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宴の席にて

漸の宮の大広間は、石の床の上に底上げされた板を敷いて、その上に大きな綿入りの座布団を置いてあり、どうやらこちらで直に座って、楽などをするのに良いように作られてあるようだった。

そこへ案内されて座ると、この宮の杜氏が丹精込めた酒を口にした。

それは、ほんのりと檜の香りが漂う、清々しい酒だった。

「これは良い。」焔が、目を輝かせた。「龍の宮の酒を越える物はないと思うておったが、これもまた趣が違って良い按配ぞ。」

炎嘉も、頷いた。

「冷やで飲むならこれよりはないやもしれぬな。」と、漸を見た。「漸よ、何か我らに品を準備しておるのだろうが、我は酒にしてくれ。宮でも飲みたい。」

漸は、気に入ったのかと頷いた。

「気に入ったのなら良かったことよ。ここは森が豊かであるから、木々の香りが移るのが良いとそのように醸造するのだ。水も良いしな。」

維心は、頷いた。

「スッキリとしておって良いの。我も持ち帰って我が杜氏にこれを飲ませてみたいわ。また何か新しい物を作りよるかもしれぬしな。」

それには、炎嘉が顔をしかめた。

「また龍か。あれらが本気になったら勝てぬからのう。まあ、珍しいのもある。いつも龍の宮の酒を一番と飲んでおったから、また知らぬ味も試してみたいと感じるのだ。」

漸は、頷いた。

「そうか。我も龍の宮の酒を初めて飲んだ時には驚いたがの。あれほどまろやかで滑らかに喉を通る甘い酒はなかろう。きめ細かいと申すのかの。辛口の酒も、後からスッキリとしてピリピリとした衝撃もないし。するする飲めるゆえ、宮へ持ち帰って皆で宴会をした時も、飲み過ぎる者が続出して楽器も演奏にならなんだ事があったわ。」

焔が、ああ、と顔をしかめた。

「それよ。我もあまりにも飲みやすいゆえ、ついつい龍の宮の酒は飲み過ぎてしもうての。毎回泥酔ぞ。」

炎嘉が、呆れたように言った。

「酒のせいにするでないわ。主は加減を知らぬのだ。旨いからとガンガン飲みおって。本日は飲み過ぎるでないぞ。初めての宮で醜態を晒すでない。」

焔は、ムッとしたように炎嘉を見た。

「うるさいぞ、炎嘉。それぐらい弁えておるわ。もらって帰って宮で飲むから良い。」

皆が持って帰る話になっておるのか。

漸は、全員に準備させねばと、脇に控えている伯に頷き掛ける。

伯は、すぐに頷いてサッと下がって行った。

恐らく、酒樽の準備をさせるために出て行ったのだろう。

志心が、そんな中で黙って何かを考えているかのように、酒を口に運んでいる。

ふと、それに気付いた炎嘉が言った。

「…志心?どうした、何か考えておるような。」

志心は、顔を上げた。

その顔を見て、炎嘉はハッとした。

思えば、序列決定の時に志心の意見は聞いていなかった。

何しろ、志心はこれまでと変わらないので、良いかと思ったのだ。

箔炎もそれに思い当たったのか、脇から言った。

「そういえば、志心には聞いておらなんだの。漸の序列は四位で良いか?」

志心は、まだ少し考えているようだったが、言った。

「…我はの、漸は三位でも良いかと思うておるのだ。」漸も、皆も驚いた顔をする。志心は続けた。「我は、確かに戦国を主らと戦い抜いて今の世を作る手助けをした。とはいえ、漸とて神世に残っておったなら、恐らくやったことぞ。」

炎嘉は、真面目な顔で言った。

「だが、実際には何もしておらぬからの。」

志心は、首を振った。

「それも、我が祖先のせいぞ。」言われて、駿も顔をしかめる。志心は続けた。「白虎と獅子の始祖が、前世の犬神に対してあんな嫌がらせをしなければ、犬神は皆と共に世を守り、漸が今こんな苦労をする必要もなかった。我らの始祖のせいで引き籠っておったものを、関わって来なかったからと格下にしても良いのかと思うてしもうてな。」

