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憧れ

宴の席は、それは美しかった。

瑞花も、給仕に問題があってはと影から見守りながら、滞りなく酒が回るようにと配慮していたのだが、そんな中で、楽が始まったのだ。

上位の王達の楽の音は、月の宮に居る時にも聞いていたが、ここは漸がより良く楽が楽しめるようにと、音が特別に反響するように作られた大広間。

その音色は、宮に響き渡って皆を酔わせるようだった。

その上、上位の王達は皆軒並み美しい。

維心ですら、ああして楽を楽しんでいる時に、隠れて見る事を咎める事はないのは、暗黙の了解となっていた。

もちろん、目の前で棒立ちになって見ていたら咎められるのだが、仕切り布の間から、他の王達と共に眺めるぐらいなら何も言われる事はなかった。

それは、瑞花も知っていたので、皆には楽の間は、それほどに厳格に見てはならぬと律しておらなくても大丈夫だと、言い渡していた。

全員が、一日中必死に見てはならないと頑張っていたので、ここで一度息抜きさせようと思ったのだ。

龍王の琴は、相変わらずそれは緻密に計算された美しい音色で、演奏しているその姿もそれは美しいものだった。

炎嘉や焔、箔炎など華やかな神が、その見た目に違わず明るく奇抜な音でそれに華を添え、漸はそんな演奏の中に入って、舞う神が舞いやすいような調子へと引き込んで行こうと割り込んで行く。

結果的に、とても珍しい曲へと変化していて、聞きごたえがあった。

臣下達が、ここひと月の緊張感と疲れをそれで癒される心地で居るのが、瑞花には分かった。

菊が、言った。

「誠になんと美しい神達であられることか。」菊は、ため息をついた。「ああして寛いでいらっしゃる様は、こちらの皆にとってもひと息つける良い時でありますわ。侍女達も、あまりにも見てはならぬと言われるので疲れて参っておりましたところ。まだ慣れるのには、時が掛かりそうでありまする。」

瑞花は、苦笑した。

「皆様がお帰りになったら、漸様はそこまで申されないので大丈夫だと思いますよ。とはいえ、これから来客も増えるでしょうし、朝のような事がないようにしなければ。今は龍王様も咎められませぬが、楽が終わって退出される時にはまた、粗相などしては大変な事になりますわ。とにかく、最後まで気を抜かずにおきましょう。」

菊は、表情を引き締めて頷いた。

「はい、王妃様。そこは我も申しておきましたから。」

こうしてみると、どうも菊は瑞花の侍女長という立場以上に、結構な力を持っているように見える。

瑞花は、言った。

「菊。主は我の侍女長でありますが、前は何を?」

菊は、少し驚いた顔をしたが、答えた。

「王は仰られなかったのですね。我は、第61位の軍神でありまする。今も、軍神と侍女長を兼任させて頂いております。」

え、軍神?!

瑞花は、びっくりして口を袖で押さえた。

そういえば、手練れの侍女に囲ませるとか言っていたが、軍神を侍女に?

「まあ」瑞花は、菊を気遣うように言った。「ならば軍務の方が良いでしょうに。我などの世話までさせられて、誠に申し訳ないこと。」

菊は、笑って首を振った。

「ご案じくださいますのは有り難いことでありますが、我は元々侍女の方が良いのですよ。ですが、まだ幼い子が二人居って養うためには多くの品が必要で。侍女より軍神の方が手当てが多いので、立ち合いも得意でありましたしそちらに所属しておりました。序列も高い方なので、問題なく務めておりましたが、軍務は外回りが多く。子達の側になるだけ居たいしで、悩んでおる時に王から王妃様の侍女と兼務せぬかとお話があって。それなら手当ても減らぬし子達も側に置けるしで、我は大変に助かっておりますの。赤子の内は任務の間、治癒の棟で預かってはくれまするがやはり案じられて仕方がなかったので、今はホッとしておりますわ。」

