表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/159

訪問まで

その日は、瑞花は漸と幸福に過ごしたが、次の日から、宮の中は筆頭重臣の伯の気持ちを反映するように、ピリピリとした雰囲気になっていた。

本来、婚姻から三日は穏やかに過ごすものなのだが、そんな暗黙の取り決めなど誰も知らないので、次の日の朝から早速、伯は王の居間に訪ねて来て頭を下げた。

「王におかれましては、瑞花様を迎えられ、誠におめでたい事と臣下一同お喜び申し上げます。早速ではありますが、瑞花様には上位の王達のご訪問に備え、我らにご指導願いたいと参じました。」

だろうな。

漸は、やっと瑞花を娶ったばかりでまだ放って置いて欲しかったが、そうも行かない。

なので、頷いた。

「仕方がない。昨夜も遅くまで訓練場で動きがあったのは気取っておったし、皆も祝いどころではないよの。とりあえず、昨日からの皆の動きを見て、気になるところはあるか、瑞。」

瑞花は、ここは教師の任に徹しねばと言った。

「はい。まず、細かい事でございますが、よろしいでしょうか。」

漸は、頷く。

「良い。上位の宮と違う所はあるか?」

瑞花は、答えた。

「まず、女神が非力で地位が低い場でもあるので、あちらでは女神が王を真正面から直視することは許されませぬ。許されて御前に出ておる時なら問題ございませぬが、侍女などが目を伏せずに王を見つめるのは不躾だと思われまする。軍神であるなら問題はないかと思いますが、それでも長く見つめるのは、男性の軍神であっても咎められること。ですので、まずは視線でございますわ。他の動きは、大変に洗練されており問題ありませぬ。」

視線か。

動きが問題ないのは、体を使って動き回る事が得意だからだろう。

漸は、頷いた。

「言われてみたら、あちらの女神は皆、妃であっても扇を高く上げてあまり顔もはっきり見えぬ事が多い。侍女も我とは目を合わせぬ。常伏し目がちに近付いて、茶など持って来て頭を下げて下がるの。」

瑞花は、頷いた。

「身分がはっきりしておりまして。特に上位の王は、あまり皆の前にお姿を晒されないので、あちらの女神はいつも、仕切り布の間から隠れて垣間見たりしておりますわね。直視が許されておらぬからなのです。特に龍王様には、影から見るのも、まして袖に触れても罪となり罰せられる事がございます。」

また維心だけ。

漸は思ったが、そんな決まりの中で居るなら、維心が現れた時の回りの緊張度合いも理解できる。

「…思えば略奪が合法であるから、女の警戒が半端ないのだったの。簡単に顔を見せたり見つめたり、そんなことは誘っておるのだと思われるとかで。あまりに見ると、上位の王達は誘われておるように感じて鬱陶しいのだの。」

瑞花は、頷いた。

「はい。習慣の違いでありますから、普段はよろしいのですが、あちらの王達と接する時には注意をせねばならぬという事でありますわね。」

伯は、困惑した顔をした。

「難しいことでありますな。視線となると、皆に通達しても思わず見てしまうなどあるような気も致しまするし。」

漸は、言った。

「しかし、それがあちらの価値観であるから、不躾だと思われてしもうてはの。思えば、瑞を娶ろうと決めたのも、そういった細かい事を補佐してくれるので、宮のためになると思うたのが決め手であった。考えた事もないような、細かい取り決めが当然と存在するのよ。共に居て一々教えてもらわねば、我には無理だと思うた。ゆえ、やはり瑞の言うように、侍女達を集めて視線の動きや基本的な動きをやり直そうぞ。軍神達ですらあまり凝視してはならぬのだし、そちらも我が行って話して参る。」と、瑞を見た。「瑞、侍女は頼んだぞ。主の地位は我の次。この宮では妃という地位がなかったが、そのように取り決めておるゆえ、無礼な事をする臣下らおらぬと思うが、もし居ったらしっかり教育して欲しい。我に報告を。」

瑞花は、頭を下げた。

「はい。お任せくださいませ。」

伯が、言った。

「ならば、我が王妃様とご同行を。侍女達の動きに目を光らせておきまする。然る後に、王は龍王様にこちらにお招きする日時をお決めになってお知らせせねばならぬのでしょう。急がねばなりませぬ。」

漸は、頷く。

「遅くとも次の会合までには。皐月の会合が7日後、その折に日時を知らせ、水無月の会合には恐らく序列を決めて公表したいのだろうから、それまでにこちらへ招くことになろうし。毎日励むよりないわ。」

