沙汰
漸は、軍神達と共に地下牢に繋いでいる女二人の所へと降りて行った。
二人共に軍神で、序列は低いがそれなりの任務についていた者達だ。
斬り捨てられた三人にしても、全て軍神達であった。
恐らくは、恐ろしいと聞いていても、自分達も手練れであるので、もしもの時は逃れる事ぐらいできると甘く見たのではないかと思われた。
だが、実際は一瞬であっただろう。
維心の腕は、戯れに訓練場で立ち合っているのを見て知っている。
その昔の維翔より、さらに洗練された隙のない動きで、漸ですら敵わないだろうと一目でわかったほどだった。
そんな維心が、自分のためにあそこまで我慢してくれた。
いくら漸でも、側で見ていて分かっていた。
自分のためにと堪えてくれた維心の気持ちに報いる事ができなかったのが、漸にはただ腹立たしかった。
少々大丈夫だろうと、甘えていた自分が恥ずかしい。
これからは、面倒だなどと言わず、維心を助けて神世がより平和であるように、励む事が維心の気持ちに応えることだと漸は思い、これまでの自分を捨てて、前向きに面倒とも向き合って行こう、と心に決めていた。
炎嘉は、宮の中を円滑に回す沙汰をと言ったが、そんなことでは甘い。
漸は、険しい顔をして、地下牢の扉の中へと入って行った。
そこには、目の前であっさりと三人が斬られて事切れるのを見た、残り二人の女が籠められていた。
漸が近付いて行くと、二人は慌てて膝をついた。
「…よくも我の顔に泥を塗ってくれたの。」漸は、食い縛った歯の間から苦々しげに言った。「瑞から散々聞かされていたであろうが。龍王は、甘くはないのよ。」
二人は、ただ項垂れている。
貫が、言った。
「王、この二人の罪状はなんとしたら良いのでしょうか。」
そう、この宮では男に忍んで行ったからと、罰せられる事はない。
この宮の中では、罪状をつける事ができないのだ。
しかし、漸は言った。
「王と王妃の命に従わず、宮の評判を著しく落とした罪。反逆の罪としても良いほどぞ。あれほどに我や瑞が申したのに。龍王が殺さなんだのは、鳥王炎嘉の取り成しがあったからぞ。だが、我は外の神達と交流しておるので、また維心とも顔を合わせる。その折、これらをどう処罰したのか問われるだろう。宮と宮との関係悪化を避けるため、何より我の顔に泥を塗った事を償うため、これらは死なねばならぬ。他の三人と同じようにな。」
貫は、口をつぐんだ。
どうしようもないのだ。
何しろ、大半の臣下が瑞花の話をしっかり守り、龍王に近付こうとはしなかった。
なので大きな混乱はなかったが、もし皆が皆、大挙して龍王の部屋に行っていたりしたら、大変な事になっていただろう。
恐らく、皆殺しの上、漸が謝ったところで宮と宮との関係は最悪になってしまっていたはずなのだ。
幸い、今回は漸が頭を下げる事でそれ以上龍王が某か言う事はなかった。
だが、ここでそれを軽く見て軽い沙汰など下したなら、これからはどうなるかわからない。
他の軍神達も黙り込む中、漸は言った。
「…始末せよ。」牢の中の二人は、顔を上げた。「今すぐ処刑して、龍の宮にそれを報告する。やれ。」
貫は、頭を下げて刀を抜いた。
「…お待ちを!」女の一人が叫んだ。「我らは、ただ部屋に忍ぼうとしただけで…!結界に手を触れてもおりませぬ!触れた女は斬られました!どうかお慈悲を!」
しかし、漸は睨むばかりで何も言わない。
貫は、牢の格子を開いて戒めの術を解き、中に入ろうとした。
「…くそ…!!」
女達は、逃れようと脇から外へ出ようとした。
しかし、一人は貫にその瞬間斬られ、悲鳴を上げた。
「ああああ!」
漸は、出てきたもう一人を側の軍神の刀を引き抜いて、それでばっさりと斬り捨てた。
「…!!お、王…!!」
そちらも、バッタリと床へ倒れる。
漸は、刀を軍神に返し、言った。
「…終いぞ。片付けよ。」と、足を階段に向けた。「伯に書状を書かせる。」
男に忍んだだけでこうなるのか。
その場に居た軍神は、漸の背を見送りながら、そう思った。
だが、その相手があの、感じたこともないほど大きな気を持つ龍王となれば、話は違う。
