関係
志心が、言った。
「…仕方がない。維心ならもっと前に斬っておった。ここまで我慢したのも珍しいほどぞ。維月が居ったらこんなことにはならなんだであろうに…最近はついぞ見ておらなんだのは、維月が傍で抑えておったからぞ。女神も維月の月の気に恐れをなして維心に寄っては来ぬしの。今回、負担をかけてはと妃を置いて来たのが裏目に出たか。」
炎嘉が、脱力して頷いた。
「しくじったわ。維心の事はよう知っておるのにの。こちらの女は扱いが違う。義心でも止められなかったのは、何やら廊下で話しておるのを聞いておって分かっておった。面倒よ…女が言い寄るのが、恥ではない宮であるからな。結界まで張っておるし、問題ないかと思うておったら、いきなり維心の怒りの気がしたので、慌てて飛び出したが間に合わず。初めての訪問であったのに…水を差してしもうて。」
それは維心も分かっていたのだろう。
だからこそ、ここまで我慢したのだ。
漸は、言った。
「我が悪い。その昔、維翔はあっさり女神も神も斬っておった。今の維心のように、激昂しておっても返り血すら浴びずに器用な様でな。我がもっとしっかりこの棟に、誰も入らぬように軍神を配置しておれば良かったのよ。もう、明日帰すことばかりを考えておって。甘く見ておった。」
あれは維翔なのだから。
「漸…。」
炎嘉が、同情気味に言葉を詰まらせた。
漸は、後悔していた。
維心が、維翔と分かってはいたが、何やら綺麗に品良くなっていたので、同じ神と分かっていながら分かっていなかった。
維翔とは、あんな神だった。
世の事を考えて行動してはいたが、自分が気に入らない場合は顔色も変えずに、側近であってもあっさり斬った。
漸ですら、時に斬られるのではないかと思った事があったほどだった。
ただ一人、出海だけがその維翔を抑えることができていて、意見が衝突しても、斬られずに済む女だった。
今生、その役目が維月になっているのだろう。
騒ぎに駆け付けた、貫が離れた位置で、遠慮がちに膝をついて控えている。
漸は、その貫に言った。
「…片付けよ。」
貫は、頭を下げた。
「は。」
後ろに控えていた、軍神達に貫は頷き掛ける。
わらわらと軍神達が来て、死体を運び出す準備をし始めた。
その最中、維心が間に合わせに羽織った袿姿で、扉を音を立てて開いて出て来た。
「維心!」炎嘉が、言った。「せめて朝まで残って普通に帰らぬか!漸の臣下を漸の許可なく斬ったのだぞ?礼儀は弁えぬか!」
維心は、まだカッカとしていたが、答えた。
「その臣下の所業を止められなかったのは漸ぞ!これ以上不快な思いはしとうないわ!正式に抗議しても良いのだぞ?我は我慢した。だが、限界ぞ!」
「だが…!」
炎嘉が追い縋ろうとするのに、漸が言った。
「良い、炎嘉。」炎嘉が漸を見ると、漸は維心を見た。「すまなかった。主の性質は知っておったのに。朝から我慢ばかりさせたの。とにかく、我は今一度宮の者達を教育し直すゆえ。しばらくは、こちらに客は迎えぬことにする。あれらが完璧になったら、主らもまたこの宮へ招こうぞ。此度はこちらの責ぞ。」
維心は、それを聞いて黙った。
維心の怒りの気が、スッといくらか落ち着いたので、かなり正気に戻って来たのだと回りは思った。
「…分かった。」維心は、横を向いて行った。「斬った事は謝らぬ。我は間違っておらぬからの。だが、騒がせたことは謝る。我をあんな目で見る女が居る宮には、一刻も居たくないゆえ、もう帰るがこれ以上事は荒立てるつもりはない。」
漸は、頷いた。
「分かった。」
維心は、スッとそのまま、己が殺した女神が転がる横を、見向きもせずにさっさと歩いて出て行った。
義心が、皆に頭を下げてから、その後ろに続く。
その背を見送りながら、他の王達はため息をついていたのだった。
瑞花が、不安げにしていると、菊の所に別の侍女がやって来て、軍神のように膝をついて言った。
「菊殿。ご報告がございます。」
菊は、寝間着のままだったが振り返った。
「夏奈か。何かあったか?」
口調が軍神のそれだ。
瑞花は、そこからこの二人が軍神でありながら瑞花の侍女をしているのだと分かった。
夏奈は、頷いた。
「は。先ほどの叫び声、あれは客間の棟に侵入し、龍王様のお部屋へ忍ぼうとした女が龍王様から斬られたものでありました。急ぎご報告をと。」
瑞花は、びっくりして口を押えた。
あの、恐ろしい龍王に忍ぼうとするなんて…!!