臣下は皆、頷いて、瑞花は伯と共に大広間へ向かい、漸は他の臣下達と訓練場の方へと向かったのだった。


伯からの通達で、大広間に集められた侍女達は、そこで伯に序列の確定のために他の宮の王達が訪れること、思っていた以上にあちらの礼儀は厳しいことなどを説明した。

瑞花は、その間じっと皆の様子を見守っていたが、本当に動きは、僅かの間に洗練させて、皆完璧だった。

後は、視線の問題、ただ一つだった。

伯が、言った。

「この宮の、神世での地位が決まる大切な機会ぞ。王のお力は神世でも大きく他の王と並ばれても遜色ないご様子で、誠に誇らしい限りであるが、後は我ら。我らが王の足を引っ張るような事があってはならぬ。幸い、瑞花様があちらで教師をなさっていたので、我が王はこのような時のために王妃としてお迎えになられた。これよりは、瑞花様に従って、あちらの王達に見劣りすることがないように、皆も励んで欲しい。」と、瑞花を見た。「では王妃様、お話を戴けますでしょうか。」

瑞花は、頷いて立ち上がった。

侍女達は、皆固唾を飲んで瑞花を見上げている。

瑞花は、言った。

「…皆が優秀であるので、我も驚いた次第。動きはまさに完璧で、最上位の王の宮の侍女として、誇らしい限りでありまする。」

皆は、ホッとしたような顔をする。

瑞花は続けた。

「後は、視線。あちらでは、最上位の王は滅多にお姿を下位の者に晒さぬので、侍女としてお側に上がる時にも取り決めがありまする。まず、王を直視することは許されませぬ。」

え、と皆は目を丸くする。

そんなことは知らなかったのだろう。

ここでは誰も、漸に目を伏せたりしないからだ。

瑞花は続けた。

「基本的に目を伏せて、お茶を給仕する際にもお顔を見ることはできませぬ。お出ししたらすぐに下がり、待機している時も視線を斜め下に。廊下などで行き合った時も、目を伏せて頭を下げ、通り過ぎるまで待たねばなりませぬ。特に最上位の中の最上位であられる龍王様には、給仕の際であろうとお袖に触れる事すら咎められ、仕切り布の間からお見上げすることすら罰せられる対象になりまする。重々お気を付けて、とにかく慎重に行動して欲しいのです。」

隠れて見るのも罪なのか。

皆は、困惑したように顔を見合わせる。

伯は、言った。

「主らも知っての通り、あちらでは女から言い寄る事ははしたない事と眉をひそめられるのだ。見る、という行為がそれに当たる事になるらしく、下位の男に対してなら問題ないが、上位の王には不躾だと思われるようぞ。ゆえ、我が王には特に咎められる事はないが、他の王には重々視線に注意をして。何より龍王様には、かなり厳格な決まりの中に居られるので、それはそれは見たこともないほど美しいかたであられるが、皆、見るのは堪えての。他の王なら、隠れて見るには問題ないようであるから。ここは、とにかく主らのためにも、咎められる事のない行動を心掛けてもらいたい。」

美しいと聞いて、皆は更に残念そうな顔をした。

瑞花は、苦笑して言った。

「例外がありますの。」伯も、驚いて顔を上げる。瑞花は続けた。「七夕祭りの時だけは、顔見世に出られる唯一の時でありまして。一般の神達も、その日だけは龍王様をお見上げできる機会なのですわ。なので、漸様が良いと仰れば、その際共に参ればお見上げすることが可能です。そのように気を落とす事はないのですよ。」

七夕祭り。

伯は、言った。

「龍の宮の七夕祭りでありますか。王も単独でお出掛けになったことがありまするが、その時なら一般の神にもお顔を見ることができると。」

瑞花は、頷いた。

「はい。とはいえ我は行ったことがありませぬから、どのような様子なのかは存じませぬが、龍王様にはすぐに引っ込んでしまわれるので、先に行って待っているぐらいでないといけないのだとか。龍王様には大変にお美しいので、女神が騒ぐのでそれが鬱陶しく感じられるようなのですの。只今の妃であられる維月様以外には、ただ面倒がられるのだということです。」

女嫌いだと聞いている。

それが、唯一月の御方だけを側に置いて、他を疎ましく思うておるのだとか…。

「…勉強になり申す。」伯は言った。「では、皆で茶の給仕から練習しようぞ。視線の動きに注意して、端から順に始めるぞ。」

侍女達が、一斉に頭を下げた。

瑞花は、当日どうなるのだろうと、今から緊張していた。

何しろ、他の王はいざ知らず、龍王はかなり難しい相手だからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