あの神に敵に回られたら、この宮は吹き飛ぶだろう。
なので、漸がやったことは、宮を守るためには必要なことだ。
皆は、もうそれを理解していた。
そして、これからも対応を間違えることがないように、亡骸を片付けながら、肝に銘じていた。
炎嘉は、言った。
「まあ、もう正気に戻っておるようだし、当初の目的であった序列の確定はできた。今回は、これで終わりとするか。」
志心は、頷いた。
「これで良いのよ。まだ初め、あれらも段々に学ぶであろう。維心を甘く見られては、案外に神世は易いなどと考える輩が出ないとも限らぬしの。なんだかんだこれがこんな感じで、得たいの知れぬ恐ろしさを感じておるからおとなしいのだと我は思う。女に惑わぬから、それで内から崩されることもないしな。必要だから、維心はこうして居るのだ。その性質とて計算されたものなのやも知れぬ。」
「碧黎に聞いてみたいものよなあ。」焔は言った。「何を思うてこう作ったのか。まあ、そのお陰で平和なのは我も分かっておるし。しようがないわ。」
皆が、そろそろ帰るか、と思っていると、鵬が急いで入って来て、維心の前に膝をついた。
「王。犬神の宮から書状が届きましてございます。」
皆が、黙る。
維心は、手を差し出した。
「これへ。」
鵬は、折り畳まれた紙を維心に手渡した。
維心は中をチラと見て、側の炎嘉に渡した。
「…残りの二人を処刑したそうだ。」
炎嘉は、驚いて中を確認した。
そして、ため息をついて志心に渡した。
「ならば、我らが帰ってすぐだの。殺さずでも良いと伝える暇もなかったか。」
志心が、箔炎に書状を渡しながら頷いた。
「あれから覚悟を感じるものよ。あれだけ面倒は嫌うと言うておったのに、迅速に対応して来た。本気で神世に関わって行こうという気概を感じる。」
箔炎は、焔に書状を渡しながら言った。
「あやつも変わろうとしておるのだ。こちらも応えねばならぬ。今回の事はなかった事に。他の宮には告示せぬでおこうぞ。名誉に関わるからの。」
焔は、書状を鵬に放って寄越しながら、頷いた。
「告示などする必要はあるまい。序列が最上位四位に取り決められたと会合で申せばそれで良い。我も忘れる事にする。維心、主もこれ以上引き摺るでないぞ。」
維心は、頷いた。
「そんなつもりは最初からなかった。昨夜帰ったのは、あれ以上誰かを斬って騒ぎが大きくなるのが嫌だったからぞ。究極に腹が立つと我を忘れるからの…あんな無礼な様は、久方ぶり過ぎて昔を思い出してしもうて。」
思えば昔は多くの女神が維心に斬り捨てられたものだった。
維心が全てを拒絶して生きていた頃、その空いている妃の座に収まろうと、臣下でさえその手助けをして、斬られて消えた。
維心の心を解かせるような女は、まだ生まれてもいなかった。
維月だからだ。
維月は、言った。
「…その昔とは違いまする。維心様は友の話も耳に入らぬような様であられたのに、今は多くの友に囲まれて、お幸せそうでありますわ。皆様維心様を理解してくださり、これよりの事はございませぬ。私は、炎嘉様のことも特に何か申した事はありませぬでしょう?」
維心が、ギョッとした顔をした。
志心が、呆れたような顔をした。
「なんだ、やっぱりそうなのではないか。ならば言うてくれたら良いのに。我らは他に漏らしたりせぬし、宴の後も…邪魔したりせぬのに。」
維心は、ブンブンと首を振った。
「違う!」と、維月を見た。「維月、そんな言い方をしたら誤解しよるではないか!」
維月は、え、と慌てて言った。
「え、あの、申し訳ありませぬ。違うのですわ、私が申すのは、そんな事ではなくて…ほら、気持ちの問題ですの!そう、気持ちの!」
炎嘉が、呆れたように言った。
「何やら苦しい言い訳をしておるように聴こえるではないか。違うのよ、つまりはの、そら、我が酔って維心に口付けたりしたであろうが。あれの事よ。維月はそんな事ぐらい、気にしておらぬと申しておるわけよ。主らだって、維心なら口づけるぐらいいけるだろうが。」
