貴重品
その日の話題は、新しい龍の宮の布の事で終わり、全員が控えの間へと戻って行った。
確かに当代一だと言われている龍の職人達が作り出す物なので、それは良い品だと維月も思っていたが、まさか皆が寄って集って欲しいというほどとは思ってもいなかった。
何しろ、これまでいろいろな物を作り出してデザインして来た龍達だが、他の宮の職人達も、必死にそれを真似たりアレンジしたりしながら、追い付いて来て宮独自の物に昇華させていたからだ。
今回は、特別らしかった。
月の宮の自分の対へと戻った維心も、疲れたようで大きなため息をついた。
「…困ったものよな。まさかこれがそこまでとは思わぬで。常と変わらぬと思うておったのに。」
維月は同感だったので、頷いた。
「いつものことと私も油断しておりました。あそこまで大騒ぎなさるほどとは思いもよらず。確かにこれができて来た時には、維心様とご一緒に眺めて良い出来だとお話し致しましたわね。これまでの、品が良いだけの着物とは、確かに違う光の加減で変わる柄が珍しくて。」
維心は、出て来た侍女達が持って来た部屋着の着物を、維月が準備するのを見ながら頷いた。
「その通りよ。織りの龍が珍しく自慢げに説明しておったが、よう考えたものだと感心したの。あれらのことは労ってやらねばならぬな。此度ばかりはかなり励んだのであろうからの。」
維月は頷きながら、維心を着替えさせた。
「誠にそのように。」と、脱がせた着物を侍女に渡した。「こうなって参りますと、軽々しくお贈り出来ぬようになりました。反物の状態で渡すと、ほどいて何とか技術を盗もうとするでしょうし。お仕立てしてお渡しすれば、あちらもほどく事は出来ぬでしょうから。」
維心は、上から軽い袿を着せかけられて、頷いた。
「誠にの。」と、椅子に座った。「志心の着物はもうできるのだろう?それは送って良いが、炎嘉や焔ぞ。漸には祝いで贈るとして…あの二人にはどうしたものか。別に友なのだから良いのだが、あまりに簡単に渡すと龍達も甲斐がないだろうし。困ったものよ。」
維月は、自分も侍女に手伝われながら着替えて、頷いた。
「はい。ですが焔様には誠にご執心のようでありますし。着物のために、婚姻など言い出させるのではないかと案じられますわ。珍しく箔炎様にもご興味をお持ちのようでしたし。」
維心は、着替えて身軽になった維月に手を差し出した。
侍女達が二人の脱いだ着物を持ってそこを出て行く。
「何もいわなんだが、覚や英もかなり興味があるようだった。こうなって来ると、そうそう着て出るのも憚られるの。見る度に思い出すのだろうし。」
維月は、頷いた。
「はい。誠にそのように。」
まさか着物一つでここまで気を遣わねばならぬとは。
二人は、羨まれるのも良し悪しだと、また大きなため息をついたのだった。
そうして、月の宮での花見は終わった。
その後、神世では龍の宮の「万華」と名付けられた布は、とんでもなく貴重な物と広まって行く事になった。
光に透けて見え方が変わるそれを、万華鏡のようだと維月が言ったので、それは良いと龍達が、それを万華と名付けたのだ。
どこの宮でも、最上位でさえ真似ができない品として、名を轟かせた万華は、他とは比べ物にならないほど貴重な品として、宮では厳重に保管される事になり、織りの龍達は、それを産み出す術を知っている者として、狙われる可能性があるのでどこへ行くのも軍神が警護に付かねばならない状況に陥っていた。
なので、志心への返礼品として贈る時も、漸の祝いとして贈る時も、義心が警護に付かねばならないほど徹底して隠されていた。
あまりにも大騒ぎなので、維心は仕立ての龍と、鵬を呼んで、言った。
「たかが着物一つで面倒なことになっておる。もう、この際上位にだけは万華の反物ではなく、仕立て終わった着物を配る事にした。各宮の王に三つずつ、着物を仕立てよ。主らの身の安全にも関わって参る。」
