった時に、誰を連れて行くとは聞いていたのだが、本当に全員が揃っているようだ。
ただ、樹伊の妃の玉貴を除いて。
まず、翠明の妃の綾、そして箔炎の妃の椿、公明の妃の桜、覚の妃の天音、英の妃の佐江、加栄の妃の三奈。
そして、維月だった。
他、焔、炎嘉、駿、志心、高彰には妃は居なかった。
漸に妃が居るのかどうか、聞いたことはなかったが、居ても初対面の席に連れては来ないだろうと思うので、いきなりそこに居る、ということはないだろう。
自分が指示して準備をさせたので分かっていたが、王達の桟敷とは離れた位置に几帳で囲まれた桟敷があり、その回りには侍女達が座って控えていて、その中に既に妃達が居るのだと外からでも分かった。
維月がしずしずと歩いて行くと、王の桟敷の方から視線を感じて、立ち止って扇の端からチラとそちらを見た。
全員が、暇なのか維月をじーっと見ていたので、維月はここは頭を下げておかないと、と思い、そちらへ向かって頭を下げた。
そうして、やっと侍女達に開かれて几帳の合間から、桟敷の上へと移動した。
畳敷きのそこでは、全員が維月の来訪を知って、既に頭を下げて待っていた。
「まあ皆様、お久しぶりでございますこと。お待たせしてしまいましたわ。」と、王の序列の問題で、先に箔炎の妃の椿を見た。「椿様、ご機嫌はいかが?」
椿が、顔を上げた。
「龍王妃様。こうしてお見上げできまして嬉しゅうございますわ。誠に毎日退屈で、この日が楽しみで数日前からよく眠れなんだぐらいで。」
維月は、それが本当の事だろうとフフと笑った。
「そのように仰って頂いて、心を尽くしてお待ちしておりましたこと報われた心地ですわ。」と、綾を見た。「綾様。いつも文ばかりでお会いできずで寂しゅうございましたわ。もっと気軽にお遊びにいらしていただけましたらよろしいですのに。」
綾は、クスッと笑った。
「まあ維月様。我とて毎度維月様がお呼びくださるのに、是非に行きたいと王に申すのに、行ったらなかなか戻って来ぬからとお許しくださいませぬの。本日は一日千秋の思いでありました。お目に掛かれて嬉しいですわ。」
維月は、頷いて桜を見た。
「桜様。すっかり落ち着いたご様子でありますが、皇子はお元気?」
桜は、顔を上げた。
「はい。誠に毎日が忙しい限りでありまして、子育ての大変さをやっと実感しておる次第ですわ。本日は、やっと骨休めに。」
維月は頷いた。
「そうでしょう。小さな子が居るとどことなく宮が落ち着かぬものですものね。」と、天音を見た。「天音様。ようこそいらっしゃいましたわ。あれから全くお顔を見ることもありませず。」
天音は、頷いた。
「はい。すっかりご無沙汰いたしておりまする。王がお忙しい毎日で、最近では傘下に入った者達の、妃の方々から我に陳情が来るので。手間取ってしまい申して。」
それを聞いて、両隣りの佐江と三奈が少し、顔を硬くする。
維月は、この二人もでは、同じ憂き目にあっているのでは、と言った。
「天音様もお忙しいのですわね。では、佐江様と三奈様も、同じように?」
二人は、顔を上げたが佐江の方が答えた。
「我らは…誠に慣れぬことで、いつも天音様にお問合せなどをさせて頂いて。お手間をお掛けしておるのですわ。」
天音は何も言わなかったが、つまりそういうことなのだろう。
維月は、頷いた。
「困った時には回りに聞くのも賢い方法ですわ。よろしければ、我に聞いてくださってもよろしいのよ。綾様も椿様も桜様も、それは賢く立ち回っていらっしゃいますし、いくらでもご相談に乗ってくださいますわ。皆で助け合って参りましょう。」
維月は、やっと一通り声を掛けたので、やっと座った。
「…では、茶と菓子でも運ばせましょうか。王は、まだ時が掛かるようであられましたし。」
維月がそう言うと、維月の侍女の早紀が頭を下げて離れて行った。
準備はできているはずなので、取りに行ったのだろう。
綾が、隣りから言った。
「時に維月様、楽器がございますが、もしかして本日も合奏を?」
維月は、背後に隠されるように置いてある、琴や琵琶、胡弓などに目をやって、頷いた。
「恐らくは。犬神の王とのお話次第でありますが、王達は楽のお遊びをなさるとか申されておりましたの。我らの方にもこうして置いてあるということは、我は指示しておりませぬから、王が。我らに、先に弾けとか申されるやもしれぬませぬわ。」
