新しい宮で
瑞花は、犬神の宮へと入った。
そこは、背の高い建物ではないものの、しっかりとした石作りで、それは美しい、森の中に広々と建てられた宮だった。
臣下達は皆、瑞花を好意的に迎えてくれ、漸の奥宮へと案内されたがそこは、あちらの世の宮のそれと全く設えは同じで、違和感を感じることもなかった。
どうやら、漸と臣下達で一生懸命考えて、瑞花のためにとあちらの仕様にしてくれたようだった。
瑞花が驚いたのは、軍神として立ち並ぶ者達の中の、三分の一ぐらいは女神だということだ。
皆背も高く、体もしっかりしていて凛々しい様で、瑞花が知っている女神達とは全く違う。
何より、その目に強い意思を感じて、ここは皆己の足で立って生きているのだ、と気が引き締まる心地だった。
漸は、龍の宮から贈られたという、万華という布を使った着物を着て、美しく装って瑞花を待っていてくれた。
今、神世で一番貴重な布だと言われている代物だ。
同じように瑞花用にと贈られた着物を、漸が事前に月の宮へと送って来てくれていたので、瑞花もそれを着てこちらへ来たが、今万華を着ている神は少ないので危ないだろうと、出発の時は迎えに来てくれた、犬神の筆頭軍神の貫に、重々気を付けるようにと蒼は言っていた。
瑞花は、美しい着物だが、もう脱いで宮の奥に仕舞っておきたい、と、身に過ぎた着物に辟易していた。
それでも、今日は婚姻の祝いと歓迎の宴を開くというので、瑞花は漸と並んで居並ぶ臣下達の前で、漸に酒を注いで座っていることになった。
漸は上機嫌で、重臣筆頭の伯と話していた。
漸から聞いたところ、伯とは父違いの兄弟なのだという。
貫も、同じく父が違うが母親が同じで、しかし漸だけ父親が王だったので、立場が違うのだと聞いていた。
ややこしいが、これからしっかり覚えて行かねばならない、と瑞花は思っていた。
伯が、言った。
「それにしても王よ、やはり龍とは大した種族でありますな。」酒も入って、伯は上機嫌だった。「こちらも古い文献には残っておりますが、こうして見ると改めて思うものでありまする。その着物を見た時の、我が宮の職人達の色めきようというたら。王にもご覧に入れたかったもの。」
漸は、笑った。
「どうやらこれは特別なようぞ。上位の王達ですら、これが欲しいと大騒ぎをしておったほど。我には婚姻だからと祝いにくれたが、他はどうであろうの。」
しかし貫が、言った。
「しかしながら王。蒼様も本日仰っておりましたが、たかが着物と侮れない事態で。あちこち、この万華という織布を求めてそれが龍の宮から出ようものなら、その列を追って何とか手にできないかとはぐれの神ですら画策しておるのだとか。結局は、手に入れたそれを引きとるどこかの神が居るからそうなるのですが、危なくてこれを着てあちこちなどできぬのですよ。」
そんなに?
瑞花は、隣りでそれを聞いて驚いていた。
とても貴重な物なのだとは聞いていたが、そこまでとは思っていなかった。
漸が、息をついた。
「知っておる。常、龍の軍神に警護させていて、面倒だと維心が言うておった。我が宮もはぐれの神などに侮られて宮に侵入など許すでないぞ。最近では外の神もよう出入りを許しておるが、問題ないだろうの。」
貫が答えた。
「は。外宮の端で対応しておるだけでありますので、そちらを軍神達に固めさせており、今のところ問題はありませぬ。万華が来たとなると、こちらも今少し軍神を増やしておく方が良いやも知れませぬな。」
漸は、頷く。
「あちらとこちらは勝手が違う。頭では分かっておっても習慣は抜けぬもの。女でも力の弱い者は気を付けるように今一度申しておけ。」
貫は、答えた。
「は。それは問題ありませぬ。あちらの常識を知った後、あちこち改めて確認致しましたが、ほとんどの女神はあちらの下位の男に技術で負ける事はないでしょう。上位の者で軽々しい男は居らぬようであるし、恐らくは問題ないかと。皆、己の身は己で守れますので。」
それはそれで瑞花は驚いた。
つまりは、こちらの女神は皆、戦えるのだ。
もしかしたら自分も立ち合いなどしておかねばならないのだろうかと、思ってもみない事に瑞花は内心怯えたが、漸がそれに気取って瑞花を見た。
