性格
漸は、いろいろ面倒だと感じながら、疲れた様子で宮へと帰った。
そこでは、皆が相変わらず一生懸命準備していて、見ていると何やら気が滅入って来る。
皆が王、宮の御為と、励んでいるのは知っているが、漸自身はそんな事は望んでいなかった。
結局、漸は外へ出て、前世の友である維翔と炎郷の二人会って、また友として面白おかしく過ごしたかった。
ただ、それだけだったのだ。
ここまで、宮を巻き込んであれこれ生活様式を変えようとは、思ってもいなかったのだ。
元々漸は、前世の樂という神の時から、楽しい事が好きで、煩わしい事は嫌いだった。
維翔はいつも難しい顔をしていろいろな面倒に対応していたが、漸は頼まれたら動くものの、それ以外は全部維翔に丸投げで、たまに炎郷が手助けしているし、良いかと放置している方だった。
維翔は、主はそうだから、と少々遊んでいても苦笑するだけで咎める事はなかった。
そんな昔を忘れている、今の維心だったが、それでも全く同じ性質をしているので、やはり維翔だと傍で仲間として話しているだけで、漸は良かった。
だが、維翔が変わっていなかったのは、漸への対応だけではなかった。
やはり、他の神の動きなどをしっかりと見て、回りが良くなるようにと皆を守って神世を動かして生きていた。
漸は、その昔と同じく、今生でも全くそんな平和の世を作り上げるのに手助けもしていない。
今も、もしまだ戦国であったなら、恐らく漸は出て来るのを躊躇ったのではないだろうか。
それだけ、面倒を嫌い、楽しみを好む漸の性質は、生まれ変わっても全く変わっていなかった。
少々面倒でも、また維翔と炎郷と共に過ごせるのなら、とこれまでいろいろ励んで来たし、学びの最中も最初は面倒だったものの、瑞花に出逢って話すのが楽しくなり、結果的に楽しく学ぶ事ができたので成せた。
だが、これからは?
引き続き、新しい楽しみをたくさん知ることができるので、皆と過ごすのは楽しいと感じているし、今更維心と炎嘉と離れて生きるのは嫌だ。
だが、何から何まであちらが長い時を過ごして来たその過程で、生み出されて来た礼儀や決まりとやらを守る事を余儀なくされ、自分達が疲れてしまうのはどうだろう。
いくら維心と炎嘉が居て、珍しい物が多い外の世でも、これから未来永劫全てを合わせて生きて行くのは難しい。
臣下達もピリピリしていて、定期的に開催していた宮の中の楽の宴も、それどころではないので休ませて欲しいと申し出て来た。
そんな事が、これまであった試しはなかった。
そんなわけで、漸は段々に嫌になって来てしまっていたのだ。
…だからといって、瑞が煩わしいわけではない。
漸は、ため息をついた。
瑞の事は、慕わしいと思う。これまでのどの女と比べても、淑やかで思慮深く、漸に強く意見することもなく、姿も美しく動きは洗練されていて見ていて心地良い。
他のどの女にも、感じなかった感情が湧き上がって来て、これが幸福だと思うのだ。
だが、あちらの世が煩わしくなった、と言って退く事を選んだりしたら、瑞はどう思うのだろうか。
漸は、王の居間へとたどり着いて、いつもの椅子に座って頭を抱えた。
…面倒でも、これがこれまで全てをあれらに任せて楽をしておった報いだと励むよりないのか。
漸が、そう思って考え込んでいると、瑞花が入って来て頭を下げた。
「王。お帰りだと聞いて、戻りました。」
漸は、この様子もこちらの女には無い様だと思いながら、手を差し出した。
「戻った。」
瑞花は、その手を取って漸の隣りに座りながら、心配そうな顔をした。
「王?何やら御気色がお悪いようにお見受け致しますが、何かございましたか?」
漸は、頷いた。