皆は、黙り込む。

維心が、口を開いた。

「…それでもぞ。」皆が、維心を見る。維心は続けた。「始祖がどうあれ、主は我らと共に戦う事を選び、神世が平穏になるように臣下をなだめて動かした。それが、どれほどに今の世のためになったことか。本日夕凪を見ておって思うたが、主が敵に回っておったら世はまだ戦国であったやもしれぬ。我は主に勝てぬと思うたことはないが、戦は独りでするわけではない。我が龍達をどれほどにまだ失っておったかと考えると、主のしたことは大きい。犬神とて、外の事を何も知らぬわけではないのだから、出て参って我らの助けになることもできたはずぞ。それをせなんだのだから、やはり漸は主の下。それが正当な評価であると我は思う。」

炎嘉は、頷いた。

「その通りぞ。序列は入れ替わるし、これから先の王次第では白虎の地位も変わって来るやもしれぬが、今この時は主が我らのすぐ後ぞ。漸とて、これから先どんな風に神世に貢献するかでまた位置が変わるやもしれぬ。今はこれで良いのだ。」

志心は、まだ納得していないのか、酒を手に黙り込む。

漸が、言った。

「…我は、主の下であると思う。」志心が、驚いたように漸を見る。漸は苦笑して続けた。「実はの。我は面倒が嫌いで、楽しい事ばかりを追い求めるのは前世今生と全く変わっておらぬのだ。此度だって、あれこれ面倒なのに、もういっそまた宮に籠ろうかと真面目に思うたほどぞ。だが、最初は月の宮へと通って、瑞に会うのが思いのほか楽しかったので、難なく学ぶ事ができた。次に宮のあれこれなど、もう否だと思うたが、瑞や臣下達が我を気遣って支えてくれたので、何とかここまで過ごすことができた。今回出て参ったのも、維翔や炎郷とまた、楽しく話したかったからぞ。ただそれだけで、もし戦国であったなら、恐らく出て参るのを躊躇っただろう。面倒がとにかく嫌いだからぞ。つまりはの、我は恐らく、主らの始祖である志真(しま)羽矢(はや)との諍いがなくとも、どこかの時点で籠っておったわ。鷲や鷹のようにな。なので、その面倒に立ち向かって参った龍や鳥、白虎には頭が上がらぬと思うておるのよ。我は、主らの上では絶対にない。あるとしても、これから余程の事があった場合だけではないかの。四位という地位をもらっただけでも良かったと思うておるよ。」

そういえば、前世の樂は楽しい事だけをしたい、面倒を嫌う性質だと聞いていた。

確かに、戦国のままなら出て来るのを躊躇ったかもしれない。

志心は、敢えて龍と鳥の下に下って、一緒に世を平穏にまとめようと考えたが、漸は同じ場に立っても逃げたと言っているのだ。

志心は、やっと納得したのか頷いた。

「分かった。主がそう申すのならばの。」

炎嘉が、言った。

「あの頃、誰が一番だと大騒ぎであったからこその戦国であったのに、主はその力を持っておりながら我らの下に下る選択をし、共に戦って世を平穏にしたのだ。それが大きな実績であるのよ。志幡も言うておったよな。主が賢しいからこそ、白虎は栄えたのだと。ゆえに、主はやはり我らの次であるのよ。」

志心は、今更ながらに自分の地位というものがハッキリして来て、何やら不思議な心地だった。

焔が、言った。

「そら、主らは真面目であるから。我は漸に賛成ぞ。楽しい事をする方が良い。とはいえ、今は我だって面倒も引き受けねば、己の地位に見合わぬのは知っておる。今は楽しむ時ぞ。面倒が終わったのだから、これから漸も正式に神世へ戻って参った祝いに飲もうぞ。そうよ、楽。楽をしよう。維心、主、何か弾け。」

維心は、顔をしかめた。

「なぜに我が。」

炎嘉が、言った。

「良いではないか、主の正しい音でこの宮の者達に我らの曲を教えてやるのも。我らは慣れた曲は再構成して最早別物になってしまう事もあるからのう。主が弾くのが良い。我らはそれに合わせて良うしてやるゆえ。」

維心は、渋々頷いた。

「仕方がないの。ならば漸のために、本日は特別ぞ。」

維心には許しが無いと他の宮の侍女が近付く事ができないので、弁えている龍の侍従と侍女が進み出て来て、琴の準備を始める。

漸は、また新しい曲を聴けると目を輝かせていたのだった。

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