焔が、うーんと眉を寄せて維心を見たが、しばらく考えて、頷いた。
「まあ…我は絶対に男は無理なのだが、確かに維心なら良いかと思うのう、不思議と。美しいからかの。」
維心は、とんでもない、という顔をした。
「我の方が否であるわ!冗談でも申すでない!」
志心が、言った。
「待て、炎嘉なら良いのに焔は否と?我だって、良いなら維心と唇を合わせてみたいわ。我は両刀であるしの。維心は昔から、誘ってくれぬかなあと思うて見ておった時もある。」
維心は、思わず隣りの維月を抱きしめた。
「誠に炎嘉とは何も無いと申すに!大切には思うておる。だが、そんな愛情ではないのよ。維月もそれを知っておるから、別に口づけたぐらいで何も言わぬのだ!炎嘉とは長い付き合いであるから、今更唇ぐらい触れても何か言う事もないかと思うて、うるそう言わぬだけぞ!」
志心は、食い下がった。
「我とて付き合いは長いぞ。炎嘉よりは短いやもしれぬが。一度どうか?」
白い髪に青い瞳の美しい志心がずいと寄って来るのに、維月は思わず顔を赤くしたが、維心は維月を抱いたまま後ろへのけ反った。
「無い!いくら美しくても、無いと申すに!」と、維月を見た。「主も、志心相手に何を今さら顔を赤くしておるのだ!」
志心は、お、と維月を見た。
「そうか、維月でも良いぞ。維心が無理なら、どうよ維月?」
維月は、最近では維心以外がこんな風に寄って来ることが無かったので、耐性が無くなっていてますます赤くなる。
維心は、袖で維月を隠して言った。
「維月はならぬ!だったら我が!」
「え、維心様?!」
維月が驚いていると、炎嘉が言った。
「こら待て志心!それ以上維心をからかうでないわ!」と、志心を引っ張って維心と志心の間に入った。「こやつは生真面目であるから、維月のためなら己が犠牲にと思うのよ。知っておって、もう。」
志心は、クックと笑って後ろへ下がった。
「おもしろうて、ついの。とはいえ、今少しで維心と口づけられたのにのう。やはり主は目の前で他の男が維心とそうなると面白うないか。」
炎嘉は、むっつりと言った。
「そういう意味ではない。維心が無理強いされるのが否だからぞ。こやつは冗談が通じぬからの。」と、維心を見た。「さあ、我らはもう帰る。これでいろいろ吹っ飛んだのではないか?我らに比べたら、あんな女など雑魚であったろう。蹴散らすのも一瞬であるしな。志心に言い寄られることを思うたら、マシであったと思うが良い。」
「どういう意味ぞ。」志心は炎嘉を軽く睨んだが、笑った。「その気であったらとっくに襲っておるわ。ではの、帰る。帰ると言うておるのに戻らぬから徳久と朝見が焦れておるだろう。ではの、維心。」
徳久と朝見とは、志心の重臣達だ。
箔炎も、呆れたように立ち上がった。
「我も帰る。」と、驚いている維月を見た。「気にするな、維月。これらは維心が本気で嫌がるゆえ、面白がっておるのよ。ではな。」
焔が、ジトッとそんな皆を見回して、言った。
「…我には口付けようとかするなよ。」と、維心を見た。「ではな、維心。気の毒になって来たわ。美しいのも良し悪しであるな。」
冗談かと思ったが、焔は大真面目のようだ。
炎嘉は、最後に言った。
「ではの。何でも生真面目に取るでない。それから維月、最近は奥に引っ込んでおって他の男に慣れぬのだろうが、志心如きに赤くなるでない。我の方が美しいであろうが。全く。」
炎嘉はそう言って、維月の袖を持ち上げてそっと口づけた。
維月は、確かに炎嘉も美しいので、小さく悲鳴のような声を上げた。
維心は、それこそ仰天したように慌ててそれを引っ張って避けた。
「こら!もう維月に興味はないのではないのか!」
炎嘉は、ハッハと笑った。
「それでも時に、情を交わしたい時もあるわ。」
確かに、今は誰も居ないものね。
維月は思ったが、炎嘉から真実寂しいという感情は感じ取れなかった。
維心はピリピリしていたが、それでもそんな炎嘉達を見送らねばと思ったようで、維月には奥へ帰っておれと急いで奥宮へと籠め、自分は出発口へと皆を追って行ったのだった。