そうか、ここは女も独立しているから。

瑞花は、まだ慣れない常識の中で頷いた。

「ならば良かったこと。あなたの子達にも、会ってみたいですわね。あなたに似ておるのなら、可愛らしいでしょう。」

菊は、何しろ美しいのだ。

黒髪で目が鋭く、凛々しい美しさで瑞花はつい、頼りにしてしまう。

菊は、フフと笑った。

「まあ。是非に、王妃様。まだ幼い息子達でありますが、軍神を目指して玩具の刀を振り回しておりますわ。とにかくやんちゃで。手がつけられませぬ。」

そう言いながらも、目は嬉しげだ。

瑞花は、それを聞いて月の宮に残して来た、比呂が案じられた。

今頃、あの子はどうしているのかしら。

瑞花は、忙しさに取り紛れて文も出せていなかったので、これが終わったら文を出そう、と思っていたのだった。


様々な楽器を使って、皆であちらの曲を弾いて時を過ごして、やっと炎嘉が言った。

「ああ、弾いたわ。もう良い、疲れてしもうたわ。それにしてもここは音が良いなあ。大広間の造りがそうさせるのかの。」

漸が、頷いた。

「上手く反響させるように設計させてあるのだ。臣下で集まって楽をやるのもこの場所でな。」

志心が、頷いた。

「誠に良い場所よ。我が宮も考えねばならぬの。弾くのが楽しかったものな。」

焔が、言った。

「我は戻ったら同じように大広間の一つを設計させると今決めたぞ。この方が良いからの。」

箔炎が、ククと笑った。

「誠に性急な。臣下が慌ててこちらに問い合わせるのが目に見えるようぞ。」

維心は、むっつりと黙っている。

炎嘉が、小突いた。

「なんぞ。また機嫌が悪いようよな。ならぬぞ、せっかく楽しく演奏しておったのに。」

維心は、まだ不機嫌そうにしていたが、黙って頷く。

口答えもしないが、不機嫌なままの維心に炎嘉が戸惑っていると、志心がハッとした顔をした。

「…そうか。」何がそうなのだと皆が目を丸くしていると、志心は続けた。「あ、いや、そろそろ控えに戻ろう。ええっと、義心?居るか。」

すると、サッと義心が脇から出て来た。

「は。」

志心は、言った。

「侍女ではならぬわ。軍神に先導させて維心を控えの間に。」

義心は、頭を下げた。

「我が王をご案内致します。」と、維心を見た。「王。こちらへ。」

維心は、黙ったまま立ち上がる。

皆も、同時に立ち上がった。

「我も帰る。」炎嘉は言う。「…志心?」

志心は、炎嘉を睨んで首を振った。

炎嘉が黙ると、義心は黙り込んだままの維心を連れて、そこを出て行ったのだった。


それを見送ってから、焔が言った。

「…なんぞ?維心はどうした。」

志心は、声を落として言った。

「…あれを熱っぽく見て気を送って来ておる奴が居るのよ。しかも、一人や二人ではない。」

え?

漸は、思わず見えない仕切り布の中を見通そうとそちらを見た。

もちろんのこと、何も見えない。

炎嘉が、それを聞いて慌てて辺りを検索するように見た。

そして、ため息をついた。

「…確かに。気付かなんだわ。楽の余韻に浸っておって。あのまま放置しておったら、維心が切れ散らかすから帰したのだの。」

志心は、頷く。

「あれの腰の刀は飾りではないからの。抜いたら一瞬でそやつらは死ぬだろう。義心に連れて行かせたのは、あやつなら維心が刀を抜く前に相手を抑える事ができるゆえ。確かに楽の間は見ることは黙認しておるのがいつもの事だが、気まで放って来ておったらの。今にも切れるのではないかと慌てたわ。」

漸は、女から言い寄る事が常識な中で、あの美しい神が居たらそうなるだろうとため息をついた。

「すまぬな。要らぬ気遣いをさせてしもうて。ならば主らも、もしや?」

炎嘉は、笑った。

「我らは慣れておるから。そんなことをいちいち気にしておったらキリがないわ。とはいえ、数が多いなとは思うたがの。無視できるゆえ、問題ない。」

ということは、皆にそんなことをしているのだ。

あちらとこちらの常識は違うとあれだけ教えたのに、やはり大きな気で美しい神がこれだけ居たら皆、抑えられなかったのだろう。

「…困ったもの。」漸は、足を扉へ向けた。「迷惑を掛けたの。せめて控えに戻って今夜はゆっくりして欲しい。臣下には、我から言うて聞かせておくゆえ。」

そうして、皆は控えの間へと戻って行った。

維心が爆発する事だけが気掛かりだった。

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