「瑞。主は良いのだ、回りを手練れの侍女に囲ませておるから問題ないぞ。あちらの女で戦える者など皆無なのだと知っておる。怯えるでない。」
瑞花は、頷いたが聞き慣れない手練れの侍女、という言葉に緊張した。
伯が言った。
「王妃様には問題ないのです。我らにあちらの世を教えて頂く貴重な御身でありますから。我ら全力でお守り致しますので。」
ということは、重臣だが伯も戦えるのだろう。
つくづく、犬神の宮は実際に来てみて、違う発展の仕方をしているのだと思い知らされる。
そこへ、別の臣下がやって来た。
「王。只今龍の宮より、書状が参りました。」
漸は、眉を上げた。
「祝いは先にもらっておるのに、何ぞ?」
漸は、文箱を受け取って中を見た。
そして、折りたたまった紙を手に取ると、それを開いて中を見た。
そこには、近々序列を確定させるために、上位の王達でこちらを訪問する、と書かれてあった。
「…序列か。」漸は、眉を寄せた。「忘れておった。我の力だけで、とりあえず最上位と決められてはおるが、その中で何位であるのかまだ告げられてはおらぬ。志心は三位であるが、我の気の量からそれを譲る動きをしてくれておったが、言われてみたら確定ではないのよ。確か、宮の序列は王の力だけでなく、その宮の臣下など全てを見て決めるもの。あちらはまだ、こちらに来た事もないゆえ、定まっておらなんだのだ。」
伯が、にわかに緊張した顔をした。
「なんと。つまりは宮の中が劣っておったらその三位という地位も危ういことに?」
漸は、頷く。
「それも王の采配であると見るゆえな。どんな所を観るのか…瑞、分かるか。」
瑞花は、頷いた。
「はい。学校の教師となる時に細かい事は裕馬様からお教え頂いておりますので。まず、宮全体の雰囲気、つまりは礼儀など臣下一人一人の動きで確認致します。そういった礼儀などは、きちんとしつけられておらねば動きなどから垣間見えるものでありますので。次に、軍神達の技術。他の宮の軍神と比べてどの程度であるのか確かめられます。ですので、恐らくは筆頭、次席の軍神と、あちらの誰かと立ち合わせられるかと。」貫が、険しい顔をする。瑞花は続けた。「それから、職人達の腕。生み出す品の質なども吟味されまする。それらを総合し、王のお力は最上位であるが、その中で何位になるのか定められるようでございます。もちろんのこと、中が乱れて外からも分かるような失態などありましたら、序列が下がる事になるそうです。」
伯が、途端に焦ったように言った。
「王、ならばこうしておられませぬ。上位の王達が来られる前に、今一度皆の動きを確認しておかねば。瑞花様が入られて、幸い細かくご指導いただけるようになり申した。それもあって、あちらは今、こちらを見に参られる事にしたのでは?」
漸は、真剣な顔で頷いた。
「確かにの。とはいえ、入ったばかりでいきなり皆を統率するのは難しい。やるよりないが、できるところまでやろうぞ。貫、主は頻繁に義心の所に行っておったが、どうよ?無様にならぬだろうの。」
貫は、下を向いた。
「…義心殿には、とても敵いませぬ。今でも軽く遊ばれる程度の立ち合いしかできぬで。何しろ、信じられないほど高い技術の持ち主なのでございます。」
漸は、ため息をついた。
「まあ、義心相手ではの。上位の王でも敵わぬらしいし、立ち合いの相手が義心でないことを願おう。後は…職人か。」と、着ている着物の袖を見た。「…これを作る職人を抱える維心から見て、我が宮の職人はどう映るものか。」
伯が、深刻な顔をした。
「真似ができぬと早々に白旗を上げておりましたものを。しかしながら、ここまでの職人は神世にも少ないのでしょう。そこまでは求められておらぬかと。」
漸は、瑞花を見た。
瑞花も、これから宮の事を任されるので、不安そうな顔をしている。
漸は、書状を閉じて、言った。
「…いずれにしろ、それは明日からぞ。」と、瑞花の手を取った。「本日は婚姻当日ぞ。そのように暗い顔をするでない。明日から、序列の確定のことについて励めば良い。本日は祝いなのだ。それで良いではないか。」
瑞花はホッと頷いたが、伯と貫はそれどころではなかった。
そのまま、王と王妃を奥へと見送り、己らはすぐに自分の持ち場へと走ったのだった。