菊は、淡々と言った。
「現場は見て参ったか。」
夏奈は、頷いた。
「は。合計三人が斬られており、二人は共に一太刀。一人は一突きで事切れておりました。残り二人が、鳥王の炎嘉様の取り成しで難を逃れましたが、王によって地下牢に繋がれました。かなりの出血でありましたが、その後出て来られた龍王様は全く返り血を浴びておられず。かなりの手練れであられるかと。」
菊は、ため息をついた。
「さもあろうな。それは貫殿から聞いて知っておるが…」と、ガタガタを震える、瑞花を見た。「王妃様、ご案じなさいますな。我らがついておりまする。斬られた女神は、王妃様が再三注意するようにとお教え頂いておったのに、侮っておるからそのような事に。自業自得でありまする。」
夏奈も、言った。
「その通りです、王妃様。龍王様も王妃様にはお手を出したり致しませぬから。それに…もう、お帰りになりました。」
瑞花は、え、と言った。
「え…夜中でありますのに。もしや、怒って?宮と宮との関係が、悪うなってしもうたのでは。」
そうなったら、漸様のこれまでの頑張りが無駄になってしまう。
瑞花が思っていると、夏奈は首を振った。
「いえ、龍王様は斬った事で手打ちにと。王は詫びでおられました。愚かな女のせいで…我が王が頭を下げねばならぬとはと、見ておって憤ったものでございます。」
では、宮と宮との関係は大丈夫。
瑞花は、ホッと息をついたが、しかし三人の命が犠牲になったのは胸が痛かった。
「…我が、楽の時は見ても良いなどと言わぬでいたら…。」
菊は、しかしきっぱりと首を振った。
「王妃様、それは違います。」瑞花が、強い調子に驚いていると、菊は続けた。「王妃様は事前に、強く龍王様には気を付けるようにと皆に申し渡しておられました。本日も、何度も皆に注意喚起を致しましたし、現に大半はそれを守っており、楽の折にチラと見たことは確かでありますが、あの美しさの裏の恐ろしさを思って近づかずに居たのです。それなのに、部屋まで忍ぶなど。堪えてくださっておった龍王様のお怒りを、遂にかってしもうたのは、あれらが全て悪いのでございます。王妃様がお悪いのではございませぬ。」
女性なのにキツイ言葉に聴こえるが、瑞花には心強かった。
菊は、男性ではないのに男性のように、それは頼りになるのだ。
「…そうですね。我ももう、その事は考えぬように致します。ですが、王が何と仰るか。牢に繋がれた女神達を、恐らく沙汰無しでは出せぬでしょう。案じられますわ。あくまでも、この宮では罪な事ではないのですから。」
しかし、夏奈は首を振った。
「龍王様は外の神であられまする。だからこそ、王は王妃様に命じられ、我らの教育をさせたのでしょう。それをしっかり守っておった者は、誰もそんな事にはなっておらぬのですから。これより、外の神世に出て参ることになるのに、そんな輩は恐らく、遅かれ早かれ誰かに斬られておったのではないかと思います。むしろ、こうして誰かがその恐ろしさを目の当たりにして、思い知るのが良かったのだと思います。」
菊が、それに頷いている。
瑞花もそれに頷きながらも、漸の気持ちが気になって仕方がなかった。