「…もう、何やら嫌になってしもうて。」瑞花が目を丸くすると、漸は続けた。「別に、何かあったわけではないのよ。しかしの…神世に出て来てからこの方、外のやり方を学んで来たが、疲れてしもうたのだ。聞けば、これまでの流れから、必要とされて決まって来た決め事やらが多くあり、我はそこに居らなんだからこそ知らぬのだとは分かったが、一々一つずつ覚えて、それを守って行くしかないのかと思うとの。価値観が違うのに、未来永劫それを我らが合わせて守って参るしかないのかと。」
瑞花は、確かに自分達から見たら常識でも、この犬神の宮に来て分かった。
こちらはこちらで、別の常識の上に成り立っていて、それでうまく回っている。
他の常識を今さら取り入れろと言われても、それは無理が掛かって疲れるだろう。
「…我は、こちらはこちらで良いと思うのですわ。」漸が瑞花を見上げると、瑞花は続けた。「漸様からお話に聞いておって、実際にどんなものなのか想像するしかなかったのですが、こちらは我から見て、やはり驚く事が多い宮ですわ。同じように、漸様があちらを見て同じように感じる事は理解できまする。でも、こちらはこちらで、古くからその常識の上に綺麗に回っておって、何の問題もないのですわ。我も、こちらへ来て皆の動きを見ておって、それはそれで良いのだと思えて参りました。ただ、あちらの王達をお客様としてお迎えになる間だけ、ご不快にしてはと思うので、あちらに合わせてみたらどうでしょうか。侍女達にも、そのように申しておりますの。普段は良いので、あちらの神と接する時だけ励んでおれば、誰も皆を責めたりせぬからと。なので、四六時中縛られておるわけではないので、皆、そこまで疲れておりませぬわ。新しい舞いでも覚えているような心地だと、我の侍女は言うておりました。漸様、全てを合わせようと思われなくて良いかと思います。こちらは漸様の宮であるのですから、漸様が良いように考えられてはどうでしょうか。」
漸は、そうか、と思った。
確かに今は覚えるために、あちこちで必死に実演させているが、考えたら上位の王達が来るからだ。
それが終われば、皆の実演も終わり、宮は落ち着くだろう。
「…ならば、今だけ励めば良いか?主は、常宮がこのようでなとも良いと?」
瑞花は、苦笑して頷いた。
「なぜに常、こうでなければならないとお思いでしたか。犬神は犬神だと、漸様も分かっておられるのだと思うておりましたのに。貫も伯も、分かっておりましたわ。だからこそ、今はやらねばと励んでおるのです。宮のためと思うております。漸様にも、只今が正念場でありますので、せめて無様にならぬよう、今少し堪えてくださいませ。」
瑞は賢しい。
漸は、ホッとして瑞花の肩を抱いた。
「そうか。そうだの、あれらは宮の中まで某言うては来ぬのに。ただ、やはり不快にさせてはと我も思うし、あれらが来た時の対応だけ、臣下達に教えておけば面倒も起こらぬものな。今だけよな。」
瑞花は、頷いた。
「はい、その通りですわ。そのように鬱々となさらず。我も最初はどうなることかと思いましたが、皆大変に優秀で。一度言うたら覚えて動いてくれるので、対応のことはもう、案じておりませぬ。只今は、宮の客間の設えに時を掛けている状況で。ですのでご案じなさる事はないのです。ご心配なら、伯に一度聞いてみられては。恐らく、もう動きは問題ないと答えるかと。貫と柊は…もしかしたら義心殿と立ち合わねばならぬやもと、毎日励んでおって疲れておりますけれど。」
確かに貫はまだ白虎の宮でも励んでいた。
漸は、頷いた。
「分かった。」と、ホッと息をついた。「…今少しの辛抱よな。」
瑞花は、そんな漸を見上げて、このままひと月も漸は耐えられるのだろうかと案じていたのだった。




