話し合い
駿、高彰、樹伊、翠明、公明、覚、英、加栄の8人には先に帰れと言い、炎嘉は志心、焔、箔炎と共に維心と話をする役をかって出た。
この四人なら、少々怒っていても、維心は話を聞くからだ。
前世も合わせて、長い付き合いがあるので、維心もあまり強くは出ないのだ。
先に8人を見送ってから、炎嘉は出発口で見送りに来ていた漸に言った。
「維心は激昂しておっても、あれ以上は咎めぬと言うた。恐らく今はもう、維月も居るしそう怒ってはおらぬと思うし、これ以上面倒はないと思うぞ。ただ、維心が斬り捨てなかった二人の沙汰は主に一任されておる。その処遇も維心に知らせる必要があるし、そこは重々考えてな。」
漸は、頷いた。
「分かっておる。此度ばかりはこちらが悪い。維心の事は、瑞花も重々気を付けるように、再三臣下に申し渡しておったのだ。昨日朝に倒れた侍女達のことも、瑞花は気を失うのではないかというほど驚いておった。その後、再び皆に申し渡しておったのに、あのような事に。瑞花の言葉を軽んじる輩が居ったということぞ。大半は従って無事だったのだし、あれらが愚かだったのだ。残りの二人が斬られるのを主に阻止してもらったが、我や瑞花の命を軽んじて聞かなかった罪があれらにはある。処刑が妥当だと思うておる。」
炎嘉は、重苦しい表情で頷いた。
「それが良いやもしれぬな。それに相当する罰があるなら良いが…維心が言う通りなのがむかつくが、またこんなことが起こらぬためにも見せしめにするのが良いのやもしれぬ。とはいえ、主が決めること。他にあるならそれでも良いかと思うぞ。こちらとあちらが違う事は我らも分かっておるゆえな。ようよう考えて、宮の中で諍いが起こらぬようにせよ。維心には、我が申しておくゆえ。」
漸は、また頷いた。
「分かった。よう考えるわ。維心には、せっかくに楽し気にしておったのに悪かったと申して欲しい。我とて、楽しく演奏をしておったのに水を差されて誠に腹立たしい限りなのだ。」
確かに、あの時までは楽しかったのだ。
炎嘉は、せっかく宮をここまでにして、こちらに合わせて来てくれたのに、臣下の行い一つで暗い心地になってしまったことに、心底残念に思いながら、漸の宮を飛び立ったのだった。
龍の宮が見えて来ると、到着口には鵬、公沙が迎えに出て来ていた。
維心は、当然の事ながら居ない。
普段なら、機嫌の良い時はここに立って出迎えてくれるのだ。
つまりは、機嫌が悪いということだろう。
しかし、来るなとは言って来なかったのだから、まだ激昂しているわけではないようだ。
炎嘉がそう分析しながら輿から降り立つと、鵬と公沙は深々と頭を下げた。
「炎嘉様。王が東中応接間でお待ちでございます。」
居間ではないか。
炎嘉は、思った。
大人数でもないのだから、奥の居間に通してもおかしくはない。
それなのに応接間で待っているということは、文句でも言いに来たのだろうと、こちらに対してそれほど会いたいという心地ではないという事だ。
炎嘉は、ため息をついた。
「そうか。」と、次々に降りて来る、焔や志心、箔炎を見た。「東中応接間だそうぞ。」
志心が、眉を寄せた。
「…ならば早う参ろう。待たせたらまずい。」
炎嘉は頷いて、鵬と公沙について、維心が待つ内宮の東中応接間へと向かった。
そこへ入って行くと、茶の良い香りがした。
茶を飲んでおったのか、と長く待たせたかと思ったが、そこには維心が居て、その隣りには維月が座っていた。
どうやら、維月が茶を淹れさせて、維心を落ち着かせていてくれたようだった。
「…維心。」炎嘉は言った。「少しは落ち着いたか。」
維心は、炎嘉を軽く睨んだ。
「我は帰る前にはもう、頭の中は冷静だったわ。ただ、あそこまで堪えたのに最後まで堪え切れなかった己にも憤っておって。どうあっても維月のためにも、斬るのだけは思うておったのに。」
あれは、己に対しての怒りでもあったのか。
炎嘉は、思いながら入って来た、志心、焔、箔炎と共に維心の対面の椅子へと座った。
志心が、言った。
「主は悪うない。我らでも、あまりに無礼だと斬るのだから、主にとり一番に我慢がならぬ事をされたのであるし、斬って然るべきだった。そのための決め事で、先に再三申しておったのだからの。主も申しておったが、これで分かったのではないか。龍王は、他とは違うのだとの。」
維心は、息をついた。
