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垣間見

維心と漸が応接間で待っていると、炎嘉達が控えの間から出て続々と集まって来た。

炎嘉が、真っ先に来て維心を見て、言った。

「…また本日も美しいの、主は。素で美しいのだから着物など麻で良いのだ。」

維心は、顔をしかめた。

「あのな、龍達は我のために励んでおるのだぞ。だからこそ、万華のような布もできて参るのだからの。我が麻しか着ぬなら、あれらも今度は麻で違う布を織りおるわ。」

まあ確かにそうだが。

炎嘉は、渋い顔をしながらも、その隣りに座った。

そこへ、伯がやって来て漸の側に膝をつくと、漸は小声で言った。

「それで?何があったのよ。」

伯は、囁くような声で答えた。

「は…誠に申し訳ございませぬ。侍女の数人が、あれだけならぬと言われておったのに仕切り布の間から龍王様をお見上げしておったようで。お笑いになったお顔に、気を失って倒れたのでございます。」

だから維心は、機嫌が悪くなったのか。

漸は、バツが悪そうな顔を維心に向けた。

炎嘉が、脇から言った。

「聴こえておったぞ。知らなんだのか、七夕など維心が視線を向けただけで女神がバタバタ倒れるので、こやつは一点を見つめて他を見ることもできぬし、ニコリともできぬのだ。」

維心は、むっつりと言った。

「…倒れた音が聞こえたので、また誰か見ておったなと思うた。まあ、主の眷族は知らぬゆえ、此度の事は特に咎めぬ。ゆえ、あの時そう申したのだ。」

維心には分かっていたのだ。

漸は、困った臣下を持っていると思われたかと伯を見た。

「…倒れた侍女は役目を外せ。後で沙汰は考える。」

伯は、頭を下げた。

「は!」

そうして、伯はそこを出て行った。

志心が、言った。

「まあ、こんなのが居ったら見たいと思うのは(さが)よな。」

焔が、後ろから歩いて来ながら言う。

「だから見るなと申すのにの。維心は不必要に美しいのだ。品が良い上、良い物を着ておるから更に良く見えるのよ。観賞用には破壊力が強過ぎるのだ。」

破壊力とな。

漸は、顔をしかめたまま維心を見た。

確かに、前世の維翔の頃から美しかったが、あの頃はもっと野性的な見た目で、もっと粗野であったのでここまで美しいと思わなかった。

だが、こうして見ると確かに美しいし、慣れている自分でも胸の奥が熱くなるような、おかしな心地も湧いて来る。

黙っていたら、女が寄って来て仕方がないのではないだろうか。

維心だけいろいろあると思って面倒に思っていたが、そう考えるとそれも道理な気がしてくる。

見たら面倒が起こるので、だったら見るなということなのだろう。

「…いろいろ分かった気がする。見慣れておって皆と変わらぬとか思うておったが、こうして見ると維心は段違いに美しい。我でも改めて見ていたら、何やらおかしな心地が。」

志心は、フッとからかうような様子で笑った。

「そら、男もいける心地になろう?男女どちらもいける男の心地がそれよ。維心は女しか無理な奴の胸にも、そんな感情を湧かせるほど美しいのだ。ゆえ、面倒だからこれは見るなと申すのだ。我らがその決まりに同意しておるのも、それゆえぞ。ただのわがままなら、従う事はないわ。」

確かにいくら力の大きな王でも、それだけ特別扱いの法に従う謂れはない。

皆が賛同しているのには、理由があるのだ。

「…別に維心とどうにかなろうなど、前世でも思った事はないが、確かに維心ならいけそうな気がしてくるゆえ不思議よ。」

維心は、途端におののいた顔をした。

「主まで何を言うておるのよ。我は男でも女でも、維月以外はならぬからの!」

炎嘉が、苦笑した。

「ああ分かった分かった。落ち着かぬか。それだけ美しいということぞ。ゆえに維月とて、その初めから主を拒絶せなんだのだろうし、その容姿には感謝するべきぞ。あれは美しい神に殊の外弱いゆえな。」