鵬は、頷いた。
「は。最近では陳情を持って参る神達も、何やら宝物庫の方を伺うような気を感じて落ち着きませぬし、このままでは入宮制限をお願いしようかと思うておったところでございます。」
仕立ての長も、言った。
「下位の織りの龍すら、簡単には結界外に出られぬほど危うい空気を感じておりまする。あれらは知らぬのに、このままでは気軽に他の宮に材料の調達にも参れぬと思うておりました。」
だろうな。
維心は、頷いた。
「我が友達は、そんなことはせぬだろうが分からぬからの。迷うておったから保護したとか言い出しそうで、面倒なのだ。お互い今は何の問題もなくやっておるのに、こんなことでと案じられる。とにかくは、上位の奴らだけでも万華を送り、それで熱を冷まそうぞ。無いから欲しくなるだけであるしな。困ったものよ。」
仕立ての長は、頭を下げた。
「は!」
とはいえ、技術を開示すれば良いだけなのだ。
だが、仕立ての龍達にしても誇りがあるので、やっと考えた品を簡単には外に出したくないのだろう。
維心も、龍達の努力は知っているので、その気持ちは尊重してやりたかった。
鵬と仕立ての長が出て行くのを見送ると、入れ替わりに義心が入って来て膝をついた。
「王。ご報告に参りました。」
維心は、ため息を付きながら手を振った。
「ああ、松…瑞か。漸の所へ渡ったか?」
義心は、頷いた。
「は。月の宮を飛び立たれて犬神の軍神に守られてご無事にあちらへ入られました。」
維心は、頷いた。
「良かったことよ。これで漸も落ち着こう。今頃は宮で酒宴でもしておるのだろうな。して」と、表情を引き締めた。「あちらの守りはどうよ。」
義心は、答えた。
「は。一般的な宮の守りと変わらず。漸様の結界も、皆様と変わらぬ様子でありまする。」
維心は、頷いた。
「ならば必要なら主は入り込めるのだな。」
義心は、頷き返した。
「は。問題なく。」
維心は、力を抜いて言った。
「ならば良い。まあ、漸に不穏な様子は欠片もないし、何かあるとは思うておらぬ。だが、分からぬからの。万が一ということもある。主も入り込めぬとなれば、こちらも考えておかねばと思うておったところ。誠に頼りになるものよ。」
義心は、恐縮して頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます。」
…これでこやつが維月を想うていなければ完璧なのにの。
維心は内心思ったが、しかし今は落ち着いていて義心も維月に自分から近付いたりしない。
維月も前世ほど同情して某かなかった。
なので、言った。
「…下がれ。主はここよりしばし非番にして休め。休める時に休んでおかねば、また休息がないと維月がうるそう申すからの。」
義心は、頭を下げた。
「は!では、御前失礼致します。」
義心は、そこを出て行った。
維心は、今頃は祝いムードで大騒ぎであろう犬神の宮を思っていた。
…一度も訪ねておらぬが、一度見に行かねばならぬな。
思えば、最上位の宮に復帰が決まっているものの、まだ正式に序列を公表したわけではない。
戻ってからこちらに慣れるのを待っていたのもあり、その後に地震、そして瑞花との婚姻と落ち着かない日々が続いていたので、その事について話す暇もなかった。
何よりもう、戻った雰囲気になっていたし、志心や駿も特にわだかまりもなく、漸を最上位の第三位にと認めているような感じだった。
だが、真実最上位の中で何位に値するのかは、宮を見て臣下の質を確かめてからでなければ決められない。
王の力だけで、序列が決まるわけではないからだ。
…そろそろ頃合いぞ。
維心は、炎嘉に向けて、暇だったし珍しく自分で筆を取って書状をしたためたのだった。




