立ち合い
漸は、職人達の棟へと皆を案内し、そして工房を順に見せて回った。
漸の宮の職人達は、大変な数であり、中で細かく担当分けがされていて、専門の職人が山ほど居た。
箔炎が、言った。
「まるで維心の宮を見るようよ。」と、長い廊下を次へと進みながら言った。「大変な数ぞ。日にかなりの数の物を生み出すのではないのか。」
炎嘉も、頷く。
「特に楽器の専門は龍の宮より多いぞ。腕も良いし、これまで何故に引っ込んでおったのかと悔やまれるほどよな。」
漸は、答えた。
「まあ、時々に外へ参って、どんなものを作っておるのかは調べておったし、似たような物はある。楽器は確かに、我が好むゆえ、その昔から多かったが、王座についてこのかた、また増えたものよ。人世の物も多く手に入れて来たしな。珍しい音を求めて、いろいろ励んでおるわけよ。」
皆は、うんうんと頷く。
維心は、言った。
「…これだけ見れば他は良いわ。ならば次は宮の設えか?我は控えの間にまだ行っておらぬが、皆どうであったか。」
駿が答えた。
「我は待っておる間にあちこち控えの間を見て回ったが、他の部屋も問題なく。貴賓室は言うまでもなく他と比べて遜色ない。調度も良い品であった。」
炎嘉は、頷く。
「その通りよ。部屋は申し分ない。最上位の宮の貴賓室として、何の落ち度もなかったわ。」
瑞花が言う通りにしただけなのだがの。
漸は思ったが、黙っていた。
維心は、頷いた。
「ならば軍よ。」と、漸を見た。「訓練場へ参ろうぞ。宮の実力は筆頭、次席の軍神を見れば大体分かるもの。何やら貫が志心のところの夕凪と立ち合ったりしておったと聞いておるが?」
漸は、頷いた。
「あれが、あちこち腕試しをしておかぬとと申すので。」
志心は、言った。
「義心と立ち合っておるのだとか夕凪が言うておった。なので、義心の動きと似ておるところがあるのだとか。そこそこやるようだがの。」
「誰と立ち合わせるかのう。義心では哀れであるから、他にしてやらぬか。」
炎嘉が言う。
焔が、言った。
「うちの弦にするか?だがあれは、歳をくっておるだけあってかなり狡猾な動きをするがの。」
「弦はならぬ。勝ちに行くぞ。」維心が言う。「義心が良い。あやつなら負けても誰も咎めぬし、上手く遊ばせて手の内を我らに見せるように立ち合える。他の軍神は、王が見ておったらとにかく勝たねばとそれどころではない。義心に命じる。」
炎嘉が、それを聞いて顔をしかめた。
「まあその通りだが、何やらおもしろうないわ。」
焔も渋い顔をした。
「まあ、事実だからの。本日は別に、立ち合いの会ではないのだから、それが良い。」
一番立ち合いたくないと言っていた相手であるがな。
漸は思ったが、足を訓練場の方へと向けた。
「ならば、こちらへ。軍の建物は全て外宮の外の建物なのだ。参ろう。」
そうして、皆はまたぞろぞろと訓練場へと向かったのだった。
ここの訓練場は、月の宮の訓練場のように、丸い形だった。
月の宮のや他の宮のように、観客席はない。
なので、立ち合いの会などを催す事はできないだろうが、あちこち岩場なども作ってあり、いろいろな形で戦えるようにはなっていた。
そこが、月の宮とは違った。
月の宮は、軍宿舎などが入った建物以外の全方位から観客が訓練場を見下ろせるようになっており、フィールドは平たくて岩場などはないのだ。
そこでは、やはり貫と柊、それに他の犬神の軍神達と、今ここに居る王達が連れて来た軍神の一部が居て、自分達の王が来るので、全員が膝をついた。
「何ぞ、控えに行っておるかと思うたのに。」焔が、言った。「主もここに来ておったのか、弦。」
弦は、顔を上げた。
「は。誰が立ち合う事になるのか分からぬので、全員が肩慣らしをしたいと言い出しまして。我も、ならばと参りました。」
だから筆頭が全員居るのか。
各々自分の筆頭軍神が膝をついているので、そう思った。
炎嘉が、言った。
「嘉張。どうよ、主は貫に勝てるか。」
嘉張は、我か、と思ったのか、慌てて頭を下げた。
「は!では我が相手を。」
炎嘉は、苦笑して首を振った。
「いや違うのだ。どれぐらい力が拮抗しておるのか、それとも余裕であるのか、そこのところが聞きたかっただけぞ。貫と柊の相手はもう決まっておる。」