確かにそうだが。

維心は、不機嫌な顔で黙る。

焔が、言った。

「して?とにかく宮を見て回るのだろう。困った侍女などどこの宮にも一人二人居るわ。他を評価しようぞ。」

確かに、数人の侍女が粗相をしたからと、宮の評価が決まるわけではない。

漸は、気を取り直して頷いた。

「ならば参ろう。まずはどこが良い?」

炎嘉が、答えた。

「そうだのう…どこでも良いのだが、軍神はまだ到着の後始末で忙しかろうし、まずは職人の所へ行くか?」

箔炎が、頷く。

「そうだの。さっさと行って見て参ろう。待っておるだろうし、長く職人の邪魔をするのは気が退ける。作業が止まるゆえな。」

漸は、頷いた。

「こちらぞ。」

漸は、ぞろぞろと維心、炎嘉、志心、箔炎、焔、駿、樹伊、高彰、翠明、公明、覚、英、加栄を連れて、職人達が集まる棟へと歩き出したのだった。


瑞花は、伯が慌てて奥へとやって来たので、何事かと驚いた顔をした。

やれることはやったので、当日瑞花にできることなど限られている。

なので、とにかくおとなしく、奥に居るのが一番だと引っ込んでいたのだ。

瑞花の侍女の長は、菊という背がすらりと高い、美しい女神だった。

その女神と話しながら、茶を飲んでいたのだ。

「まあ伯様。王妃様に失礼でありますわ。そのようにいきなり、先触れもなく。」

菊が怒って嗜めるように言う。

伯は、膝をつきながら言った。

「王妃様、いきなりに申し訳ございませぬ。急ぎ、お知らせしておかねばと。」

瑞花は、菊を視線でなだめてから、伯を見た。

「何かあったのですか。」

伯は、頷いた。

「あれほど王妃様にはご注意頂きましたものを。侍女の数人が、ご到着なされた龍王様を布の間から垣間見ておりまして。王とお話しになって、僅かに微笑まれたのを見て、気を失って倒れたのでございます。」

「ええ?!」

瑞花は、思わず声を上げる。

菊も、険しい顔をした。

「…あれだけきつく申されておりましたものを。いったい誰が。」

伯は、瑞花に必死に言った。

「王妃様、しかしながら龍王様は、知らぬこともあろうと此度は咎めぬと申されて。それ以上のことはございませんでしたが、王が務めを外すようにおっしゃいまして、今は自室に籠めておる状況です。どういたしましょう…他に、何かできることはございますでしょうか。」

龍王様を見ていたなんて。

瑞花は、身を震わせた。

他の王と一緒に居る時なら、見逃すこともあるものだが、今回のようにあからさまに一人の時に、よく見逃してくださったもの。

「…王がお決めになることでありますわ。龍王様が見逃してくださったのは誠に幸運でありました。我でも遠目にはあっても、まともにお見上げしたことがないほど、敷居の高いかたですのに。とにかく…これよりはないように、あなたもしっかり監督を。二度はないかと。」

伯は、何度も頷いた。

「は!では、我は戻りまして皆に今一度言い聞かせて参ります。」

瑞花は、頷いた。

龍王の恐ろしさが、まだこの宮には浸透していない。

だが、自分は何度も聞いて知っている。

維心は、美しいその顔からは思いもしないほど残虐で短気な側面があるのだ。

まして、今日はそれを抑える妃の維月が同行していないのだ。

「困りましたわ。」瑞花は、菊を見た。「龍王様はそれは恐ろしいかた。大変にお美しいので皆、分からぬやも知れませぬが、あちらでは知らぬ者は居らぬほど、短気で残虐な側面がおありなのです。もちろん、龍王様自身がそれほどに美しいので、女神の見た目の美しさに惑われることもなく、あっさり斬って捨てられる。申しておいたはずですのに。」

菊は、頷いた。

「はい。我は、到着なされた時の気の大きさを、奥に居ても感じて王妃様がおっしゃる事が、誠の事だと分かっておりますわ。我にお任せを。皆に今一度話して参ります。」

瑞花は、頷いた。

「世話を掛けますね、菊。頼みましたよ。」

菊は真剣な顔で頷き、そこを出て行った。

本当に菊は頼りになる、と、瑞花はホッとしていたのだった。


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