侍女達がすり足で入って来て、次々に茶と菓子が乗った盆を一人一人の前に置いて行く。
椿が、目を丸くした。
「まあ!いきなりなど…我には無理でありますわ。金蓮花ならまだ覚えておりますけれど、練習もせずなど我は拙いので皆様にご迷惑をお掛けしてしまいます。」
三奈も佐江も、顔色を青くしている。
天音が、それに気付いて言った。
「誰が弾いておって誰が弾いておらぬなど、公に言わぬものでありますし、弾こうと思うものだけ弾いてはどうでしょうか。全員でとなると、敷居が高いかもしれませぬ。」
天音は、どうやらこの二人を世話しなければと思って頑張っているらしい。
維月は、頷いた。
「誠にそのように。とはいえ我が弾かぬと王にはお分かりになってしまいますので、我は弾きますけど…そうね、綾様となら以心伝心ですから、共にいかが?」
綾は、何度も頷いた。
「もちろんご一緒させて頂きますわ。ならば曲はどういたしますか?維月様がよろしいように。」
綾の腕なら、何を言われても補佐できると自負があるのだろう。
心強い限りなので、維月は言った。
「そうですね…想夫恋はいかがかしら。二人なら良い選曲なのではありませぬか?」
それを聞いた天音が、胸を張った。
「ならば我が笛を。」二人が驚いていると、天音は続けた。「あの後琴ではとても皆様に敵わぬので、何かできぬかと実家に問い合わせたら、父が。とても笛をよくするのですわ、そういえば。それで、王に渋られながらもしばらく里帰りして習って参りました。今のように忙しくなる前の事ではありますが。」
天音なりに、皆の合奏の助けになろうと考えていたのだろう。
何しろあれは、二年も前の話なのだ。
「心強いこと。」維月は笑って、茶を一口飲んだ。「それではその時は、天音様にお頼み致しましょうか。さあ、では皆様も召し上がって。まだ演奏を頼まれるとは決まっておりませぬし。」
皆が頷いて、茶を口にする。
そうして、菓子を食べていると、漸が維心と共に入って来るのが几帳越しに見えた。
相変わらず維心は美しいが、漸も遜色ないほど美しく見える。
…あの時は余裕もなくてあまり見ていなかったけど。
維月は、思ってそれを眺めた。
綾が、小さな声で言った。
「…犬と聞いて想像もできぬでおりましたが、これはまた美しい王であられること。気もかなりの大きさですわ。こんなに力のある種族であるなんて。」
維月は、頷いた。
「誠にそのように。これより神世の統治に関わられるわけでありますし、よくお目にかかることになりましょうね。」
耳をそばだてて聞いていると、維心はもう、最初から炎嘉に丸投げだ。
それでも文句も言わない炎嘉には、感謝しかなかった。
…思えばあの頃から籠っているということは、礼儀とか何とか知らないのではないだろうか。
維月は、そう思って気が気でなかった。
拗れそうになっても、自分がフォローに飛び出して行くわけにも行かないのだ。
だが、漸は特に問題なくやっていた。
黙ってウンウン言っているところを見ると、恐らく自分が何も知らないことを、分かっているのだろうと思われた。
…良かった、駿様も志心様も落ち着いていらして。
維月は、特に駿に感心した。
あそこまであっけらかんと、己の祖先を罵倒するのも珍しい種族だ。
とはいえ、駿が苦労したのは確かなので、駿にしたら当然の気持ちなのかもしれない。
お陰で場が上手く収まったのを見て、維月がホッとしていると、維心が言った。
「ならば維月に申してあちらに先に弾かせようぞ。我らはこちらでゆるりと演目など考えようではないか。」
…やっぱり。
維月は、呆れた。
だったらそう、先に言っておいて欲しかった。
綾が、維月を見た。
「…維月様。」
維月は、頷く。
そして天音を見ると、天音はもう、侍女に命じて己の笛を袋に入れたまま握りしめていた。
「…覚悟はできておりますわ。」
まるで懐剣を握りしめているようよ。
維月は思ったが、侍女がやって来て頭を下げて、言った。
「王より何か弾いて欲しいとのお言葉でございます。」
知ってる。
維月は思ったが、おっとりと頷いた。
「誠に急な事でお時間を戴きたいと王に申し上げて。」本当はすぐにでも演奏できるが、維月は言った。「そうね、半時ほど。」
侍女は、頭を下げて出て行く。
維月の、ささやかな抵抗だった。
想夫恋はやめよう。
維月は、綾と天音と共に、別の曲を考え始めたのだった。