嘉張は、顔を上げた。
「は、ならば、いったい誰が?」
義心だと試合にならないだろう。
嘉張が思っていると、維心が言った。
「義心ぞ。」と、義心を見た。「義心。やれるか。」
義心は、顔を上げた。
「は。では我が相手を。」
義心は、恐らく維心の意図を悟ったはずだ。
炎嘉が、力が拮抗しているのか聞きたかった、と言ったからだ。
義心は、恐らく王達は貫がどこまでできるのか、その限界を見たいのだろうと思った。
貫は、義心と聞いて顔を険しくしたが、弦が焔に言った。
「…ということは、勝敗にはこだわらぬというお考えでしょうか。」
焔が、笑って手を振った。
「立ち合いの会でもあるまいに。こちらは、力の程を見たいだけぞ。必死に立ち合っておる様を見たいわけではない。ならば、各宮の筆頭軍神の勝ち抜き戦でも開いたら良いのだからの。だが、どうせ勝つのは義心であるから、おもしろうないであろう?」
弦は、ぐ、と黙った。
そもそもが、義心に勝てると思ったことすらない。
恐らく、どの軍神もそうであろう。
維心が、言った。
「もう良い焔、主でも義心には五分しか勝てぬ癖に。」と、義心を見た。「義心、同時に二人で良い。我らは職人の所へも行って参ってもう休みたい。さっさと見せてくれ。」
義心が頷いて立ち上がろうとすると、志心が言った。
「こら、雑に扱うでない。確かにこやつなら二人相手でもいけるだろうが、一人は義心、もう一人は…夕凪にさせよう。」と、夕凪を見た。「夕凪、主は柊と。いけるな?」
夕凪は、自分はもう関係ないと思っていたのか驚いた顔をしたが、頭を下げた。
「は!」
夕凪は、志心と同じで白虎の宮には多いのだが、諸刃の少し湾曲した双剣を使う。
相手は、義心とはまた違った形で面倒だろうと思われた。
維心が、言った。
「ならば、先に柊と夕凪で。」と、夕凪を見た。「適当に泳がせて我らに動きを見せよ。義心は言わずでもそれをやるが、主もこの立ち合いの趣旨を理解しておるな?」
夕凪は、困ったように志心を見る。
志心は、頷いた。
「維心が言う通りぞ。勝つことが目的ではない。あくまでも、この宮の軍神が実戦にも対応できるだけの力を持っておるのか知るための立ち合いぞ。別に一本取られても良いのだ、我らがそれを判断できるだけの手数を見せよと申しておるのよ。」
夕凪は、困惑した顔のまま、頭を下げた。
「は。仰せの通りに。」
とはいえ、負けたくはないだろう。
力が拮抗している者同士では、僅かに技術が上だとかでは、見せるために相手を泳がせるという事が難しい。
龍の宮でも、次席の帝羽は三位の新月には負けることがあるし、新月は新月で、四位の明輪に負ける事がある。
ただ一人、筆頭軍神の義心だけが、突出して技術が高いので、負け知らずなだけだった。
一気に緊張した面持ちになった夕凪と、もう覚悟が決まっている柊は、王達から離れて、訓練場の中央へと向かった。
それを見送りながら、義心は維心に小さく言った。
「…王。夕凪では、柊相手に手数を増やすことはできませぬ。柊は、変わった動きをするのです。犬神の中でもかなりすばしこい方でございます。一気に畳みかけぬ事には、夕凪は軽く一本取られてしまう可能性がございます。」
維心は、片方の眉を上げた。
「夕凪が敵わぬと?」
義心は、首を振った。
「いえ、腕は夕凪の方が上であるので、これが通常の立ち合いであれば軽く短時間で勝つでしょうが、早々に決してはならぬと言い渡されてしもうては、勘の良い柊はすぐに慣れて追いついて参るでしょう。夕凪にとって、かなり不利なことに。」
維心は、ため息をついて二人に声を掛けた。
「…待て。」二人が、こちらを向く。「組で立ち合おうぞ。つまり、義心と夕凪、柊と貫ぞ。貫と柊も、お互いを守って戦えるゆえ心強いのではないか?」
貫と柊もそれを聞いてホッとしたような顔をしたが、夕凪もホッと肩の力を抜いたように見えた。
義心が、立ち上がった。
「では、我も参ります。」
維心は、頷いた。
「頼んだぞ。」
義心は頭を下げてから、サッと訓練場中央へと飛んで行った。
貫も、急いでその後に続いたのだった。