「…我は別に、特別扱いされたいのではない。我を見るのも別に、何もして来ぬのなら良いのだ。昔ほど、他神を面倒に思う事もなくなったゆえな。だが、関わって来ようとするのは誠に面倒で鬱陶しいのだ。何度意に沿わぬ女が寄って参って斬って来たことか。押し付けようとする臣下まで斬った。そこまでして、やっと誰も我の意に沿わぬような事をせぬようになった。ゆえ、そのまま来たのだ。我は、維月が居ったら他は要らぬ。鬱陶しいことこの上ないのだ。」
維心の気が、話している間にまた、沸々と怒りの気を帯びて来たのを感じて、維月は言った。
「維心様、分かっておりますわ。皆様昔からの友ではありませぬか。此度は維心様をお責めになろうと思うて参られたのではなく、気遣って来られたのですわ。どうか、落ち着かれて。」
維心は、維月の手を握って、フッと肩で息をついた。
「…分かっておる。」
久方ぶりにこんなことがあったので、気が立っておるのだの。
炎嘉は思って、言った。
「…しようがない。ただ、残った二人の女のこと、漸は処刑かと申しておったが、あの宮ではそこまでの罪でないのを知っておるから、宮の中が乱れぬように沙汰を下せば良いと申して来たぞ。漸が面倒を嫌うのは知っておるし、これ以上あれこれあったらまた籠ると言い出すのではないかと案じられるのだ。出て来たばかりであるのに、引っ込むのも簡単ぞ。主も、あれの沙汰が軽いだの文句をつけるでないぞ。」
維心は、頷いた。
「別に、我が殺したかった女は斬った。我の結界に触れて気を放った女ぞ。あとの二人は目の前に居ったゆえ斬った。残った二人は最後尾に居たゆえ、炎嘉が阻むしどうでも良いわと思うた。無罪放免でないのなら、別に今さら殺さずでも良いわ。」
炎嘉は、ホッとして頷いた。
「ならばそのように漸に申しておく。あちらも、できたら処刑などしたくはないのではないかと思うしの。」
焔は、肩で息をついた。
「思うたより落ち着いておって良かったことよ。久々に主が激昂する様を見たゆえ、こんなものどうやって止めたら良いのだと焦ったわ。炎嘉はよう、あの目の前に出て参ったの。我でも躊躇われたのに。」
炎嘉は、苦笑した。
「こやつになら殺されても別に悔いは残らぬしの。」
箔炎が、フフンと笑った。
「我を忘れておっても維心が炎嘉を殺すものか。聞いておるぞ、新月と闇の事件があった時、炎嘉は死にたいと申しておるのに、何としてもとこの世に残したのは主だろうが、維心よ。維月をしばし手放してもの。」
維月は、あの時の維心の葛藤を覚えていた。
炎嘉も維月も失いたくないという、己の我がままだと悩み抜いていたが、結局維月の事は失うわけではなく、ただ一時炎嘉の手に渡すだけなのだからと己の中で消化し、炎嘉が生きる事を選んだ。
それほどまでに、維心は炎嘉が大切だと思っているのだ。
維心は、箔炎を睨んだ。
「炎嘉は昔から我の補佐をしてくれておるからぞ。我の事をよう知っておるし、おらぬと困るのだ。」
志心が、苦笑した。
「今さらぞ。愛しておるならそう申せば良いのに。」
維心は、何度も首を振った。
「愛情とてそんな主らが思うておるようなものではないのだ!友情と言わぬか、面倒な事になるだろうが!」
焔が、微妙な顔をした。
「やっぱり主らはそんな関係か?あ、まあ維月が居るし、これ以上は聞かぬが。」
別に維月は知っているし気にしていないのだが、維心が困っているので黙ってくれるのは有難かった。
炎嘉が、うんざりしたように言った。
「ああ、別にもう何とでも想像してくれたら良い。否定するのも疲れるわ。もうこの際、そうなってしもうたら楽かと思う時がある。だが、維心のために申すが、まだそういった事になった事はないからの。別になっても良いが、維心がそんな気になれぬと申すし。我も否という男を押し倒す趣味はないからの。主とてそうだろうが、志心。」
維心がただただ慄いたような顔をしているのに、志心はお構いなく言った。
「確かになあ。お互い乗り気でなければ良いものでもないものなあ。だが、維心なら美しいゆえ、力が拮抗しておったら隙を見てとっくに押し倒しておったと思うぞ。半端ない力を持って生まれておって良かったの。」
維心は、身震いした。
大きな気を持っていなければ、この容姿では生きて行くのも辛かったはずだ。
「もう、そんな話をするのなら帰れ!」維心は叫んだ。「何度も言うが、我は男でも女でも維月以外には体には触れさせぬからの!」
箔炎が、まあまあと維心をなだめた。
「怒るな、維心。冗談ではないか。誰も主の事など押し倒せぬから、落ち着け。」
そういう事ではないというのに。
維心は思ったが、こうしてたわいもない話をしていると、何やら憑き物が落ちたように、何を憤っていたのだろうと犬神の宮での出来事が、遠くなるような気がしていた。




